第105話 過ぎた欲は身を滅ぼす

 春日黒助は言った。


「よし。そのご自慢の魔法とやらで、精々頑張って防御してみろ」

「ふ、ふぎぃぃ! こ、ここは引き分けと言う事にしませんか? わ、わた、私が本気を出せば、あなたがいくら強くてもタダでは済みませんよ?」


「ほう。言うじゃないか。ならば、本気とやらを出してみろ」

「や、あの。……私はもっさり教の教祖ですよ! コルティオールでは邪神ですが、現世では神なのです! あなたぁ……。ここで私に酷いことをすれば、現世で私の信徒たちが黙っちゃいませんよ!?」


「なるほど。確かに、お前の言う通りかもしれんな。俺はコルティオールで農業をしているから、留守の間に家を襲われでもしたらひとたまりもない」

「ぐ、ぐひっ! そうでしょう! そうでしょう!! ですから、ここは引き分け! 手打ちとしましょう! いやぁ、いい勝負だった! 戦いが終われば、ノーサイドって事で! ふひひ! ぐひひひっ!!」


 茂佐山安善はいやらしく笑う。

 その聞くに堪えない笑い声を我慢する黒助。


「では、私はこれで! 失礼しますよ!!」

「……む。来たか。メゾルバ。その豚を羽交い絞めにしろ」


 黒助の見つめる先には、軽トラが法定速度を無視して走っていた。

 異世界に道路交通法が適応されるのかは分からない。


「な、何をする!! 農家ぁ! お前の家族を皆殺しにするぞぉ!!」

「今の言葉、もはや取り消せないぞ。よく覚えておけ。……メゾルバ、絶対に逃がすな」


「くははっ。我が主の仰せのままに」


 軽トラから鉄人とセルフィが降りて来た。


「兄貴! 良かった、間に合った!! 2人ともタイミングが良くてさ! うちの近くにいたんだよ! 電話したらすぐ駆け付けてくれたよ!!」

「そうか。それは助かる」


 軽トラの荷台から、2人の男が現れた。


「いやぁ、どうも春日さん! 何やら面倒な事になっていると聞きましてねぇ! 私、ちょうど春日さんのお宅に伺おうと思っていたんですよ! ほら、そろそろ共済が切れるでしょう? 書類を持ってきましたよ!!」


 1人目の男は、農協の岡本さん。


「な、なんですか!? あのハゲたおっさんは!? あんなものを助っ人に呼ぶべへぇっ」

「口を慎め。岡本さんは農協の次長だ。その意味が分かるな?」


 茂佐山安善にはサッパリ意味が分からない。

 だが、防御魔法を突き破って来た黒助のビンタの痛みは体が理解した。


「岡本のおじきぃ! お膝が汚れちょります! ワシのハンカチ使つこうてくだせぇ!!」

「おじきはヤメて貰えますかねぇ。鬼窪さんは律儀な方だ。もう私は何の遺恨も持っていないのに」


「とんでもねぇ! ワシの今があるのは、岡本のおじきと春日のあにぃのおかげですけぇ! ワシ、何でもしますけぇ! お好きな命令を言うたってくだせぇ!!」

「あ、あれは誰です!? み、見るからに凶悪な顔をしてえぺぇすっ」


「口を慎めと言っている。あれは元魔王で、元ヤクザ。今は善良な市民でうちの渉外担当だ。面倒事は引き受けると言うので、来てもらった。よし、メゾルバ。豚を捕まえたままみんなのところへ降りるぞ。逃がすなよ」

「くははっ。ご随意に」


 茂佐山安善もようやく気付いたらしい。

 どうやら、逃げ場もなく万策尽きたらしいという事実に。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「鬼窪。この男は何とか教の神らしいのだが、俺の留守に我が家を襲うと言っている。聞くが、この場合、どういった対処方法がある?」


