第130話 主に殉ずるか。愛に生きるか。

 サンボルト盆地の砦では、黒き盾・ゲラルドが戦端の開かれた事実を認めた上で今後の方策について頭を悩ませていた。

 先発して、と言うよりも暴発して出撃したウェアウルフの軍団が壊滅的な被害を受けて敗走し始めている事も彼は把握している。


 それが前線基地を預かる身であるゲラルドをさらに悩ませていた。


 どうやら、砦の数十キロ先には件の「頭のおかしい人間その2」がリーダーとなり、四大精霊の中でも最弱の火の精霊・ゴンゴルゲルゲと五将軍で最弱の魔獣将軍・ブロッサムを率いて、たった3人で300を超える人狼を一網打尽にしたと言う事実。


 これは極めて憂慮すべき事態である。

 どうやら、「頭のおかしい人間その2」は優れた軍師であり、その用兵術で最弱の駒を最強格に育て上げる魅惑のタクトすら持っていると見れば、とても捨て置くことはできない。


 そのような猛者がこれから女神軍の本拠地に戻るとなれば、いかにドラゴンを操る狂竜将軍・ガイルとは言え戦局に影響が出るのは必定。

 ならば、このサンボルト砦の軍勢を率いて女神軍の軍師だけでも葬り去るのが現状取り得る策の中でも最良なのではないかとゲラルドは考えた。


 だが、その前に彼は女神軍の本拠地。

 つまり春日大農場を『千里眼クレヤボヤンス』で覗き見、もとい、現状確認すべきだと考えた。


「一応、念のためだ。万が一、あの清らかなる乙女が戦場にいれば、これはもう超法規的措置を取らざるを得んからな。非戦闘員を巻き込むべきではないのだ。戦争をする者の都合で、清らかなる乙女の身を危険に晒して良いはずがない」


 言っている事は立派だが、何やら下心が見え隠れするのは何故か。


「ぐげげげ。ボラグン様。オレ様はいつでも出られますが?」

「ザラタンか。待て。機を見誤るな」


 ザラタンとは、サンボルト砦の秘密兵器。

 体長30メートルを超える超巨大なカメ型モンスターであり、高い回復力と背中に生えているトゲを誘導ミサイルのように操る事で攻防に隙はない。


 ひとたび出撃すれば、敵味方問わず大きな損害を生み出すと言う、まさに秘密にしておきたい凶悪な怪物である。


「まずは、ガイル様の戦況を確認しよう。むぅん!」


 ゲラルドは精神を集中して、春日大農場の様子を探り始めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その春日大農場では、農協の岡本さんの大活躍。

 飛竜の吐くブレスを完封していた。


 7匹が放つブレスを全て、空間ごと凍りつかせる様子は狂気じみており、魔界の狂える竜の異名を持つガイルも「なんだね、あのとち狂った魔力の奇抜な髪型の人間は」と「狂える」の二つ名をプレゼントする有様であった。


『なんと言う事だ。ガイル様が苦戦しておられる。これは、やはり砦からザラタンを出して、敵の拠点へ攻撃を仕掛けるしかな……なぁぁぁぁぁはぁぁぁぁん!!!』


 ゲラルドの視界からガイルが消え去り、代わりに春日柚葉の姿を捉えた。


『ど、どうしてあの娘がいるのだ!? おかしいでしょうが! 普通、こんな血と狂気が交差する危険地帯にあんな清楚で可憐な乙女がいる!? だ、ダメだ!! どうにか、あの娘だけは救わなければ……!!』



 ゲラルド、秒で思考が聖女にハックされる。



 だが、この頭の中ピンクな亀野郎は止まらない。

 恋の熱量が動かすのは、何も人の心だけではない。


 亀の心も余裕で動かす。


 ゲラルドは柚葉に向けて念を送った。

 既に、自分の『千里眼クレヤボヤンス』で柚葉と通じ合えることはファーストコンタクトの際に実証済み。


 緊急事態であれば、なりふり構ってはいられない。


『……娘よ。私の声が聞こえているか』


 ゲラルドはなるべく優しい声を出す事にだけ注力し、柚葉に語り掛ける。

 すると、柚葉が振り向いた。


 目と目が合ったその時、ゲラルドは思った。



『あっ。好き!』

 呼吸を止めて1秒。ゲラルド、星屑ロンリネス。



 思考がエラーを起こして何も言えなくなったゲラルド。

 代わりに柚葉が潤んだ瞳で訴えた。


「あっ、いつかお会いした方ですよね!? あの、助けてください! 今、兄さんの大切な農場が襲われていて! このままじゃ、兄さんが悲しんでしまいます!!」

『い、いや、しかし! 私は魔王軍に属する者……! いかに娘、君の言葉であろうとも、聞けない事もあると……! いや、本当に胸が張り裂けそうな思いなのだが!!』


「そう、ですよね……。ごめんなさい。あなたにも立場がありますもんね。ワガママを言ってしまってすみません。きっと、心配して遠くから私を見てくださったんですよね? ありがとうございます。そのお気持ちだけで、私は充分です」



『そ、そんな顔をしないでくれ。私は魔王軍に属する幹部で好き。大魔王様には恩と忠義があるけど好き。もうあんなじいさんどうでもいいくらい好き』



 黒き盾・ゲラルドは考えた。

 論理的な考えた。


 この世の全ての脅威を防ぐ我が身は、何のためにあるのか。

 女神軍の惰弱な攻撃を完封して、小さな功を誇るためか。


 違う。


 この強靭な肉体は、愛する者を守る盾となるために我が身に宿ったのだ。

 ならば、何をどうして、何を捨てて何を得るべきか。

 答えはとっくに出ているではないか。


『娘よ。私は目が覚めた。君の命を危険に晒している魔王軍には、ホントマジで呆れた。もうついていけない。今すぐヤメる。辞表なしでヤメる。これからは愛のために生きる。そうだ、そもそもあのじいさん、私の事を150年も封印してたんだ。……もう知らん!!』



 黒き盾・ゲラルド。謀反する。



『これより、私は黒き盾などと言うくだらん異名は捨てる!! 娘。君の好きな色を教えてくれるか?』

「私ですか? ……えっと、桃や桜の花みたいに優しい色が好きです」



『よぉし! では、私はこれより桃色の盾・ゲラルドだ!!』

 それで良いのか、ゲラルド。



『待っていてくれ、娘。すぐに君を助けに向かう! だから、そんなに不安そうな顔をするのはヤメておくれ。ちっくしょう! 娘にこんな顔をさせたのはどこのどいつだ!!』


 君んとこの組織である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ゲラルドは『千里眼クレヤボヤンス』を終えて、「ふぅ」と大きく息を吐いた。

 続けて、サンボルト砦の全軍に命令を告げる。


「私は桃色の盾・ゲラルド!! これより故あって、大魔王ベザルオール様の命に背く!! 我らの敵はその大魔王なり!! 者ども、この桃色の盾に続け!!」


 ゲラルドの誤算は、「サンボルト砦に駐在しているモンスターたちはそもそも、ゲラルド子飼いの者が極めて少ない」と言う点にあった。

 これより、砦は大混乱に陥る事になる。


 果たして、桃色の盾の桜は咲くのだろうか。

 ゲラルドはコルティオールの明智光秀になれるのか。

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