第102話 強欲の邪神の切り札 『魔封じの魔法』

 少しだけ時は巻き戻る。


 魔法の絨毯に乗って突貫して来た茂佐山安善。

 彼は鉄人とセルフィを視界に捉えると、何のためらいもなく手の平に魔力を込めた。


 この時、茂佐山は鉄人の事を「どうやら同じ現世から来た人間のようだ」と認識したうえで、何の警告もなく攻撃に移っていた。

 彼の目的は「異次元の農家の抹殺」のはずなのだが、どう見ても農家には見えない鉄人を亡き者にする行動で痛む良心はとっくに廃れている。


「ふひひっ! 死ね、死ねぇ!! 『クラッシュ・サイコウィップ』!!」


 茂佐山の魔法は多岐にわたる。

 初手に選んだのは、石礫と電撃の入り乱れる鞭の連撃。


 四大精霊の使う魔法はシンプルなものが多いため、異形の魔法にセルフィは慌てた。

 だが、鉄人の前に彼女は立つ。


「下がってろし! ウチがどうにか相殺してみるから、鉄人は身を守って!!」


 セルフィに勝算はなかった。

 彼女の魔力は四大精霊で1番だが、もはや戦いのレベルは四大精霊の介入できる次元ではない。


「オッケー! セルフィちゃんの愛情はバッチリ受け取ったよ!」

「は? こんな時までふざけんなし!!」


「ふざけながらもマジメなんだよなぁー。大事なセルフィちゃんの顔に傷でもついたら大変でしょ? 僕がどうにかしてみるよ!」

「えっ、ちょ!?」


 セルフィの肩を少し乱暴に引っ張った鉄人。

 続けて、迫りくる鞭に向かって彼も手の平を向けた。


「魔の邪神の魔導書ってすごいんだよなー。いきまーす! 『グラビトン・ショット』!!」


 鉄人は重力を付与した分銅を具現化し、茂佐山の魔法に打ち付けた。

 重みに耐えきれず、『クラッシュ・サイコウィップ』は地面に落ちて塵と化す。


「ふ、ふひひっ! これはこれは! 一丁前に魔法を使うなんて! どこのクソガキか知りませんが、君の首は価値がありそうだ!」

「あー。ヤダヤダ。それさ、もう完全にやられ役のセリフですもん。おじさん、冗談きついなー。僕がそんな簡単にやられると思います?」


 茂佐山と鉄人。

 気付けば2人の距離は会話が可能なほど縮まっていた。


「ふひひっ! どう見ても君は魔王様に命じられたターゲットじゃないですからね! 魔王様は言ってましたよ! 農家以外は取るに足らないってね!」

「たはー! それ、正解! でもね、おじさん! 意外と雑魚の一撃も効くものですよ? セルフィちゃん!!」


 鉄人が茂佐山を挑発するような事を口にしていたのは、別に彼とトークセッションを楽しみたかったからではない。

 自分の背中の後ろで魔力を溜めている風の精霊から茂佐山の意識を遠ざけるためだった。


「マジでなんなん!? カッコ良すぎだし!! たぁぁっ!! 『サイクロン・スピア』!!」

「キタコレ! 僕も便乗しちゃう!! 『グロウアップ・マジック』!!」


 セルフィが繰り出した嵐の槍を鉄人の「魔力強化魔法」でサポート。

 虚を突かれた茂佐山は慌てて魔法の防御壁を作るが、テンポは2つほど遅れていた。


「お、おあぁぁぁぁっ!? 痛い! 痛い痛い痛い!! 私の腕がぁぁ!!」


 茂佐山の左腕をナイフで切り上げたような裂傷が走る。

 これまで痛い事や辛い事から逃げ続ける人生を送って来た茂佐山にとって、その傷は浅いにもかかわらず激しいダメージとなった。


「いぇーい! セルフィちゃん! 愛の共同作業が炸裂したよー!! ふぅー!!」

「やったしぃ! ってぇ、なにハイタッチさせてんの!? マジ、油断も隙もねーし!! つか、別に愛もねーし!?」


 目の前でイチャイチャするニートと風の精霊。

 これが、鉄人の唯一犯したミスだった。


