第112話 春日柚葉、強引なナンパをされる ~現世で1番の死亡フラグ~

「ねえ! 君、すっごく可愛いよね! オレの事分かる? 同じ講義を受けてるんだけど! でもさ、違ったんだよね! オレが受けていたのは、君から溢れ出る美しさと言う名の光だったんだよ!!」


 彼の名前は廣澤ひろさわ三郎さぶろう

 二浪を経て、今年から時岡大学に通い始めた大学一年生。



 今回、酷い目に遭う男である。



「あ、そうですか。それは良かったですね」

「おっほー! いつもニコニコしてるのに、素っ気ない態度! でもそこが魅力的だね! 一緒にランチでもどうだい? プリティガール!!」


「結構です。私、今日は兄と昼食を食べる約束をしていますので」

「じゃあさ、オレも一緒に行ってもいい? お兄さんにさ、宣言するの! あなたの妹さんの魅力に負けました! もう離れたくても離れられませんってさ!!」


 この塩対応を貫いている清楚な乙女は、皆さんご存じ春日家の長女。

 コルティオールでは「聖女と言えば誰でしょう」と問題を出すと、ゴブリンさえも彼女の方を向くと言う。


 春日柚葉さんである。


 柚葉は可愛らしい。

 スタイルも良く、その立ち居振る舞いの上品さは見る者を魅了する。


 ゆえに、時おりこうしてナンパされる事もある。

 しかし、柚葉がナンパに応じた事は1度としてない。


 理由が必要だろうか。

 強いてあげるのならば、「春日黒助の義妹だから」としか申し上げられない。


 ナンパして来る者の9割5分は柚葉の少し迷惑そうな表情を見ると「自分はこんな可愛らしい乙女になんと言う失礼を働いたのだろう」と心が浄化され、ある者は首を垂れるし、ある者は地にひれ伏す。


 だが、廣澤三郎のメンタルもなかなかのものだった。

 「会話してくれるって事は、脈ありじゃね!?」と言う、超ポジティブシンキングを発揮し、同級生よりも2年遅れた大学デビューを華々しく飾る気満々であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助と鉄人は時岡大学の近くにある中央公園にいた。


