第127話 魔界の狂える竜・ガイル、出陣する

 狂竜将軍・ガイルが飛竜を操り、コルティオールの大空を翔る。


「君たちにはこの戦いで命を私に預けてもらう事になるが、もちろん異存ないと考えて良いのだろうね?」


 7頭の飛竜が沈黙した。

 彼らは人語を発する事ができない代わりに、テレパシーで誰とでも念話ができる高等種族である。


 そんな飛竜が全員で黙った。

 だが、ガイルを乗せている飛竜。名前をバリブと言うが、バリブは立ち位置的に意見を表明せざるを得なかった。


『ガイル様。わたしは5年前に嫁さんをもらいまして』

「うむ。知っているとも。高い酒と上質な肉を祝いに持たせた事もしっかりと覚えているのだよ」


『は、はい。それで、ですね。その、子供ができたんです。双子なんです』

「そうだったのかね!? どうして言わないのかね! この戦いが終わったら、また美味い酒を用意するのだよ!!」


『あの、嫁と子供が待っているんです。家で。わたしが帰って来るのを。晩ごはんは獣の肉のソテーだと嫁さんが言っていました』

「それは結構なことなのだよ! 私は独身だから分からないが、色々と苦労も多い事だろうね!!」


 バリブは言いたかった。

 声を大にして叫びたかった。



 「嫁さんと子供がいるんで、負け戦には行きたくないんです!!」と。



 その考えは7頭の飛竜全員が共有している。

 彼らも、女神軍との戦いそのものを拒否している訳ではなく、実際にこれまで何度も出撃命令を快諾して来た。


 だが、知能の高いドラゴン族は既に察している。


 この半年と少しで、突如として現れた異次元の農家に多くの魔王軍幹部が倒されている事を。

 さらに、幹部クラスになれば引き抜きで生きながらえる者もいるが、モンスターの類で生を得ているのは、ケルベロスとオーガにリザードマン、そしてゴブリンだけであると言う情報も取得済み。


 どのモンスターも、彼らを率いる主は女神軍に下っている。


 そこで飛竜たちは自分の主である、ガイルを見る。

 ある者はチラ見で。またある者は薄目で。


「我ら狂竜軍団! 大魔王ベザルオール様のためならば、命など惜しくはないのだよ!! ふーっははは!!!」



 「あかん。これはあかん。死んでまう」と、飛竜たちは心を一つにした。



 狂竜将軍・ガイルは、魔王五将軍の中でも随一の忠誠心を誇るベザルオールの側近であり、そのポジションを既に数百年維持している。

 それは結構な事なのだが、飛竜たちは最高齢の者ですら82歳。


 ならば、その忠誠心にも差が生まれるのは致し方ない事であった。


 飛竜たちは吠えた。

 やり場のない悲しみを声にしなければ、やり切れないからである。


 その雄叫びを聞いて、ガイルの戦意は高揚する。


「ふーっははは!! 良いのだよ、飛竜たち!! その調子で女神軍の者どもを震え上がらせるのだよ!! 我ら狂竜軍団こそが魔王軍最強の部隊!!」


 魔界の狂える竜の異名を誇るガイルが春日大農場へ到達するまで、あと15分である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、春日鉄人とゴンゴルゲルゲ。

 さらにブロッサムが迫りくるウェアウルフの群れに対応すべく、農場を発っていた。


 3人はケルベロスに乗って、ユリメケ平原を西に走る。

 結構な勢いで西に走ったところで、鉄人が気付いた。


「うわっ! 最悪だ!!」


 急に頼れる軍師が「最悪!!」とか言うものだから、ゴンゴルゲルゲとブロッサムのちょっとキャラ被りコンビは狼狽える。


「な、何事でござりまするか、鉄人様!?」

「わ、吾輩たちの身に、何か起きるのでござるか!?」


 鉄人は「ああ、ごめんなさい」と謝って、自分がたった今感知した魔力について2人に話して聞かせる。


「これは僕とした事が、失策でしたよ。ものっすごい速さのモンスターが5……いや、7体かな? 農場にすっ飛んで行ってます。これ、今更僕たちが戻っても手遅れなスピードですよ」


 まだ「確かにバッドニュースだけど、最悪ではなくない?」と思っているゴンゴルゲルゲとブロッサム。

 だが、鉄人が続けた言葉でようやく理解が追いつく。


「コルティオールってドラゴンがいるんですよね? その子たちって、やっぱり火を噴きますよね?」


「ドラゴンでございまするか。ええ、もちろん噴きますぞ。その火力は火の精霊であるワシも認めざるを得ないほどでああああっ!!!」

「いかがしたでござるか、ゲルゲ殿!?」


「火を噴く敵が2体や3体ならばどうと言う事はないが、7体もおるのであれば……! 火に対応できる我ら3人が全員揃って農場におらぬのは非常にまずい!!」

「そうなんですよ、ゲルゲさん! 100点あげちゃう!! しかも、やたらと強い魔力がもう1個あるんですよ。ブロッサムさん、竜使いの幹部って魔王軍にいます? って言うか、いますよね?」


「い、いるでござる……。狂竜将軍・ガイル。かの御仁は、吾輩の前の前の代の魔獣将軍であり、その力と功績をもってより高い位の狂竜将軍になった方でござれば……。まずいでござるよ!!」


 極めてまずい事はよく分かった。

 だが、そのまずい事態を肝心の農場に伝えられないのが重ねてまずい。


「うわー! 見てくださいよ、お二人とも! あっちあっち! すっごい数の狼男がなんかデカい獣に乗って元気よくこっちに走って来てますよ!」

「ウェアウルフでござる!! 魔獣軍団の中でも、極めて凶暴で狡猾な種族でござるよ!!」


 ブロッサムのセリフを受けて、ゴンゴルゲルゲが気付く。


「お主、魔獣将軍であろう!? と言う事は、お主こそヤツらの総大将! ブロッサムの号令ひとつで進軍は止まるのではないか!?」

「ゲルゲさん……。それはちょっと酷いですよ……」


 鉄人の気遣いに「痛み入るでござる……」と弱々しく答えたブロッサムは続けた。



「魔王軍を抜けた吾輩を最初に見限ったのが、あの人狼族でござるよ。ヤツらが吾輩の指揮下から抜ける時には、この素人童貞!! とか言って罵られたでござる」

「ううむ。なんかすまんかった。ブロッサムよ、元気を出せ」



 鉄人はとりあえず、目の前に迫っている敵の排除を先決とした。

 だが、とり得る対策は全て拾っていくのがこのニートのやり方。


「ゲルゲさんとブロッサムさんで、とりあえず狼男たちの足を止めてもらえますか? 僕もすぐに戦闘に加わりますけど、その前に試してみたい事があって!!」


 2人は「この軍師の言う事ならば、聞かない理由を知りたい」と頷いた。


「では、ワシの火の拳でけん制を務めようではないか!!」

「承知! ならば、吾輩は追撃を担当するでござる!!」


 火の精霊と魔獣将軍はキャラがそこそこ被っているのに、その関係は良好そのもの。

 ならば、コンビネーションプレイだってお手の物。


 最終戦争の先陣は、2人の脳筋に託された。

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