第97話 第四の邪神・茂佐山安善、始動する

 コルティオールのとある山脈。

 魔王城では。


「まあ。茂佐山さん、ずいぶんと魔力の扱いに慣れられましたわね」

「ふ、ふふ。今でも信じられませんよ。まさか本当に異世界があって、そこで魔法を覚えるなんて。しかも、何とか言う農家を殺してしまえば、この魔力を身に付けたまま現世に戻してもらえるのでしょう?」


 虚無将軍・ノワールと茂佐山安善が魔王城の修練場で訓練を行っていた。


 ミアリスが春日黒助を選んだ際の条件が「現世で最強のメンタルを持っている者」だったように、コルティオールで魔力を操るためには強靭な精神力が求められる。


 その点、ベザルオールは最初から「狂戦士」であったり、「神」というように、メンタルが強くなければやっていられない者を召喚しており、そのため彼らがコルティオールに順応するまでの期間は極めて短い。


 茂佐山も最初の1週間で魔力の扱いをマスターした。

 だが、ベザルオールは油断をしない。


 鬼窪玉堂は魔力をマスターした段階で自由にさせていたため、訓練不足で女神軍に倒された。

 その反省を生かすべく、茂佐山安善の魔法は全てノワールが教える事になった。


 理由は2つ。

 まず、虚無将軍は魂のない殻の存在を使役するため魔力を常に使っており、魔力の扱いに関しては大魔王を除けば魔王軍随一の実力者。


 もう1つの理由は簡単である。

 「くっくっく。茂佐山は美人の言う事を素直に聞きそうな顔をしておる」とベザルオール様が直感したからである。


 その見立ても当たっていた。

 どうしてしまったのだろうか。


 采配がズバピタで当たるベザルオール様なんて、もうベザルオール様ではないじゃないか。


「見て下さいよ、ノワールさん! ほら、今なら私の魔力で、ぐ、ぐひっ! あなたのスカートだって捲れてしまいますよ? ふふふっ」


 だが、後顧の憂いなくぶっ飛ばしがいのありそうな人選はさすがベザルオール様。

 茂佐山は欲に忠実であった。


 現世で新興宗教団体の教祖をしていたのも、自分が神と崇め奉られるのが気持ちよかったから以外の理由はない。


 集まって来る金と名声。

 寄って来る女たち。


 それが魔力を得た事で、本当に現世で神になれるのではないかと確信する段階になるにつけ、茂佐山の力は完成の時を迎えようとしていた。


「くっくっく。ガイル。そしてアルゴムよ」


 同じ魔王城にいるベザルオールも、その力の高まりを感じ取っていた。

 両隣に座る狂竜将軍と通信司令長官が「はっ!」と返事をする。


「くっくっく。どうして中を切らぬのだ。中を切らぬのか? ……切ってもいいぞ?」


「お言葉ですが、ベザルオール様。よろしいですか?」

「くっくっく。良い。申せ、アルゴム」



「発と白を鳴かれた状態でまだ1枚も見えていない中を切れとは、あまりにも無茶と言うものでございます」

「くっくっく。……マ? 卿ら、余の大三元に気付いておったのか……」



 魔王軍では定期的にレクリエーションが企画されており、今は1ヶ月を通して行われる麻雀大会の期間に当たる。

 毎日夕方から卓を囲み、1ヶ月の累計点数が高かった者が優勝する。


 そこには大魔王も魔王軍の幹部も関係なく、ガチンコ勝負である。


「グルルルル! ロン! タンヤオ!! 1000!!」

「ライバーよ……。いくらガチンコ勝負とは言え、ベザルオール様が大三元をテンパイしておられる状態で、そのベザルオール様からタンヤオを上がるのはあんまりなのだよ」


 彼は魔王軍四天王の一角。

 白き牙・ライガー。全身を真っ白な毛で覆われた虎の獣人である。


 茂佐山の右腕としてベザルオールが新たに蘇らせたのだが、ノワールが最近ずっと来ない謁見の間のメンツが足りないため、復活してからずっと卓を囲んでいる。


「くっくっく。興がそがれた。休憩としよう。ガイルよ」

「はっ! こちらにコーラとポテトチップスのコンソメ味がございます!!」


 よく冷やしたグラスに氷を入れて、そこにコーラを注ぐ。

 シュワシュワと気持ちのいい音がベザルオールの心を穏やかにした。


「グルルルル! ベザルオール様!!」

「くっくっく。どうした、ライバーよ。あと、卿は2度とタンヤオで上がるな」


「グルルルルルル! 我が補佐する茂佐山殿の肩書はまだ決まりませんか!?」

「くっくっく。それならば、既に考えておいた」


 ウェットティッシュを手に持って待機しているガイルと、自分の点棒をそっとベザルオールの点棒に交ぜていたアルゴムも「おお!」と声を上げる。

 大魔王は言った。


「くっくっく。茂佐山安善。あの者は、第四の邪神とする」

「な、なるほど……! あやつは異世界の神! さすがですな、ベザルオール様!!」


「くっくっく。名はにしようかと考えておる。卿らの意見を聞きたい」


「よろしいかと思います!! 素晴らしいネーミングセンスでございます!!」

「アルゴムの言う通りです! 全知全能の大魔王らしきお考えかと!!」


 白き牙・ライバーも続いて感想を述べる。



「グルルルル。ちょっと安直ではありませんか? あと、強欲って何属性なのか分かりにくいと思うのですが」

「くっくっく。余は卿にだけはもう2度と。2度と振り込まぬぞ」



 新たに生まれた、第四の邪神。

 その脅威の実力は、女神軍にとってかつてない危機をもたらす事になる。


 予定である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃の春日大農場。


「おい。聞くが。冷蔵庫にあるらしい俺のプリンを知らんか? 柚葉が俺の分は冷蔵庫に入れたと言うので、仕事をほっぼり出して来たのだが」


 母屋に新しく設置された冷蔵庫の前で、黒助が首を傾げていた。


「い、いやぁ? オレぁよく分かんねぇっす! だ、誰か知ってるヤツ、いますかね?」

「わが、吾輩も存じぬでござるよ? よもや、黒助殿のプリンに手を出す者など、いないと思うでござるが……!!」


 そこにやって来たのは、力の邪神・メゾルバ。

 手にはプリンの空き容器を持っている。


 それだけではまだ容疑は固まっていないため、ギリーとブロッサムは必死に目配せした。

 「お前の命の危機だぞ」と、必死でアイコンタクトを試みた。


 その結果。


「くははっ。我が君は菓子作りの天才であられる。女神の創造などよりもよほど創造がお上手だ。この黒糖プリンも絶品であった。おや、我が主。いかがなされた? そのようなところで」


 黒助はメゾルバを手招きする。

 彼は「何用であらせられか? くははっ」と応じた。



「メゾルバ。お前。……人のプリン食っておいて、何用もあるか! バカタレぇ!!」

「にゃんぺぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ」



 メゾルバが『農家パンチ』を喰らってはるか彼方まで吹き飛んで行った。

 ちなみに、彼がコルティオールに唯一現存している邪神の生き残りである。


 今日も春日大農場は平和であった。

 が、不穏な気配はすぐそこまで迫っている。

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