第126話 開戦 ~最終戦争の幕が上がる~

 その日は晴天が基本のコルティオールにしては珍しく、黒い雲が太陽を覆い隠していた。

 妙に蒸し暑く、何やら悪い事が起きるには条件が整っているように多くの者が感じていたと、のちに女神の泉に記録されている。


「ゲラルド様! 出陣のご許可を頂けませんか!?」


 黒き盾・ゲラルドに「先制攻撃をさせてくれ」と願い出ているのは、サンボルト盆地の砦に配備されているウェアウルフ族の首長であった。

 ウェアウルフは気性が荒く、好戦的な種族として知られる獣人であり、この戦争では先陣を務めさせる予定となっていた。


 つまり、攻撃部隊として編成されているので彼らが攻め込むのは何ら問題ない。

 が、戦いにはタイミングと言うものがある。


「ダメだ! 今日は絶対にダメだ!!」

「何故です!? もう砦の守備隊も完全な状態を維持できております! ならば、ここで手をこまねいていて敵に先手を取られるのは愚の骨頂ではありませんか!!」


「だ、ダメだ! 明日なら良い! 明日まで待て!!」

「理由をお聞かせ願いたい!!」


 ゲラルドが気まずそうな顔をして黙った。

 理由がないからではなく、理由が言えないものだからである。


 今日は、春日大農場に春日柚葉と春日未美香が訪れている。

 もうお気付きだろうか。



 ゲラルドは春日柚葉に恋心を抱いている。

 何かの間違いで彼女に怪我でもさせたら自分を許す事ができないと心得ているのだ。



 よって、ゲラルドは理由を開示せずに「とにかくダメだ!!」と繰り返す。

 これが良くない方向へと事態を推移させた。


 ウェアウルフは元々、狂竜将軍・ガイルが魔獣将軍だった魔獣軍団に属しているモンスターであり、今は当代の魔獣将軍・ブロッサムの指揮下から離れている。

 つまり、彼らはゲラルドの正式な部下ではない。


 さらに、ゲラルドは封印から目覚めたばかりで一部のモンスターたちからは「ずっと寝ていた者にリーダー面をされても」と、やや反感を買っているきらいがあった。

 ウェアウルフはその急先鋒であり、煮え切らない態度のゲラルドを見て「さては、我ら人狼族に手柄を奪われるのを恐れているな」と邪推する条件が揃ってしまっていた。


「……分かりました。では、我々は明日の戦いに備えて休ませてもらいます」

「そ、そうか! 分かってくれたか!!」


「はっ! これにて失礼します!」

「よし、ゆっくりと休んで英気を養ってくれ!!」


 ゲラルドは戦士として一線級の武人であり、指揮官としても決して無能な訳ではない。

 だが、この時の彼はウェアウルフたちの真意をついに測れなかった。


 人狼の首長は、一族の先頭に立ち吠える。


「ゲラルド様には悪いが、我々が先攻して女神軍の鼻っ柱をへし折って見せよう!! なぁに、結果さえ出せば、後のことはどうとでもなる!!」

「「おおおおおおおおっ!!!」」


 彼らはヘルジャッカルと言う大型のモンスターの背に乗り、砦を飛び出した。

 その数、約300。


 ゲラルドが起きてしまった暴発に気付くのは、30分も後の事である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日大農場では、柚葉はプリン工房へ。

 未美香は母屋で夏休みの1日を有意義に過ごしていた。


 そこに「攻め込むタイミングは今!」と定めた人狼が迫る。


「兄貴! ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど!」

「ああ。どうした、鉄人。小遣いが足りなくなったか?」


「それも魅力的な話題だけどさ、耳に入れておきたい事があるんだよ。多分だけどね、サンボルト盆地からモンスターの大群がこっちに向かってるっぽい。結構な数だし、足も速い」

「そうか。よし、俺が行って来よう」


 女神軍の軍師を務める鉄人は黒助の出撃を止める。


「兄貴の出番はまだ早いと思うんだよね。ここは僕たちでどうにか対応するよ。ゲルゲさんとブロッサムさん借りていい?」

「ああ。鉄人がそう言うのならば、そうしよう。無論、必要な者は連れて行って構わない。だが、無理はしてくれるなよ? 危なくなったらすぐに俺を呼んでくれ」


「オッケー! 大丈夫! 僕、自分の命惜しさに兄貴を呼ぶことを躊躇なんてしないからさ! そこは安心して! 声を大にして言える!! 助けてってさ!」


 黒助は「そうか」と返事をして、鉄人の肩を叩いた。


 それからニート軍師殿はゴンゴルゲルゲとブロッサムを呼んで、3人でユリメケ平原の西へと出撃して行った。

 どうやら、農場から離れた場所で迎え撃つ算段らしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 サンボルト砦から兵が出撃した事実を、砦にいるゲラルドよりも早く察知した者が魔王軍にもいた。


「失礼いたします!! ベザルオール様、宸襟をお騒がせいたしまして申し訳ありません!!」

「くっくっく。良い。アルゴム。さては、卿も気付いたか」


「ははっ! さすがはベザルオール様! やはりもうご存じでしたか!!」

「くっくっく。余はコルティオールを統べる大魔王なり。全知全能であれば、この地で起きる事など全て余の手の平の上の些末な事よ」


 ベザルオールはメロンソーダを注いだグラスを傾けながら言った。


「くっくっく。カラオケルームが完成した。これでアニソン縛りのオールナイトができると言うもの。アルゴムよ、まずはハガレンの歴代主題歌あたりから攻めるか?」

「あの、ベザルオール様……。申し上げにくいのですが。カラオケのオールナイトよりも先に、戦端が開かれましたよしにございます」



「くっくっく。……マ? 早くない? あと、余はまだ命令出してないんだけど。えっ、指揮系統が全然機能してないじゃん。困る」

「至急、砦のモルシモシを使いゲラルドと通信を開きます!!」



 アルゴムは大魔王の目となり耳となる男。

 ならば、大魔王の矛となる男もいる事を忘れてはならない。


「話は聞かせてもらったのだよ。アルゴム、君の知り得る情報を全て寄越すのだよ」

「ガイル様……! それは、つまり……!!」


「うむ。私が出る。予想外の偶発的な開戦ではあるが、我々も予想できなかったタイミングであれば女神軍も同じと考えるのだよ。つまり、この機に乗じるのが得策」

「はっ! すぐに準備いたします!!」


 ガイルは飛竜を7匹ほど呼び寄せる。

 彼の眷属はドラゴン系のモンスター全てであり、コルティオールにおいてドラゴンは最強の種族。


 「眷属だけで四大精霊を撃ち滅ぼす事が可能な男」とは、ガイルのためにベザルオールが用意した言葉である。


「くっくっく。ガイルよ」

「はっ! この狂竜将軍・ガイル! 身命に誓い、ベザルオール様に勝利の美酒を味わって頂くことをお約束いたします!!」


「くっくっく。ガイルよ。くれぐれも油断せぬようにな。余の忠臣はみな、自信に満ちた表情でここより発ち、そして帰って来ない」

「私は違います! ベザルオール様の剣として、仇成す敵を全て滅してご覧に入れます!!」


 ベザルオールは「くっくっく」と笑い、続けた。



「ガイルよ。ちなみに余はお酒がダメなのを忘れておるな? 美酒を飲んだら、2日は寝込むことになる。たまに格好つけて後悔するの繰り返しよ」

「ははっ! 申し訳ありません!! では、勝利のファンタグレープをお約束いたします!!」



 こうして、最終戦争の幕が上がったのである。

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