第114話 農の者・鬼窪玉堂の業務報告

 コルティオールの春日大農場。

 そこにやって来るのは、一台の軽トラ。


「兄貴ー! お連れしたよー!! 新鮮な極道の人!!」

「鉄の坊ちゃん! ワシのために貴重なお時間をもらってしもうて、すんません!! 今日もお忙しかったじゃろうに……!!」


「平気ですよ! 僕もちょうどコルティオールに行こうと思ってましたから! あらー! セルフィちゃん!! 何やってんのー!?」

「く、来るんなら言えし! 迎えにくらい行ってやったのに……!!」


 もう2人、付き合ってるよね。


 弟の声を聞いて、兄者がやって来た。

 既に鉄人はお楽しみの様子なので、敢えて声はかけない。


 代わりに春日黒助は極道の人に問いかける。


「鬼窪か。聞くが、農道は順調か?」

「へ、へえ! 黒助の兄ぃ!! 今日はしのぎのご報告に伺いやした! お、お邪魔じゃなかったですかいのぉ!?」


 黒助は相手がどんなに憎かろうと、家族の1人が「もう許してあげよう」と言えば哀しみと遺恨を川に流して飛翔する男。

 これを哀川翔と言う。


「母屋に入って待っていろ。俺もちょうど休憩しようと考えていた。ミアリス! すまんが農道を極めようとする男に相応しい茶と菓子を出してやってくれるか!」


 黒助が呼ぶと、ほとんどノータイムでミアリスが飛んでくる。

 彼女は嫌な顔ひとつせずに、鬼窪を母屋へと招き入れた。


「こりゃあ、女将! すんません!! ワシなんぞが旦那さんのお時間を奪っちまいまして!! どがいして謝ったらええか分かりゃしませんのぉ!!」

「お、女将……!! 鬼窪、あんたなかなかいい面構えになったわね! 待ってなさい! 今、柚葉が持って来てくれた玉露と、スッポンポンプリンを用意するから!!」


 とりあえず女将ミアリスさんのハートをキャッチした鬼窪玉堂。

 フカフカした座布団もゲットして、背筋を伸ばす。


 付言事項がいくつか。


 黒助は「極道」に対抗して、農業の道を極めんとする者の事を「農道」と呼び、それを定着させたいと思っている。

 が、付き合ってくれるのは家族とミアリスくらいのものである。


 また、ギリーとウリネの共作でコカトリスプリンの新フレーバーを製作中であり、その名も「スッポンポンプリン」と言う。

 聞く者をやきもきさせるが、「何ぞ、それ」と興味は惹かれる魅惑のプリンである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 15分ほどして、黒助が母屋に戻って来た。


「すまんな。待たせた。そろそろ稲刈りが近くてな。そっちの作業に掛かりっきりなのだ。ウリネの『大地の祝福』の効果はやはり凄まじいな」


 田植えからわずか1カ月半で既に田んぼには立派な稲穂が並んでいる。

 今回は農場の従業員にお米の素晴らしさを伝導するため、全ての工程を手作業で行っているが、次からは効率重視の量産体制へと移行する予定であり、現在そのリーダーを誰にするか頭を悩ませている事業主。


「女将さんでよろしいんじゃないんですけぇのぉ?」

「おかみ? ああ、ミアリスか。ミアリスには俺の傍で補佐をしてもらおうと思っている。農場も規模が拡大して、正直なところ俺独りでは指示が行き届かない。その点、ミアリスは俺の思考をよく理解してくれているからな」


 そこにやって来る女神様。


「な、なによ! そんな風に人がいないとこで褒めたって! んぁぁぁぁ! 嬉しいぃぃぃぃ!!! もう、鬼窪は好きなだけプリン食べなさいよ! 玉露も飲み放題よ!! ドリンクバーよ!!」


 上機嫌なミアリスによって、鬼窪は湯呑が空になる度にお茶を注がれるわんこそば方式の罠にハマる事になるのだが、その話はまあいいか。


「それで、農道の調子はどうだ?」

「へい! 賭場を改良した医療介護施設がもうパンク寸前っちゅうほど賑わっちょりまして! 野菜を賭けたブラックジャックで毎日じいちゃんばあちゃんが盛り上がっちょります!!」


 刃振組の経営していた黒に近いグレーの賭場は、今では地域密着型の施設として市民権を得ていた。

 賭場の設備をそのまま転用しているため、ルーレットやカードなどの遊びを気軽に楽しむ事ができるのが売り。


 「賭け事などけしからん」とお怒りの方もおられるかもしれないが、実際に老人ホームでパチンコや麻雀を導入して脳を活性化させると言う試みが存在するらしい。

 景品も新鮮な農作物なので、実にクリーン。そしてグリーン。


 その後も鬼窪による業務報告は続き、黒助にとっても概ね満足のいく話だったらしい。


「鬼窪」

「へ、へい!」


「よくやっているな。聞くが、それで刃振組の構成員はしっかりと飯が食えるだけの収入があるのか?」

「へい! むしろ、今の真っ当なしのぎになってからの方が実入りが多いくらいなんですけぇ! 黒助の兄ぃにはなんちゅうてお礼を言うたらええか……!!」


 と、そこにウリネがやって来た。


「クロちゃん、クロちゃん! 壁の外におっきいモンスターが出たよー!!」

「む。そうか。それはいかんな。よし、鬼窪。お前まだ魔法は使えるか?」


「へぇ! もちろんでさぁ! ワシゃ兄ぃのお役にたっちゃろう思うて、現世でもトレーニングは欠かしちょりゃあせんのですけぇ!」

「そうか。では、壁外調査と行くか。ウリネ、案内を頼む」


「分かったー! 鬼っちも一緒なんだねー! こっちだよー!!」

「ウリネの姐さんにゃあ、命救うてもろうた恩がありますけぇ! 弾除けにゃあワシを使うてくだせぇ!!」


「鬼窪。ウリネがその言葉遣いを真似するとなんか嫌だから、少し黙るか、上品な言葉に置き換えろ」

「へ、へい! すいやせん! ああ、いえ! ごめんあそばせ!!」


 その後、お嬢様口調の鬼窪玉堂の活躍によって、巨大なシカ型モンスターは討伐された。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 日が暮れて、農場の夕食のためにオーガたちがシカ型モンスターを捌いていく。

 「ぜひ社長も食べてってつかぁさいや。美味いんやで、これ」と言われては、袖にする訳にもいかないハートフルな事業主。


 ジビエ料理を堪能しながら、鬼窪にもそれを勧めた。


「お前が仕留めたモンスターの肉だ。しっかり食え」

「へぇ! いただきやす! いえ、召し上がらせてもらいますわよ!!」


「鬼窪」

「なんでございますの?」



「その喋り方な。不快だからヤメろ」

「あ、あんまりなお言葉ですわ……」



 「まあ、それはそれとして」と、黒助は理不尽に話を脇に置いた。

 続けて、彼は更生した農道の者を褒める。


「お前、ずいぶんと使える男になったな。販路開拓と経営戦略は申し分ない。さらに、そこそこ腕も立つ。そのうち魔王軍を黙らせようと思っている。その時は力を貸してくれるか?」

「も、もちろんでさぁ! ……ですわ」


 鬼窪玉堂の魔法は、大魔王ベザルオールによって与えられた魔力が源である。

 その強靭な矛でまさか自分が突かれる事になろうとは、全知全能の大魔王でも想像できなかったらしい。


 今日も春日大農場は平和であった。

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