第129話 農協の人が守る畑は現世に留まらず

 春日鉄人と共に奮戦するゴンゴルゲルゲとブロッサム。

 彼らは一気に攻勢に打って出て、ウェアウルフの大軍を黙らせていた。


 その頃、春日大農場の上空には狂竜将軍・ガイルが率いる7匹の飛竜がやって来ていた。

 ガイルは飛竜たちに命令する。


「よしよし、計画通りなのだよ! では飛竜たち! 地上に向けて獄炎のブレスを吐くのだよ!! 異次元の農家と言えど、ドラゴンのブレスを喰らって無事では済まぬのだよ! 農家に効かずとも、女神軍に不意を突いて損害を与える好機なのだからね!!」


 ガイルには「いざ、正々堂々と勝負!!」と言った騎士道精神がない。

 彼はいかに効率よく敵を滅する事ができるかの1点のみに思考を注力する。


 大魔王ベザルオールの矛であるガイルにとって「大魔王の脅威を排除する」ためならば、そこに用いられる手段は問わないのである。


 だが、ガイルを背に乗せているバリブが一応、念のため、万が一に備えて主にお伺いを立てた。


『ガイル様。よろしいですか』

「うむ。どうしたのかね、バリブ」


『不意打ちに関しては、もうわたしは何も申しません。ですが、不意打ちで農家の作っている畑を焼き払うのは、あまりにもリスキーなのでは?』


 バリブの言い分はこうである。



 農家の大事な畑をこんがり焼いたら、農家がガチギレしませんか。

 そののち、ガチギレした農家に我々は四肢をもがれて殺されませんか。



 ドラゴン族は極めて知能の高い種族であり、リスク管理の分野にも長けていた。

 バリブの想定は概ね正しく、彼らの少し先の未来は血みどろ色をしている。


 だが、ガイルは止まらない。

 農家の怒りを買う事など百も承知であり、それによって自分が倒される事も織り込み済みである。


 ガイルが己に課した使命は「いかにして女神軍の力を削ぎ、のちの大魔王ベザルオールの戦いを有利にできるか」の一点のみ。


「さあ! やるのだよ、飛竜たち!! ブレス攻撃、放てぇ!!」


 春日大農場にドラゴンの脅威が今まさに襲い掛かろうとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 地上では、春日黒助が上空を見据えていた。

 彼の力に関しては今さら説明の必要はないだろう。


 脅威的な武力。凶悪とすら表現できる。

 これまで相対して来た誰もが「悪い夢を見ているようだ」と錯覚するほどであり、今更五将軍に遅れを取ろうはずもない。


 だが、それはあくまでも「攻める力」であり、「守勢に回った」場合はその力もかなり限定的になってしまう。

 最たる原因は、黒助が魔法を使えない点にあるだろう。


 本人は「これは魔法だ」と言い張っているが、彼の使う「魔法のようなもの」はその実、全てが物理。

 物理では広域の防御作戦との相性は非常に悪いと言わざるを得ない。


 それを知っているミアリスとセルフィは事前に鉄人からテレパシーで飛竜の襲来を知らされていたため、かなり強引な作戦を取っていた。

 『現世からの強制召喚』である。


 ベザルオールの十八番であるこの召喚魔法だが、大魔王にできて創造の女神に出来ない事はない。

 ミアリスは現世から強力な助っ人を召喚していた。


「本当に、すみませんでした。うちの者が急にお呼びだてしてしまいまして」

「いえいえ。私もちょうどお昼休みでしたからねぇ。サンドイッチを食べ損ないましたが、柚葉さんのお漬物の方がよほど美味しかった! ならば、微力ながらお力添えをさせて頂きますよ」


 一九分けイリュージョンのヘアースタイルを風になびかせて。

 農協の岡本さん、コルティオールの最終戦争に参戦する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「つまり、あの空を飛んでいるドラゴンさんたちは、火を噴いて畑を焼こうとするのですね?」

「そうらしいです。ミアリスが言うのだから、間違いありません。俺が空を走ってぶん殴るにしても、一度に7匹は対応しきれないので。本当に助かります」


 黒助の岡本さんに対する絶対的な信頼感。

 これは、「農業従事者は農協の人に無条件で畏敬の念を抱く」事からも当然と言えるが、それを差し引いても岡本さんの魔法は頼りになる。


「ミアリスさん。お聞きしますが。飛竜さんの吐く炎に対して、もっとも相性の良い魔法は何でしょうか?」

「ええと、多少の炎ならセルフィの使う風属性の魔法で防壁を張ったりするんですけど。相手の数が多いので、できれば氷属性で相殺を狙いたいです。けど……そんな事を急に言われても無理ですよね……」



「分かりました。やってみましょう!」

「もうわたし、この先どんな事があっても農協には逆らわないって誓うわ」



 岡本さんは「ひぇあぃっ!!」と裏声で気合を入れる。

 その両手には、冷気を帯びた魔力が光の玉となって発現されている。


「いつだったか、鬼窪さんのお供でやって来た広島カープのマスコットみたいな方がね、氷の魔法を使っておいでだったから。私も使えるかなぁってこの間、庭で試したらいけたんですよ!」

「なるほど! あの時の雑魚に使えて、岡本さんにできない事はないですよね!!」


 黒助と岡本さんが言っているのは、魔王四天王の1人だった蒼き龍・ボラグンのことである。

 なお、彼は岡本さんの名刺による『トランプカッター』で粉々にカットされてこの世を去った。


「ミアリス様ぁ……。イルノも水魔法で援護した方がいいでしょうかぁー?」

「ヤメときましょ。多分、わたしたちの援護ってこの次元になると、邪魔にしかならないと思うから」


 バトルものではありがちな戦闘力のインフレ。

 だが、コルティオール出身の者が全て置いて行かれる事になろうとは。


「あっ! ヤベーし!! 黒助様! 岡本さん! 飛竜の炎が来るし!!」


 見張りを担当していたセルフィが叫んだ。

 黒助が落ち着いた声で「全員、むやみに動かないようにしろ。岡本さんを信じて、平常心を保て」と従業員たちに命じる。


 飛竜が7匹集まって、一斉に炎を吐くと言う大惨事。

 そんな状態に直面して、平常心を保っていろとは事業主も無茶をおっしゃる。


「やるのだよ! 女神軍を一網打尽に!! 焼き払うのだよ!!」

「グルワアァァアァァッ!!!」


 飛竜の一斉砲火が始まり、熱風と迫りくる炎は恐怖を具現化した最たるものに感じられた。

 そこに立ちはだかるのは、農協の次長。


「畑を守るのは農協職員の仕事ですからねぇ! ならば、コルティオールの畑だって例に漏れず!! ひぃえぁぁっ!! 『凍れる絶対領域フリージング・リージョン』!!!」


 岡本さんの裏声を合図に、空間そのものが凍りついた。

 その様子を見ていたミアリスは、全従業員を代表して思った。


 「農協の人って空間を支配する魔法使えるの?」と。

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