第121話 女神軍と魔王軍、それぞれの軍議

 春日大農場に戻った鉄人を、黒助が出迎えた。

 彼は弟に揺るぎない信頼を持っているが、それと心配するしないは別問題。


「鉄人! 戻ったか!!」

「兄貴ー! ただいま!」


「無事で何よりだ。すまなかったな。本来ならば俺が出向くべきところを」

「何言ってんのさ、兄貴! 総大将はなかなか出て来なくて読者を焦らすのがバトルものの王道だよ! それより、メゾルバさんの治療してあげてよ!」


 黒助は鉄人と熱い握手を交わしたのち、力の邪神を労った。


「メゾルバ。ご苦労だった。既に報告は受けている。お前、自分が囮になってゲルゲたちを逃がしてくれたらしいな」

「くははっ。あれは気まぐれである。我が主の思われているような美談ではない」


「そうか。すぐにウリネに治療を頼もう。その前に、これを用意しておいた。よく冷えたスイカだ。4分割で切ってある。食うだろう?」

「我が主。我は戦いの場よりたった今帰参した身である。血の匂いも残ったままで果実を貪るなどうわぁ、おいしー! これおいしー!! これぇ!!!」


 結局スイカを一玉食べたメゾルバ。

 隣で治療するウリネも、今回は大事なスイカを分けてあげる事に異存ないご様子。


 黒助は鉄人からだいたいの事情を聞いて、それを踏まえた上でミアリスを呼ぶ。

 さらに女神軍の主だった者を呼び寄せた。


 軍議である。


「ゲラルドね。女神の泉の記録に残ってたわよ。150年前くらいに大暴れしてた魔族で、その頃の四大精霊のうち半分がそいつにやられたみたい」

「なるほど。それなりに強敵のようだな。元魔王軍たちの意見も聞きたい」


 やって来たのは死霊将軍・ヴィネと鬼人将軍・ギリー。

 魔獣将軍・ブロッサムは新鮮な餌が戻って来たのでコカトリスたちのお世話をすべく欠席である。


「オレぁ若輩者なんで、四天王は1人たりともお目にかかったことねぇんすよ。噂だけは聞いてましたけど。元々は五将軍と同格の立ち位置らしいっすよ」


 ギリーのセリフをヴィネが引き取る。


「あたいは全員と一応面識があるよ。鬼窪についていたボラグンとガルダーンはそれなり。茂佐山と一緒に来たライバーはぶっちゃけ雑魚。だけど、ゲラルドは正直、あたいたち五将軍よりも強いと思うね。ああ、もちろんだけど、黒助の方が強いよ」