 茂佐山安善はもう逃げようともしない。

 出荷される事を知った豚のように、「ふ、ふぎぃぃ」と鳴いている。


「兄ぃの家にカチコミじゃあ!? おどれ、ボケこらぁ!! 立場弁えちょらんようじゃのぉ!! このお方は、刃振組の全組員を傘下にしちょる偉大な男じゃぞ!! その兄ぃの家に悪さするっちゅうんじゃったらのぉ!! ……ワシら、刃振組がおどれとおどれの仲間、全員消すで?」


 農業戦士としての戦闘力はまだまだ底辺の鬼窪玉堂。

 だが、裏の社会での戦闘力はそれなりにある。


 新興宗教団体と反社会勢力の殴り合いが始まれば、どちらが勝つだろうか。


 どちらが勝っても善良な一般市民には影響がないものの、今回は黒助が鬼窪の味方をするため、それはもうどちらに正義があるのかは明らかであった。

 世の中を正義と悪で区分しようとするのは無理がある。


 正義の反対は形の違う正義であり、負けた方が悪となるのが社会の仕組み。


「ひ、ひぎぃ! 先ほどのアレは、じょ、冗談です! まさか、私みたいなひ弱な人間に、そんな大それたことができる訳ないじゃないですかぁ!!」


 だが、茂佐山も精神力強者なだけの事はある。

 この男、まだ起死回生の機会を狙っていた。


「くははっ。我が主よ。この豚、拳に魔力を集めております」

「ほう。この期に及んで歯向かってくるとは、なかなか見上げた根性だ」


 岡本さんが一歩前に出る。


「魔法ならば私もねぇ、家で特訓しているんですよ! ご覧になられます? ひぃやぁ!!」



 岡本さんの掲げた右手から、ユニバーサルスタジオジャパンのモニュメントくらいの大きさの火球が発生した。



「はっ? わた、私の『マジック・キャンセラー』はまだ発動しているのに……?」

「ああ。何やらちょっと肩が重たいのはそのせいですか。てっきり、五十肩を再発したのかと思いましたよ。春日さん、この火球をどうしましょうか?」


 黒助が話を纏める。


「豚。聞くが、まだ俺の家や家族に害を成すつもりなのか? そうならば、悲しいが俺はこの場でお前を死なない程度に傷つけなければならん」


 茂佐山は泣きながら謝る。

 もはやなりふり構ってはいられない。


「とんでもない! もう、2度と! 2度と!! 金輪際、あなた様には逆らいません!! 近づきません!! どこか遠くへ行きます!! 宗教も解散させます!! ですから!!」

「そうか。それは良い事を聞いた」


 茂佐山の表情がパァッと明るくなった。

 が、それも一瞬。



「これで心置きなく、後顧の憂いなく。お前をぶっ飛ばせるな」

「春日さん。私の火球をお使いなさい。自慢の逸品ですよ」



 黒助は「お借りします」と頭を下げて、デカい火の玉を握りしめた。

 火球のどこに取っ手が付いているのかは分からない。


「では、名も知らぬ豚よ。お前の犯した過ちは、俺の弟とその恋人を危険に晒し、それだけに飽き足らず俺の愛する家族に害なす予告をした。これは非常に重い罪だ。よって、俺は今からお前を一発だけ殴る」


 さっき2発ビンタしたじゃないか。


「ぶ、ぶひぃ! お、お許しください! お許しください!!」

「豚の口に念仏か。意識を取り戻してから続きをするんだな」


 黒助は火球を力いっぱい茂佐山に向かって投げつける。

 続けて、自分の拳で追撃とする。



「燃えてぶっ飛べ!! 『農家のうか火球フレイムパンチ』!!!」

「あぎっ! えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいあんんんんんんっ!!」



 こうして、強欲の邪神の脅威は去った。

 彼が飛んで行った方向にはちょうど魔王城の建つ山脈がある。


 茂佐山安善は安全に城に戻れただろうか。

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