第4章

第107話 梅雨空だってコルティオールには関係ない! ~異世界で農業をする最強の男のとある1日~

 現世では7月も中ごろに差し掛かり、蒸し暑い日が続いている。

 今年は梅雨明けが遅く、今日もあいにくの空模様。


「お兄! あたしもコルティオール行きたーい!!」

「ああ、構わんぞ。この天気じゃテニスはできないだろうからな」


「そうなの! せっかく試験休みなのにさー! やっと部活が再開されるのにぃー!!」

「よしよし。そうむくれるな。オーガのマリンがあっちで待っている」


 未美香は「やたー!」と言って、体操服に着替えに行った。

 その様子を見ていた毎日がホリデーの鉄人。

 今朝も朝6時にはきっちり起きて、ニュース番組をはしごしながら世界情勢を憂いていた。


「じゃあ、僕も行こうかな! 特に予定もないし!」

「そうか。多忙な鉄人が珍しいな。いや、みなまで言うな。時には自分探しの旅だって休憩が必要だ。歩き通しでは疲れてしまうからな」


 自分探しと言う名のぬるま湯に浸かっているニートをさらに休ませたらどうなるのだろうか。

 少しばかり興味が湧くと言うもの。


「お兄! 準備できたー!!」

「よし。行くか。柚葉だけ仲間外れにしてしまって申し訳ないな。今日は土産にスッポンポンを持って帰るか。柚葉はスッポンポンが好きだからな」



 黒助のセリフ回しのせいで、清楚な妹がとんでもないものを好む変態みたいになる。



 お忘れの方のために、そして柚葉の名誉のために説明しておこう。

 スッポンポンとは、コルティオール原産の果物である。


 柑橘系の香りとマンゴーのような甘さが特徴であり、朝市や道の駅に出荷すると飛ぶように売れて行く魅惑のフルーツ。

 ちょっと前に強欲の邪神ブタとの戦いで黒助がすっぽんぽんになっているので、この果実の扱いは極めてデリケートになっている。


「鉄人。すまんが軽トラの運転を頼めるか。俺は未美香が濡れないように傘をさしていくから」

「オッケー! でも兄貴? 座席が2つしかないけど?」


「俺が荷台に乗るに決まっているじゃないか。お前たちが雨に濡れるくらいなら、俺は今すぐ空に駆け上がって雨雲を散らして来る構えだ」


 本当にやりそうなところが恐ろしい。


 こうして、今日も過剰な家族ファーストで春日家はコルティオールへと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おはよ! 今日は3人なのね」

「ああ。おはよう、ミアリス。いつも一番に出迎えてくれるお前の気配りはとても嬉しい。朝を女神の笑顔でスタートさせられるとは、実に縁起が良いな」


 ミアリス様が坂道を転がり落ちて行きました。


「あらー! セルフィちゃん! なになに、僕を待っててくれたの!?」

「ち、ちがっ! ウチは、そう! 黒助様を待ってたの! 農場の主だし!!」


「そうだな。セルフィもここのところ毎日のように出迎えてくれている。鉄人がいないとすぐに母屋へ戻っていくがな。はっはっは」

「うへぇ。鉄人がモテるのってなんかヤダー。セルフィさん、趣味が特殊だよねー」


 生温かい目で春日家の長男と末っ子に見つめられたセルフィ。

 顔が少しずつ赤くなっていく。

 ならばトドメを刺すのが春日家の流儀。



「セルフィちゃん! 僕に会いたいなら言ってくれたらいいのに! いつでも君のためなら時間を空けるし、体も空けるよ! デートしよう! 大好きだよ!!」

「ふ、ふぁ、ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!! もうヤダぁ! 顔見せない時間が続いたかと思ったら、会った途端にこれだもん!! ふぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」



