第125話 黒き盾・ゲラルド、砦を建てるついでに恋にも落ちる

 コルティオールのサンボルト盆地では。

 黒き盾・ゲラルド指揮の元、着々と砦が建造されていた。


「うむ。さすがはノワール様が貸して下さった鋼鉄兵。よく働く! その上、疲れ知らずと来ている! この調子ならばあと1週間もかからずに砦が完成するな!」


 大魔王・ベザルオールはもちろんだが、狂竜将軍・ガイルと通信指令・アルゴムもサンボルト盆地には来ていない。

 表向きは「魔王城の守護」と「通信網の管理」と言う事になっているが、彼らはベザルオールと一緒にうどんの麺打ちに忙しいのである。


 現世の量販店からどん兵衛を召喚したベザルオール様はいたく感動し、うどんについて調べ始めた。

 今は北海道産の小麦粉を大量に召喚し、食材の厳選から気分をアゲている最中だとか。


「さて。某は時間を有効活用だ。むぅん! 『千里眼クレヤボヤンス』!!」


 ゲラルドが唐突に使ったのは、遠隔地を視る事のできる通信魔法の一種。

 「それ使うんだったらモルシモシいらないよね?」とアルゴムに圧力をかけられるため、彼は独りの時しかこの魔法を使えない。


 だが、遠視を可能にする『千里眼クレヤボヤンス』は偵察するのに持って来いであり、今日も彼は春日大農場を覗いていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その春日大農場では。


「もぉ! 兄さん、またツナギを破りましたねー?」

「違うんだ! 聞いてくれ、柚葉!! これはだな! 未美香がたまにはケルベロスと遊んであげて! と言うものだから、ちょっとじゃれていたところ、気付いた時には乳首の部分だけ穴が空いていて……!!」



 春日黒助。ついに戦っていないのに乳首の部分を破り始める。



 普段であれば、ミアリスを呼んでこっそりツナギを創造してもらい事なきを得るのだが、今日は運悪く柚葉もコルティオールにやって来ていた。

 柚葉と言えば、春日家の家事を一手に引き受ける女子力と嫁力の化身。


 ツナギだってタダではないのだ。

 春日家の財務省も兼ねている柚葉大臣に見つかると、それはもう怒られる。


「いいですか、兄さん! 兄さんはたくさんお仕事を頑張ってくれるので、服だっていつかはやぶれます。でも、今月に入って2度目ですよ?」

「ち、違うんだ! 前回は本当にやむにやまれぬ事情があってだな! なんか乳首が痒くて、指でかいていたら知らないうちに穴が空いていたんだ!!」



「兄さーん?」

「すまなかった。この通りだ。許してくれ」



 春日黒助の額を地面に付けさせる乙女は、現世と異世界を含めても2人しかいない。

 その勘定でいくと、義妹たちが最強と言う事になるがよろしいか。


 と、こんな平和な日常の1ページを覗き見している者がいた。

 前述の通り、黒き盾・ゲラルドである。


 彼は亀のモンスターに属しており、出歯亀をしても「まあ、お前亀だもんな」で済まされそうになる男。

 ゲラルドが春日大農場の監視を始めてから今日で5日目であり、春日柚葉を見るのはこれが初めてであった。


 お忘れの方もおられるだろうから、再度確認しておこう。

 春日家の人間には、魔力が備わっている。


 これは、コルティオールに長期間滞在した事により、大気を漂う魔素が体内で蓄積され、魔力に目覚めた結果。

 環境と素養の2つに恵まれた結果の先にあった小さな奇跡。

 なお、我らが春日黒助は魔素に嫌われているため、未だに魔力のカケラも発生していない。


 さて、そんな柚葉さん。

 出歯亀の視線に気付いてしまう。


 彼女は確かにゲラルドと視線を合わせ、続けてこう言った。


「ダメですよー? そうやって覗き見なんかするのは! ご用があるのでしたら、農場にいらしてください。美味しいお漬物があるんです!」


 柚葉も当然、魔王軍と本格的な戦争状態に発展した事は知っている。

 だが、心清らかな聖女にとって、戦争は戦争であり、それとコミュニケーションは別問題なのだ。


 あろう事か敵の幹部に向かって過剰な気遣いを振りまいた柚葉。

 悪い事が起きなければ良いのだが。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちら、再びサンボルト盆地。


 黒き盾・ゲラルドが、甲羅を下にしてひっくり返っていた。

 無言の鋼鉄兵に抱き起されるゲラルド。

 彼は続けて、こう言った。


「な、なんなのだ、あの人間は……!! 某の視線に気付いた!? いや、それも充分に脅威だが、何と言った!? 某を、女神軍の本拠地に招こうとしたのか?」


 ゲラルドは150年ほど前に、まだ多くの人間が住んでいた大地を単身で抉り散らかし多くの命を奪った残忍な一面を持つ武人。

 そんな彼である。


 誰かから、厚意を受ける事など経験がなかった。

 そして、それを受けてしまった。

 他ならぬ、現世と異世界を含めて彼女よりも清らかな心の持ち主はいないとされる、春日柚葉の真心を。


「あ、あの娘……。まさか、某の事を好いているのか……!? だ、ダメだ、いかん! ゲラルド、しっかりしろ! 某はベザルオール様の忠臣! 四天王の序列第1位にして、破壊と殺戮の限りを尽くして来た魔王軍きっての……好き」



 亀が恋に落ちた瞬間であった。



 ゲラルドは自分が何を言って、どのような状況にあるのか把握できずにいた。

 このような時は、まず現状を再度口に出して、客観視しながら問題解決を図るのが彼のやり方。


「れ、冷静になるのだ……! 某の名前は、黒き盾・ゲラルド! 大魔王ベザルオール様の忠実なる下僕にして、あんなじいさんよりもあの娘の方が好き!!」



 多分、もう何もかもが手遅れなのだと思われた。



 人が人を好きになるメカニズムは、多くの学者が研究に乗り出すものの未だ解明できていない不思議の1つ。

 その不思議は、どうやらモンスターにも適応されるようであった。


 この日以降、ゲラルドは深夜まで眠れぬ夜を繰り返し、夢の中でも柚葉の姿を探し、起きてからも「今日はあの娘は来ていないのか!?」と覗きに精を出すようになった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「どうした? 柚葉。まだ怒っているのか?」

「いえいえ! 兄さんに悪気がないのは分かっていましたから! 一度だけ、めっ! って言ったら、もうその話はおしまいです!」


「ああ、なんと心根の優しい子に育ってくれたのだろう……!! 地球よ、柚葉を生み、育んでくれてありがとう!!」


 黒助とまったく同じ感想を抱く者が魔王軍にも発生した。

 この事実は、やがて戦争に大きな影響を与えることになるのだが、それはまだ少し先の話なのである。

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