第104話 煩悩、農家に通ず

 自分の使っていた魔法が実は魔法ではなかったと気付いてしまった春日黒助。

 サンタクロースを信じる少年がソワソワしながら寝たふりをしていたところに親父がやって来たくらいのショックを受けていた。


「……そうか。俺には魔法は使えなかったか。そうだったか」

「兄貴、元気出して! 魔法が使えないのに魔法っぽい攻撃ができる方がずっとステキだよ! ステキを超えてセクシーまであるよ!!」


 彼は弟の言葉で割と簡単に息を吹き返す。


「確かに。鉄人の言うように、それはそれでセクシーかもしれんな」

「どうでもいいから、裸でこっち向いて話すのヤメてほしいし……。セクシャルハラスメントだし。セクシーどころの騒ぎじゃねーし」


 黒助は「そうだった」と思い出したように鉄人とセルフィに告げる。


「この豚も現世の人間っぽいからな。事後処理が面倒だ。生かして現世に戻すにしても、厄介な存在になられては困る。ゆえに、2人にはちょっと人を連れてきてほしい」


 鉄人はその人物の名前を聞いて「あー! さっすが兄貴!!」と納得する。

 続けて鉄人はセルフィの手を取って駆けだす。


「待て! 鉄人! ここから転移装置まではかなり距離があるぞ!!」


 言われて気付く、ニートと風の精霊。

 2人は『マジック・キャンセラー』の影響を受けているので、飛行魔法が使えない。


「そうだった! しまったなぁ! 僕とした事が!」

「安心しろ。そんな事もあろうかと、軽トラに乗ってここまで来たのだ。あれを使ってくれ」


「兄貴はホントにすごいや!! 先を見通す魔法の目を持ってるよね!! ひょー! かっけー!! 惚れるぅー!!」

「そ、そうか? いや、大したことはしていないのだがな。そうか。いや、これは照れるな。ははっ、いやいや、参った」



 イチャイチャする兄弟を見つめて、セルフィは大きなため息をついた。

 同時に「黒助様が家族になるの、なんかやだ」と思った。



 軽トラに乗り込み、戦線離脱する鉄人とセルフィ。

 茂佐山安善は、その間に攻撃もできたのに呆然としていた。


 これまでの人生で、一度だって思い通りにならない事はなかった茂佐山。

 もちろん、最初から全て上手くいく事ばかりではなかった。


 だが、彼は壁にぶち当たる度に楽で効率の良い抜け道を探して生きて来た。

 そんな男が今、どう頑張っても通れない壁と対面していた。


「ら、ライバーさん!! ライバーさん!! こっちに来て、手伝いなさい!!」

「なんだ。お供がいるのか。良かろう。呼べば良い。どうせ倒さなければならんのなら、手間は少ない方が助かる」


「ふ、ふひひひっ! ライバーは魔王四天王の一角! お前なんか、あのトラ野郎に八つ裂きにされればいいんだぁ!! そこに魔力なんて関係ないからな!!」

「ふむ。ライバーとやらは来ないが。お花摘みに行っているのか?」


 黒助は先ほど茂佐山が鉄人たちを逃がしてくれたと勘違いしているため、ライバーの到着を律儀に待った。

 まるで相手チームに負傷者が出たのを確認してサッカーボールをピッチの外に蹴りだすフェアプレー。


 だが、5分経ってもライバーはやって来ない。


「おい。豚。聞くが、お前の声が届いていないのではないか?」

「そんなはずはない!! 私とライバーはテレパシーで会話ができる!! くそったれトラ野郎!! 早く来い!! 早くしろぉぉぉ!!」


 さらに2分待つと、上空より大きな影が差した。


「や、やっと来たか! さあ、ライバー! 農家を噛み殺せ! 引き裂き肉片にしてやれ! ふひひひひひ! はははははっ!!」



「くははっ。ライバーと言うのはこのトラのことであるな? なかなかの手練れであったが、力の邪神の前では無力よ。おや、我が主。ご機嫌麗しゅう」

