第116話 大魔王・ベザルオール様の昔話 ~今明かされる、戦争の始まり~

 コルティオール。

 とある山脈。魔王城では。


「くっくっく。ガイル。そしてアルゴムよ」

「はっ! 狂竜将軍・ガイル、ここに!!」


 アルゴムは感じ取っていた。

 「あ。このパターン、私が頑張らないと話が破綻するパターンだな」と。


「くっくっく。カップラーメンで一番好きな味の話、する?」

「ははっ! それはようございますな!!」


「べ、ベザルオール様! よろしいでしょうか!?」

「くっくっく。良い。アルゴムよ、申してみよ」



「恐らくですが、カレー辺りから始まって味噌や塩を経由したのち、シーフードの偉大さを語って最後はベーシックこそ至高と言う流れになるのではないかと!」

「くっくっく。アルゴム。卿は未来を映し出す魔法の鏡のようであるな」



 未来予知ではなく、経験則からの推測であるとアルゴムは語る。

 ベザルオールは現世のものに触れると、かなり前のめりになってハマり散らかすものの、最終的には最も大衆から支持されている王道に帰結する事が多い。


 ガイルが最近は「来るべき時に備え、魔王軍の兵を鍛え直すのだよ」とか言って謁見の間を留守にするものだから、アルゴムは通信指令と兼務して大魔王の側近の役割も果たしていた。


 そんな日々がもう2週間も続いており、疲れが見え始めた通信指令。


「よろしければ某にご教授ください! ベザルオール様!!」

「ゲラルド……」


 この元気の良いニューカマーは黒き盾・ゲラルド。

 魔王四天王の最後の1人であり、2週間ほど前に「くっくっく。四天王を1人出し忘れておったわ」とベザルオールが雑に封印を解いた男。


 亀のような甲羅は鉄壁の防御を誇り、それでいて高速移動からの一撃離脱戦法を得意とする、四天王序列第1位の男でもある。

 だが、序列が高いことが仇となり出し惜しみされていた事実から目を背けてはならない。


 「くっくっく。マスターボールって余には使いどころが分からぬ」とポケモンを嗜みながら呟いていた大魔王様。

 ゲラルドくらいは四天王の中で長生きをして欲しいものである。


「くっくっく。では、ゲラルドよ。卿の熱いコールに応えて、余の昔話を聞かせよう。アルゴム。グラスを持て」

「……はっ! お察しするに、今日はメロンソーダでございますな!?」


「くっくっく。アルゴム、卿の配慮と気配りに長けたそういうところ、余は好き」

「ははっ! すぐにお持ちいたします!!」


 こうして始まる、大魔王ベザルオールの昔語り。

 意外と大事な事も言うので、軽く聞き流して頂きたい。


 なお、ガイルは隙を見て退室していた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ベザルオールはコルティオールを統べる大魔王であり、既に2000年の時を生きている。

 かつては女神と共にコルティオールを共同統治していた時期があった。


 今より1500年ほど昔の事であり、まだこの異世界にコルティオールと名の付く前の話になる。


 当時、女神・コルティは人間たちに知恵を授け、平和な時を創造していた。

 その頃のベザルオールは、魔族のより良い生活を目指し日々を過ごしている。


 人間の住む大地と魔族の住む魔界の均衡が最も落ち着いていた頃であり、女神も魔王もお互いに干渉していなかった平和な時期である。

 が、ある日、一部の人間と魔族による小競り合いが発生し、それをきっかけで戦争が起こる。


 女神・コルティは、すぐに動いた。

 大魔王との会談を持ちたいと魔族側に持ち掛けたのであった。


 コルティオールの長い歴史を紐解いても、このように柔軟かつ大胆な手法に打って出た女神はコルティが最初であり、最後でもある。


「くっくっく。コルティは聡明な女であった。魔族の生活水準を高める約束をする代わりに、人間の生活圏の保証を余に求めてきおったのだ。女神風情が、この余に。恐れるでもなく、へりくだるでもなく。同じ目線で」



「なんと! 不遜な輩ですな! 某が八つ裂きにして参りましょう!」

「くっくっく。ゲラルドよ。卿、話を聞いてた?」



 アルゴムが「ゲラルドには後で言って聞かせますので、続きを!!」と促した。

 ベザルオールも「くっくっく。アルゴムは余の話をちゃんと聞くから好き」と頷く。


「くっくっく。以降、80年ほどの間、余とコルティによるこの世界の統治は続いた。戯れに名のなかった世界をコルティオールと呼び始めたのもその頃である。コルティの名前は全部使われているのに、余の名前が半分だけなのにはちょっと不満があったがな」


 そのまま平和が続くかと思われたコルティオール。

 だが、穏やかな時に、ある日突然終わりが訪れた。


 その日は、魔王城で女神・コルティと時の四大精霊を招き昼食会が開かれていた。

 当時のコルティオールでは卵料理が流行しており、まずクックル鳥の卵を焼いたものがテーブルに並んだ。


 現世で言うところの目玉焼きである。


「くっくっく。そこでコルティのヤツめ、ピンポコ豆の汁を卵にかけおったのだ。信じられぬであろう? 普通、クックル鳥の卵には塩と胡椒だよね?」


 現世で言うところの「目玉焼きに何をかけるか紛争」である。

 なお、ピンポコ豆の汁とは、偶然が重なり発酵して出来た醤油の事である。


「くっくっく。そこからは砂の城を崩すがごとき速さであった。女神軍と戦争状態が再開された。いや、再開と言うよりも、あの瞬間から真なる戦争が始まったとも言える」

「許せませんな! 某が八つ裂きにして参りましょう!!」


「……ベザルオール様。よ、よろしいでしょうか?」


 アルゴムは聞くべきか迷ったが、すぐに決断した。

 「この場で私が聞かなければ、誰が聞くのか」と己を鼓舞し、大魔王に向かって挙手をする。


「くっくっく。良い。いかがした、アルゴムよ」

「あ、あの、何と申しましょうか。ご気分を害されるかもしれないのですが……」


「くっくっく。卿と余の間には、それなりの友誼があろう。遠慮せずに申せ」

「では、お許しを得て……」


 アルゴムは言った。

 目には見えない、顔も知らない多くの者の代弁者として。



「そんなしょうもない理由で、1500年も戦争をしておられるのですか!?」

「くっくっく。それな。余もビックリしておる。時おり自分の記憶を疑いたくなる」



 それ以上の追及をアルゴムはしなかった。

 だが、ベザルオールは強硬な態度を持つこともあるが、愚かな君主ではないとアルゴムは知っている。


 それだけに、疑問であった。


 大魔王ベザルオールが「現在の戦争状態に何か思うところがある」と言う状況の異常性について、彼は激しく訝しんだ。


 しかし、この偉大な大魔王の意志に介在できる者が果たしているだろうか。

 仮にいたとして、そのような事をする理由は。

 その結果、何を得るのか。


 アルゴムには分からない。

 だが、調べてみる価値はあるとも思えた。


「くっくっく。アルゴムよ。年寄りの話を聞いて疲れたであろう。メロンソーダにアイスの実を入れる事を許す。疲労には甘いものよ。くっくっく」

「はっ、ははっ! ありがたき幸せでございます!! ゲラルド! ベザルオール様のグラスを受け取るのだ!」


「かしこまりました」

「くっくっく。アルゴムよ。余の飲み物は、アイスボックスに三ツ矢サイダーを注いでくれると嬉しい。氷をガリガリ食べたいのだ。くっくっく」


 何かが進んだ気配のある魔王城。

 だが、今日の彼らも平和であった。

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