第123話 決戦の地はサンボルト盆地
コルティオールのとある山脈。
魔王城では。
「それでは、某は行って参ります! 必ずや立派な砦を建築して見せますので、楽しみにお待ちください!!」
「うむ。しっかりと魔族を束ねてくれたまえよ、ゲラルド。君の手腕に我々も期待しているのだよ」
ゲラルドは「はっ!」と言って敬礼した。
「くっくっく。良いかゲラルド。工事に関わる者には3日に一度休日を与えよ。それから、卿自身も働き過ぎには気を付け、適度に休むのだ」
「はっ! お気遣いありがとうございます!!」
そう言うと、ゲラルドはサンボルト盆地へと多くの部下を連れて出発して行った。
サンボルト盆地とは、春日大農場のある大陸の西の端に存在する。
魔界と女神軍が取り戻した領地のちょうど境界線であり、そこに今回魔王軍は前線基地を造る事に決めた。
「しかし、ベザルオール様のご発案は素晴らしいかと思います」
「くっくっく。アルゴムよ。褒めても何も出ぬぞ」
「我らと女神軍の境界線に砦を立てるとなれば、ヤツらも無視はできません。さらに、これまでの侵攻戦と違い、これならば迎撃戦が行えます。いつものやられパターンを払拭される手腕には脱帽です」
「くっくっく。アルゴム。引き出しの上から2番目に入れてある、余のマカダミアナッツチョコレートを1箱、卿に進呈しよう」
アルゴム、ちょっと良いチョコレートをゲットする。
代わりにガイルが尋ねた。
「ですが、ベザルオール様。人質作戦はいかがなされるのですか?」
「くっくっく。ガイルよ。人質作戦は許可できぬ」
「そうなのですか!? な、なにゆえ!? 効果的だとベザルオール様もおっしゃっておられたではありませぬか!」
「くっくっく。ガイルよ。卿は大事な事を忘れておる」
ベザルオールはグラスに注がれたネクターピーチを飲み干してから、言った。
「くっくっく。人質とか、卑怯ではないか。余は卿らが人質にされたら即刻投降する。そういうのを喩え相手が敵とは言え強いるのって、余は良くないと思う」
「はっ、ははぁっ!! 私が間違っておりました!! 申し訳ございません!!」
よって、魔王軍の方針は変更された。
サンボルト盆地に砦を作り、そこを前線基地として女神軍に正々堂々、正面決戦を挑むのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、春日大農場では。
「兄貴! ちょっと様子を見て来たけど、確かに大きな建物が造られてたよ! 魔族の人が山ほど働いてた!」
「そうか。すまなかったな、鉄人。偵察などと言う危険な行動を任せて」
「なんの、なんの! 僕が行くパターンが一番安全じゃん? 女神軍のみなさんの魔力って敵にも知られてるだろうし! その点ね、僕の魔力は得体が知れないから! 僕が敵の立場だったら、気付いてもいきなり攻撃はしないかな!!」
鉄人の知略と度胸に、オーガたちが沸く。
「さすがやで、社長の弟はん。むっちゃ自己犠牲するやん。普通できへんって。半端ないで、ほんま」と口々に鉄人を褒め称えた。
「しかし、ここから軽トラで1時間程度の距離に基地なんぞを構えられては敵わんな。農作業に集中できんではないか」
「まあ、そうだよねー。兄貴は優しいから。従業員の事が気になっちゃうよね」
「よし。ちょっと行って、ぶっ壊して来るか!!」
「ひょー! さっすが兄貴! 発想が常人とは一線を画してるなぁー!!」
優しい兄貴が身も蓋もない事を言い出した。
誰が止めるのか。
「ですが、黒助様! 黒助様が留守にしておられる間に、農場が攻められる恐れがございまするぞ!!」
「なるほど。つまり、砦自体が俺を誘い出す囮だと言うのか。ゲルゲ」
ゴンゴルゲルゲがストップをかけた。
最近は戦闘シーンもめっきり見かけなくなったが、たまにこうやって大事な意見を発信する事で彼は一定の立ち位置を確保している。
「そうね。わたしだったら絶対にそんな大掛かりで手間も人でもかかる作戦はしないけど、可能性は0じゃないものね。わたしだったら絶対にしないけど」
「ミアリス様、ゲルゲさんに当たりが強いですぅー」
「多分ねー! クロちゃんに進言するポジションをゲルゲに奪われたからだよー!! ゲルゲ、空気読めないもんねー!!」
現在、春日大農場は昼休み中。
休憩時間を使って、食事をとりながら軍議を行う時短計画が進行中。
「とりあえず、しばらく僕も毎日コルティオールに来ることにするよ! 兄貴が仕事してる時に敵さんが仕掛けて来たら、僕でも少しくらいは役に立てるし!」
「鉄人……! その言葉だけで俺は心が救われる思いだ……!! 多忙にも関わらず、すまない……!!」
まず、黒助が目に涙を浮かべてニートの献身に胸をトゥンクさせた。
「えっ! 鉄人、毎日こっち来るん!?」
「あらー! セルフィちゃんってば、ツンデレのツン抜き、キタコレー!! これはまたフラグ立っちゃったかしらー!! やだー!!」
「は、はぁ!? 別に、ウチは……!! 鉄人が来てくれるなら、ウチがわざわざ現世に行って買い食いとかウィンドウショッピングとかしなくていいから! 手間が省けて楽だって事だし! 勘違いすんなし!! マジで鉄人、そーゆうとこあるし!!」
風の精霊は既に仕上がっております。
「でも、黒助。農場の守りも固めておいた方がいいかも。ほら、敵が近くに拠点を作ったってことは、それだけ急襲するための距離も短くなったわけだし」
「そうだな。ミアリスの言う事はいつも正しい。ギリーとブロッサムにでも頼むか」
「そ、そう? 別にわたし、そんなに意識して言ってないんだけど! そっか、わたしの提案、黒助の役に立ったのね! そうなんだ!! ふーん!!」
「ミアリス様ぁ。それ、ゲルゲさんが言ったのとほとんど内容が被ってますぅー」
「ミアリス様が満足するならねー! ボクは何も言わないよー!!」
魔王軍の計画に対して、女神軍の対応策はシンプルだった。
まず、春日鉄人のコルティオール常駐。
これだけでも相当な抑止力になる。
有事の際には極めて優秀な遊撃隊にもなれる上に、何より彼は仕事がないためコルティオールに常駐する事のリスクがまったくない点も大きい。
それに加えて、農場の守りの警戒レベルを引き上げる。
今回は黒助にも「攻められるかもしれん」と言う心構えがあるため、防衛任務に就いている者が異変を察知すれば、すぐに最強の男が迎撃できる。
シンプルな対応策がハマる事ほど効果的な戦い方はない。
こうして、着々と最終戦争に向けて歩みを進めて行く魔王軍。
それに対抗する女神軍。
コルティオールの未来が決まるその日まで、それほど猶予は残されていなかった。
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