 セルフィさんも坂道を転げ落ちて行きました。


 黒助は鉄人に2人を任せて、未美香と一緒に母屋へと向かう。

 そこには既にゴンゴルゲルゲとイルノ、そしてウリネが揃っていた。


「おはようございまする! 黒助様ぁ!! 今日もお元気そうで何よりですぞ!!」

「ああ。ゲルゲも顔色が良いな。結構なことだ」


「おはようございますぅ。黒助さん、トマトのジャムの新作ができたのでぇ……」

「よし。朝礼が終わったらすぐに確認する。イルノ、頑張っているな!」


「クロちゃん、ミミっち! おはよー! ミミっちテニスするんでしょー? ボクもやりたーい!! ねーねー! いいでしょー? ミミっちー!!」

「もちろんだよ、ウリネさん! えへへっ! テニスに興味持ってもらえて嬉しいなっ!!」


 女神と四大精霊を従業員として働かせる、コルティオールに残った最後の希望。

 その集団の名前は、春日大農場と言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 朝礼が終わり、未美香はウリネとマリンを連れてテニスコートへ。

 鉄人はセルフィと一緒にスマホでアニメを見ている。

 アニメに夢中なのか、鉄人の肩に頭が乗っかっているセルフィさん。


 多分彼女はそのうち気付いて、坂道を転げ落ちて行くだろう。


「ヴィネ。トマトのジャムの味見に来たぞ」

「はぁぁぁぁっ! あたいが着替えてるってのに、その何もなかった! と言う確固たる自信に満ちた瞳! 逝っちまいそうだねぇ!!」


 黒助は扉をちゃんとノックした。

 「ちょっと待っておくれ!」と声がしたのに、扉を開けたのはイルノ。


 彼女はトマトの事になると、世の中のだいたい全てが割とどうでも良くなる。


「おお。これは美味いな。なるほど、敢えて酸味とトマトの風味を残したのか」

「そうなんですぅ。これは、お料理用のジャムとして売ったらどうかと思うんですぅ」


「素晴らしい出来だ。これならば、岡本さんも頷いてくれるだろう。イルノ。よく頑張ったな。ヴィネ。お前の努力も俺は知っているぞ」

「はぁぁぁぁっ! もう、とりあえず逝っちまいそうだよ!!」


 黒助は「逝くなよ」と言って、ヴィネの発酵食品工場から畑に向かう。

 道中で鬼人と獣人に出会った。


「おっ、ちょうど良いとこに! 黒助の旦那ぁ! プリン班に人手が足りねぇんすよ! どうにかなりませんかい!?」

「ぬぅぅ。ギリーよ。抜け駆けとは酷いでござる。黒助殿、養鶏場にも人手が足りぬでござる」


 仕事熱心な魔獣将軍・ブロッサム。

 養う家族が多い働き者の鬼人将軍・ギリー。


「分かった。稲作班から何人か割り振ろう。ギリー。母上の具合はどうだ? プリンは栄養価も高いからな。規格外のものは持って帰って食わせて差し上げろ」

「だ、旦那ぁ! ありがてぇ! 恩に着ます!!」


「ブロッサム。リザードマンたちに食事の希望アンケートを配布しておいてくれ。あいつら、何でも黙って食うから好いているのかどうかが分からん」

「ははっ! 我が眷属にまでお心遣い、痛み入るでござる!!」


 春日黒助の仕事はこのように、多岐にわたる。

 従業員のケアと各作業場、畑の見回りをしたらだいたい昼過ぎ。


 そこから気になったところの作業に加わって汗を流しているとすぐに日が暮れる。

 時間を忘れるほど仕事に集中できる環境に、黒助は感謝していた。


「おい。メゾルバ」

「くははっ。我の存在にお気付きでしたか。さすがは我が主!」



「お前、やる事ないのならちょっと魔王城の壁をど突いて来い。怪我人は出すなよ」

「くははっ。拝承。我が主もなかなかに非情であられる」



 飛び立っていったメゾルバ。

 黒助には、長きにわたる女神軍と魔王軍との争いを止める責務もある。


 とりあえず今は忙しいので、嫌がらせをしながら「攻めて来たら倍返しするぞ」とけん制している。

 春日黒助の仕事は多忙を極める。


 今日も春日大農場は平和であった。

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