「なんだ。お前も来ていたのか、メゾルバ。そのモフモフしたのがライバーか?」



 力の邪神・メゾルバ。

 彼は結構強かった。


 鉄人が茂佐山と魔法合戦していた間に、彼と白き牙も激闘を繰り広げていた。

 結果は言うに及ばず。


 邪神の面目躍如であった。


「メゾルバ。聞くが、殺してはいないだろうな?」

「くははっ。我が主の優しさは五臓六腑に染みわたる。無論、主の許可なく殺しは致しませんとも。ですが、虫の息ゆえいつ死ぬかは分かりませぬ。くははっ」


「そうか。死んだら仕方ないな」

「くははっ。拝承。主のおっしゃること、いちいちごもっとも」


「ば、バカ、バカなぁ……!! わた、私は、私の将来は、バラ色になると決まっているんだ!! こんな事、認めない! 認めないぞ!!」


 強欲の邪神と名付けられただけあって、茂佐山の力、その根源は欲望。

 つまりは煩悩である。


 その煩悩がかつてない高まりを見せて魔力に変換されて行く。

 バチバチと火花を散らす茂佐山の姿はどこか幻想的にも見えた。


「ふぅ、ふぅ。ふ、ふひひ! 力が湧いてくる!! これが私の本気だ!! ぶち殺してやるぞ、農家ぁ!!」

「ふむ。なんか知らんが、かかって来い。相手をしてやろう」


 茂佐山安善、最後にして最大の攻撃が始まる。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 茂佐山は両手を天に突き上げて、自らの体内から魔力を放出させる。

 魔素を大気から集めて魔法と成すのがベターなコルティオールにおいて、このスタイルは極めて珍しかった。


「はぁ、はぁ……。ご覧なさい!! この魔力の玉の大きさを!!」

「なかなか立派だな。うちの軽トラくらいある。聞くが、それをどうする?」


 茂佐山は醜く笑いながら答える。


「当然ですがね!! お前にぶつけるんだよぉ! くそ農家がぁぁぁ!!」


 茂佐山の手を離れた魔力玉は加速度的にスピードを増していき、黒助が回避すれば大量の土や木々が汚染されると思われた。

 ゆえに、彼は避けない。


 両手を合わせて突き出した黒助は、魔力玉と接触した瞬間に手と手を離す。

 勢いをつけて、手首のスナップを効かせて。


「農家のどこがくそなのか! 言ってみろ! このバカタレぇ!!」


 魔力玉が真っ二つに割れる。

 だが、それだけではまだ被害を防ぐ事は叶わないだろう。


「ふんっ! ふんふんふんふんふんっ!! うぉぉぉらぁ!!」



 凄まじい速度のパンチの連打で魔力玉を霧散させた最強の農家である。



 茂佐山の顔面から血の気が引いていく。

 前述の通り、彼の力の根源はその煩悩にある。


 この状態でなお煩悩を高める事ができるのならば、それは称賛にも値する強欲さだが、強欲の邪神を名乗っていても茂佐山安善は人間である。


「ふ、ふひ、ひぃ、ひぃぃぃっ! お、お助け! もう、もう何もしないから!!」


 どんなに精神力が備わった人間でも、春日黒助には敵わない。

 お忘れだろうか。


 彼は「現世で最強のメンタルの持主」としてコルティオールに召喚された男。

 つまり、現世の人間を対象に「現世 最強 精神力」と言う縛りでキーワード検索しても、春日黒助を上回る者はいないのである。


「豚よ。聞くが。先ほどお前、農家を散々バカにしたな? 口に出したらもうそれは事実として相手の記憶に遺る。つまり、取り返しはつかんのだが。分かるな?」

「ひ、ひぎぃ!」


 強欲の邪神が最期を迎えようとしていた。

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