「そうか。気を遣わせたか? すまんな、ヴィネ」


「はぁぁぁぁぁっ! さり気ない言葉から染み出る優しさ……!! これは逝っちまいそうだねぇ!!」


 ヴィネに「逝くなよ」と言ってから、黒助はミアリスに尋ねる。

 あくまでもコルティオールの代表者は女神であり、彼女の意見を尊重するべきだと英雄は考えた。


 農場を襲ってくるのならば是非もないが、今回はこれまでとはいささか状況が異なる。


「そうね。今回は魔王軍の領域に踏み込んだって背景があるし、一気に事を荒立てるのは得策じゃないかも。魔王軍も準備ができて襲って来た訳じゃないし。けど」

「あちらの準備が整うまで待ってやる義理もない、か?」


「くぅぅぅぅぅぅっ! わたしの考えを先読みされたぁぁぁ! なんか通じ合ってるみたいじゃない!! んぁぁぁぁ! 逝っちまいそうだわぁぁぁ!!」


 黒助は「そうか。逝くなよ」とだけ言って、軍議を終えた。

 そう遠くない未来に待ち受けている、戦いを見据えて。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃。

 とある山脈。魔王城では。


「アルゴム様!! これが某の携帯していたモルシモシの記録です!!」

「分かった。見てみよう。……と言うか、モルシモシを携帯してくれる魔王軍の幹部、久しぶり過ぎて私は泣きそうだ」


 通信指令室では、アルゴムが映像の解析を行っていた。

 彼の表情は少しずつ青ざめていく。


「……ベザルオール様にお伝えせねばならない! 行くぞ、ゲラルド!!」

「はい! お供いたします!!」


 謁見の間では、玉座にベザルオール。

 さらには狂竜将軍・ガイルの姿もあった。


「ベザルオール様! ご報告がございます!」

「くっくっく。アルゴム。余は先日より続く、『鬼滅の刃』から『呪術廻戦』のマラソンを終えた。これより新海誠作品に手を出そうと思うが、少しだけ気がかりがある」


「はっ? ははっ! 伺います!」


 アルゴムはまず、偉大なる大魔王の言葉を待つ。

 大魔王の言葉は全てにおいて優先されるのは、どこの魔王軍でも同じである。



「くっくっく。乙骨くんの声を何回聞いても、シンジくんがフラッシュバックしてくるのだが。これはどうにかならぬものか?」

「ははっ! それはベザルオール様がエヴァンゲリオンの旧劇と新劇を一気見されたからでございます! 乙骨くんは乙骨くんでございます!!」



 ベザルオールはグラスを傾ける。

 量の減ったファンタオレンジを見て、ガイルが「お注ぎいたします」と1.5リットルのボトルを持つ。


 それをグイっと飲み干すと、ベザルオールはアルゴムの報告に耳を傾けた。

 アルゴムはなるべく分かりやすく、事態を告げる。


「くっくっく。つまり、卿はこう申すのだな? 異次元の農家以外にも、頭のおかしい人間が現れたと。……マ?」

「こちらが映像でございます! あの、『呪術廻戦』の19話が再生の途中ですが?」


「くっくっく。良い。既に3度見たあとである。黒閃があまりにもカッコいいので、ガイルと一緒にモノマネをしておったのだ」

「ははっ! ベザルオール様の腰の入った黒閃の前には、私のへなちょこ黒閃などお目汚しに過ぎませんでした!!」


 アルゴムはモニターに春日鉄人の召喚したスケルトンを映し出した。

 「な、なんと!」と驚くガイルをよそに、平然と映像を眺める大魔王。


 最後まで見終えたベザルオールは、厳かに感想を述べた。

 特に巨大なスケルトンが気になったらしい。



「くっくっく。一応確認するが。アルゴムよ。……これ、リカでは?」

「恐れながら、ベザルオール様! 『呪術廻戦』から戻ってきてください!!」



 そこに音もなく現れたのは、虚無将軍・ノワール。

 彼女もスケルトンの様子を眺めて、「あらあら、まあ」と笑った。


 さらにノワールは続ける。


「ベザルオール様。これは魔王軍に対する正式な宣戦布告と捉えても良いのではありませんこと? わたくしたちの領地に踏み込み、わたくしたちのモンスターを使役するなど、偉大なるベザルオール様への挑戦としか思えませんわ」


 いつもはノワールの意見にとりあえず異を唱えるガイルも「ううむ」と唸るに留まる。

 今回ばかりはノワールと同意見だからに他ならない。


 忠臣たちの様子を眺めていたベザルオールは、「卿らの考え、分かった」と言うと、玉座を立った。

 そして、グラスを叩き割り宣言する。


「くっくっく。これより我ら魔王軍は、女神軍に対して最終戦争を仕掛ける! 卿らの奮戦にも期待する!!」


 その場にいた全員が跪いた。


「「ははっ!!」」


 誰の思惑なのか、コルティオールの命運は加速する。

 戦いの先に平和があるのかどうかも疑わしいにも関わらず。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 割れたグラスを片付けるアルゴム。

 その様子を玉座から見下ろしながら、ベザルオールは言った。


「くっくっく。アルゴムよ。ごめんね。テンション上がってグラスを割ってしまった。指を切らないようにせよ。余もコロコロ持って来たから、一緒に破片を拾おう。絨毯に細かい破片が絡まっておるわ」

「はっ! お気遣い痛み入ります!!」


 平和を求めて、女神軍と魔王軍は各々の歩みを進めるのだった。

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