 痛みと嫉妬で怒りが簡単に沸点を超えた茂佐山は、奥の手を早々に繰り出す。


「後悔しても遅いからなぁぁぁ!! 『マジック・キャンセラー』!!」


 茂佐山の掲げた手から、どす黒い魔力が周囲を包み込む。

 その効果の規模は驚異的と評して過不足ないものであり、春日大農場まで及んだと言う。


「あらー。これは困ったね。セルフィちゃん。最後に抱きしめてもいい?」

「ま、魔力が出ないし!? こ、これ! コルティオールに伝わる秘術じゃんか! 魔封じの魔法!!」


 茂佐山は醜く顔を歪めて笑う。


「ひゃひゃひゃ! そうですよ! ノワール様より伝授された、私の秘奥義!! この空間の中では、私以外の者は魔法を使えなくなるのでっす!! ふひひひひっ!!!」


 いよいよ春日鉄人も万事休すか。

 だが、その表情からは悲壮感がまったく漂っておらず、茂佐山は憤慨する。


「な、なぁ、何をお前ぇ! 余裕な顔してるんだ!! 怖がれよ! 死ぬんだぞ!!」

「ええー。怖がれって強要されて怖がるくらいなら、最初から戦場になんか来ませんよー。おじさん、バカだなー」


 プチンと、茂佐山の堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がした。

 実に景気の良い音で、それは魔王城にも届いたとか、届かなかったとか。


「死ねっ! 『サイコ・マディストリーム』!!」


 怨念が纏わりついた魔力の濁流が鉄人に襲い掛かる。

 だが、彼は余裕の表情を崩さない。


 セルフィはそんな鉄人の腕にギュッとしがみついた。



「おい。そこの豚。聞くが。誰を殺すと言った?」

「ひょー! 最高のタイミングだよ、兄貴!! さっすがー!!」



 空を走って来た農家の右手が、茂佐山の強力な魔力弾を握りつぶした。

 春日黒助、現場に到着。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 黒助はまず鉄人とセルフィの様子を確認する。


「すまんな。遅くなった。2人とも、怪我はないか?」

「平気、平気! 僕は全然だよ! セルフィちゃんの腕にしがみついてくるイベントスチルもゲットできたし! むしろプラスみたいな感じ!!」


「ちょ、なぁっ! べ、別にしがみついてねーし!! あれは、そう! 鉄人を盾にしてウチだけ助かろうとしただけだし!!」

「よし。無事で良かった。まったく、鉄人はいつも俺の手の届かないところをカバーしてくれるな。得難き男を弟に持てて、俺は本当に嬉しい」


 兄弟の絆を確かめ合う農家とニート。

 面白くないのが茂佐山安善。


「お、お前がターゲットの農家かぁ!! 何をした!? 私の魔法を防ぐなど! ノワールさんや魔王様ならまだしも、たかが農家にぃ!!」


 黒助は出来の悪い生徒が宿題をやって来なかったのを見た教師のように「はぁ」と深いため息をつく。

 続けて言った。



「今のは魔法だ。……そう。『農家のうか魔法まほう』だ」

「やー。兄貴。今ね、この辺一帯は魔力封じられてんだって! 知らなかった?」



 黒助は愕然とした表情になる。

 彼がこれほど驚くのは珍しい。


「な、なんだと……。では、鉄人。聞くが。俺のこの力は何なのだ?」


 鉄人は「んー」と20秒ほどたっぷり考えて、できるだけ兄を傷つけない言葉を選び、返答する。


「……物理かな?」

「なるほどな。俺の使う魔法は、物理魔法と言うのか?」


 違う。

 それはただの物理である。


 そして、物理は魔法ではない。

 力だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る