 ミアリスに「たまには休みなさいよ」と言われた黒助は、「お前が言うなら、たまには休むか」と素直に応じた。

 女神様もまさか素直に聞き入れてもらえるとは思っていなかったらしく、「お前が言うなら」と言うクリティカルヒットを喰らい畔から田んぼに転がり落ちて行った。


 だが、黒助は時間さえあれば土をいじっている男。

 趣味と実益を兼ね備えた農業戦士の彼は、休み方を知らなかった。


「兄貴! 見て! すっごい勢いで鯉が餌食べてる!!」

「なかなか豪快なヤツらだな。他にも池の周りには人がいるのに、鉄人のところばかりに寄って来るのは何故だ?」


「まあね! 僕って週3で餌あげてるから! 鯉の世界では有名人なんだよ! あ、ちなみに公園の管理責任の人に餌を上げる許可も貰ってるよ!」

「鉄人……。お前は本当に、日々崇高な活動に汗を流しているのだな。俺は心の底から誇らしく思うぞ」


 黒助には弟がいる。

 弟はニートと言う仕事をしており、その業務内容には「休む」も含まれていた。


「おっ! 兄貴、見て見て! あの鯉! 背中が鬼窪さんとそっくりなんだよ!」

「確かに似ているな。鬼窪の背中には桜の花が咲いているからな。よし、今日からあの鯉は鬼窪と名付けよう」


 ちなみに、この兄弟が鯉に餌をやり始めてから、もう2時間が経とうとしていた。


 鉄人は無意義な時間を有意義に楽しむ術を心得ており、黒助はその弟に全幅の信頼を置いている。

 つまり、あと3時間は鯉に餌をやるだけで過ごせてしまうと言う事実。


 なんなら、鯉の方が先に満腹になるまである。


「兄貴! ちゃんと覚えてる? 僕が予約しといた店の場所と名前!」

「ああ。イタリアンの店だったな。『ピエーディ・ヌーディ』と言ったか」


 ちなみに、『ピエーディ・ヌーディ』とはイタリア語で「裸足」と言う意味である。

 スッポンポンが好きな柚葉に鉄人が気を利かせたらしい。


「そろそろ柚葉ちゃんを迎えに行ってもいいかもだね」

「そうだな。約束の時間よりは30分ほど早いが。たまには大学というところに行ってみるのも悪くない。無頼漢の俺には似合わん場所だが」


 黒助は鉄人と別れて、時岡大学へ向かって歩き始めた。


 なお、鉄人が別れ際に「柚葉ちゃんには僕が店を選んだり予約した事は内緒ね! 兄貴がしてくれた事にしといた方が柚葉ちゃんも嬉しいだろうからさ!」と、黒助に言い含めた。


 相変わらず、気配りのデキるニートである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 場面は戻って、時岡大学。

 今まさに、廣澤三郎が死亡フラグを立て散らかしていた。


「いいだろぉ!? ちょっと一緒にご飯食べようって言ってるだけじゃんか!!」

「お気持ちは分かりましたけど、私、本当に兄と約束があるので! もう時間なんです! ごめんなさい!」


「お、お前ぇぇ! ちょっと可愛いからって、お高くとまってんなよなぁ!?」

「きゃっ! ちょっと、離してください!」


 廣澤が柚葉の手を強引に取った。

 これはいけない。



「おい。聞くが。お前はうちの大事な妹とどういう関係だ?」

 こうなるからである。



 中央公園から時岡大学までは1キロほどの距離がある。

 柚葉が悲鳴を上げたのは、黒助が公園を出てすぐの出来事。


 5秒後には大学のキャンパス内に彼は立っており、妹についた悪い虫を捕まえていた。


「い、いてぇ! なんだよ、お前!! 痛い! ちょ、痛い! あ、ごめんなさい! なんか分かんないけどごめんなさい!! 痛い痛い!!」

「もう一度だけ聞くが。お前は、うちの妹とどういう関係か。柚葉の美しい手に軽々しく触れるだけの資格と覚悟がお前にはあるのかと聞いている」


 廣澤の腕を人差し指と中指で摘まんでいる黒助。

 なお、彼がちょっとだけ力を込めると、廣澤くんの手首がもげます。


 そんな廣澤くん絶体絶命のピンチの最中、黒助のスマホが鳴った。

 彼はすぐに電話に出る。


『あ。兄貴? その人ね、ちょっと悪質なナンパだよ! 僕が言って話し合いしとくからさ! 兄貴たちはレストランに行っちゃってー! せっかく予約したんだから!』

「そうか。分かった」


 黒助は人差し指でピンと廣澤の体を弾いた。

 彼が3メートルほど吹き飛んで、ベンチに強制着席させられた。


「よし。行くか、柚葉。ゴンゴルゲルゲみたいな名前のパスタが美味いらしい」

「ふふっ。兄さんってば、お休みの時まで農場の事を考えているんですね!」


 柚葉は黒助の腕に抱き着いてから、耳元で控えめに囁いた。


「兄さんはいつも私を助けてくれる、とってもステキなヒーローですっ!」

「そうか。柚葉は可愛いからな。今度からはもっと気を付けておこう。何が起きてもお前の安全は俺が守るからな」


 その日以来、「春日柚葉にはヤベー彼氏がいる」と大学内に噂が流れ、それを否定しなかった柚葉の態度も手伝い、聖女に不埒な行為を企む輩はいなくなったのだとか。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ちなみに、廣澤くんのその後は。


「すみませんね、うちの妹が! あの子ね、お兄ちゃんっ子なんで、あんまり構わないでやってもらえますか? お願いします!」

「は、はひ! すみ、すみませんでした! ほ、ほほ、ホントに、す、すみまっせ!!」


 鉄人が話し合いで円満解決を図っていた。

 なお、鉄人の後ろには、餌をあげていた鯉と同じ柄を背負った黒いスーツの男。


「鉄人の坊ちゃん! ワシ、立っちょるだけでええんですかいのぉ?」

「急に呼んじゃってすみません! もう役割は果たされているので、充分です!」


 廣澤くんはこの日以来、色恋沙汰にうつつを抜かさず勉強に打ち込み始めた。

 彼が時岡市議会の最年少議員になるのは、10年ほど先の話である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る