第98話 魔法使い・春日鉄人(ニート)の長い1日

 現世では土曜日の本日。

 コルティオールには春日家が勢揃いしていた。


「それじゃ、私はプリン班の皆さんのお役に立ってきますね!」

「すまんな。柚葉。せっかくの休みを異世界なんぞで過ごさせてしまって」


「いえいえ! 兄さんだってお休み関係なく働いているじゃないですか! お昼のお弁当、張り切って作ったんですよ! みんなで食べましょうね!!」


 柚葉はプリン工房へ。

 春日大農場ブランドの加工食品第一弾として、既にプリンの発売が決まっている。


 朝市に並ぶのは6月の第2週なので、もうすぐそこまで迫っていた。

 コカトリスプリンの監修を一手に引き受けている柚葉は、「兄さんのお役に立てるなんて嬉しいです!!」と張り切っている。


「お兄! あたしもテニスの練習して来るね!」

「ああ。怪我には気を付けてくれ」


 未美香は部活の自主練をコルティオールで行う。

 現世は本日、あいにくの雨模様。

 だが、コルティオールは基本的に晴れているため、いつでもテニスの練習ができる。


「お昼までいっぱい練習して、お腹空かせるからね! いってきまーす!!」

「社長。おたくの妹さん、ほんまに向上心の塊やで。ワタシもな、負けへんように頑張ろう思ってまうもんな。天使ってすごいわ。敵わんで、しかし」


 体操服に着替えた未美香は、オーガのマリンと一緒に母屋を出て行った。


 黒助も仕事を開始する。

 今日は稲作班とトマト班の様子を見ながら、スイカ班の定植作業の手伝いをすると言うハードスケジュール。


「では、鉄人。留守を任せる。腹が減ったら、冷蔵庫にあるものを食ってくれ」

「へーい! セルフィちゃんとメゾルバさんがいるから、退屈せずに済むよ! 兄貴、仕事頑張って! 無理しちゃダメだよ!!」


「ああ。心遣い、実に痛み入る。では、また昼にな」


 黒助が見えなくなるまで彼を見送った鉄人は、「よし」と言って立ち上がった。

 なにやら、また暗躍するらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 セルフィとメゾルバを連れ立って、鉄人は空を飛ぶ。

 なお、セルフィの使う飛行魔法は彼女自身にしか作用していない。



 春日鉄人。彼はひっそりと魔法を極めつつあった。



 既に多くの魔法を習得しており、その数は20を超える。

 指南役に選んだメゾルバも、彼の成長は手放しで褒め称えていた。


「……つか、鉄人さ。なんなん? 普通、人間って魔法使えないんだけど」

「いやー。困ったね! 僕の魅力にコルティオールの魔素が気付いちゃったのかな?」


「そうやってすぐ誤魔化すけどさ。あなた、普通に才能あるし」

「ひょー! 金髪ギャルの素直クール、キタコレ!! これは燃えるぜ、萌えるぜ、悶えるぜー!!」


「うざっ。褒めるんじゃなかったし」

「いいじゃないの! もっと褒めて! 鉄人くんは褒めたら伸びる子なんだよ!!」


「あー。すごい、すごい。ほら、着いたし」

「あらー。セルフィちゃんとの飛行デートはもう終わりかー。じゃ、メゾルバさん! 今日もよろしくっす!!」


 着地した場所は、ユリメケ平原から西に50キロほど行ったところにある湖。

 オニャン湖と言う。


 かつては人間が街を作っていたが、今では絶滅しており石造りの廃墟が広がっている。


「くははっ。弟君、今日はどのような魔法をご所望か? このメゾルバ、使えぬ魔法でも指導する事は可能! かつて魔の邪神・ナータより譲り受けた、魔導書がある!」

「いや、偉そうにすんなし。それ、すごいの魔の邪神だし」


「なぜ可愛く笑うんだい? メゾルバさんの教え方は上手だよ! 何より、僕の魔法の的になってくれるのはすごくありがたい! 廃墟とは言え、人の住む家に魔法ぶっ放すのは気が引けるもんねー。いつかまた、人間が住むかもしれないからさ!」

「……そーゆう気配りができるのに、なんで働かないのか謎だし。あと笑ってねーし」



「あれ!? 今、セルフィちゃんがデレた気がしたんだけど!!」

「ばっ、ちがっ! どんな耳してんだし!! あっ! さては感覚強化魔法使ってるっしょ!?」



 鉄人は「たはー! バレちゃったかー!」と頭をかく。

 感覚強化魔法とは、視覚や聴覚をはじめとする五感に加え、魔力などを感じ取る第六感までを強化する高等な術式。


 四大精霊や魔族はそもそも、元から魔力を感知できるためこの魔法を必要としない。

 そのため、使える者が少ないのである。


 それを魔導書1冊で覚えてしまったニートがいた。


「では、今日は拡散魔法について我がお教えしようではないか」

「ちょっと待った! セルフィちゃん。メゾルバさん。なんか、あっちの方からものすごく異質な魔力を感じるんだけど。これ、コルティオールに存在する魔力?」


 ニート、驚異の感知能力で魔王城にて出撃準備をしていた茂佐山安善の魔力を察知する。


 セルフィが続いて気付き、メゾルバに至っては気付けなかった。

 鉄人は「んー」とこめかみに指を当てて、少し考える。


 彼は、割と早く結論を出した。


「この謎の魔力の周りにさ。弱いと言うか、意図的に弱くしているっぽい魔力がかなりの数あるよね? 生き物じゃない気がするんだけどなー。分かる?」

「……マジだし。つか、鉄人に言われるまで分かんなかったし。だけど、違和感があるって言われて感知したら、確かにあるし。400、500? もっとかもだし」


「これ。いつかの魔の邪神さんによる大侵攻のパターンじゃないかな? あの時は堂々とした行進で来てくれて助かったけど。魔力消して近づこうとしてるって考えると、ガチっぽいよね」


 セルフィは同意する。


「……確かにだし。つか、敵の魔力のレベルが分かんねーし。やぱっ。早く戻って、黒助様とミアリス様に教えた方が良いし!!」

「そうだね。あとは、僕も動こうかな。ヴィネさんとこに寄ろう。実はね、結構前にお願いしといたんだ」


 セルフィは空に舞いながら首を傾げる。


「何を頼んだん? ヴィネに?」


 鉄人も宙に浮いてから、端的に答える。



「僕にも使役できる、アンデッドを作ってくれませんかって!」

「ふーん。……はぁ!? あなた、魔物の眷属作る気なん!? 正気!? どんだけ魔力がいると思ってんだし!!」



 空を飛びながら鉄人はにっこりと笑う。


「僕って意外とやる時はやる子だからさ! 兄貴みたいに体張れない分、頭とハートくらいは働かせないとね! さあさあ、早いところ農場に戻ろう!!」

「……あなた、ガチで意味分かんねーし。既にやってる事は魔王と大差ないし」


 鉄人の予想は全て的中していた。


 魔王城では、強欲の邪神・茂佐山安善がまさに春日大農場に向けて出撃しようとしていたところであり、このタイミングで気付けなければ無防備のところを急襲されるところであった。


 なお、力の邪神・メゾルバはセルフィと鉄人の後ろを飛びながら、考えていた。


 「くははっ。我、サッパリ何も感じぬのだが?」と。


 彼は、コルティオールに現存する、唯一の純粋な邪神である。

 どうかその事を忘れないで頂きたい。

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