第96話 食品加工の匠! 死霊将軍・ヴィネと水の精霊・イルノ、トマトジャムを作る!!

 翌日。

 春日大農場に出勤して来た黒助は、イルノと一緒にヴィネの家を訪ねていた。


「昨日は悪かったな。こうして、イルノも反省している。許してやってくれないか」

「すみませんでしたぁ……。つい勢いで手が出ちゃったですぅ……」



 ケンカした娘と一緒に先方のところへ謝りに来た親子かな?



「いや、いいんだよ。気にしてないからさ。イルノ、頭を上げておくれよ」

「ヴィネさん……!!」


「あたいだって、興奮して我を忘れる事だってあるさ。気持ち、分かるよ? 夜中に黒助の事を考えるだけで、軽く逝っちまいそうになるからねぇ!!」

「あ。イルノとは興奮の種類が違うですぅ」


「えっ!?」

「はいぃ」


 何となく謝る前よりも気まずくなった2人である。

 それでは、死霊将軍の興奮を受け取るのか否か注目を集める事業主は。


「よし。ところで、ヴィネ。聞くが」

「な、なんだい!? あたいの行動が気持ち悪いってんなら、早く言いなよ!! それはそれで、逝っちまいそうになるからねぇ!!」


「そうか。別にどうでも良いが。あと、逝くなよ」

「イルノ、帰ってもいいですぅ?」


「ダメだ。帰るな。これからが本題だ」



 全然謝りに来た親子ではなかった。

 保護者がまったく別の事を考えている。反省の色を見せるのは娘だけだった。




 黒助はヴィネの技術を高く評価している。

 特に、発酵を参考書一冊読んだだけで、残りは独学で習得すると言う高難易度ミッションを成功させているのは農業戦士ポイントが極めて高いと彼は言う。


「ヴィネ。お前には食品加工の才能があると俺は見ている。自分ではどう思う?」

「えっ? いや、そんな事、考えた事もないからねぇ。発酵も、途中からあたいが楽しいからやってただけで……」


「それだ」

「ど、どれだい!?」


 黒助は咳払いをして続けた。


「地道な作業のトライアル&エラー。これを苦も無くこなせる時点で既に才能に恵まれている。より良いものを作ろうと言う向上心も素晴らしい」

「な、なんだってんだい!? あたいをそんなに持ち上げて!! ……はっ!? あたい、死ぬのかい!?」


「死ぬな。これから仕事を頼みたいと言う話をするのに。と言うか、お前死霊将軍だろうが。死霊将軍は死ぬのか?」



「あ、ああ。普通に死ぬよ? 何事もなく静かに息を引き取るよ?」

「そうだったのか。では、ますます死ぬなよ」



 黒助は現世で岡本さんから譲ってもらった小瓶を取り出した。

 ジャムである。


 一般的に、ジャムと言えばイチゴやブルーベリーを想像されるだろう。

 だが、この赤いジャムはトマトから作られている。


「へぇ。トマトってのはジャムになるのかい?」

「あまりポピュラーではないがな。だが、実は汎用性が高いのがトマトのジャムだ。パンに付けても良いし、フランスパンやクラッカーにクリームチーズと一緒に添えただけでオシャレな料理にもなる」


「トマトのジャム、美味しかったですぅ。コクとほのかな酸味がたまらないですぅ」

「そう。その酸味のおかげで、例えば魚のソテーにちょっと添えてやると、これがまた意外と美味い。やや人を選ぶ傾向があるものの、一度ハマればやみつきになるのがこのトマトのジャムだ」


 黒助は小瓶をヴィネに渡して、「ちょっと食ってみろ」と勧めた。

 その味は無類でヴィネが軽く逝っちまいそうになるのだが、既に今日は何度か逝っちまいそうになっていたのでそのシーンは割愛する。


「そこで、今回春日大農場ではトマトのジャムを作る事にした。思ったよりも規格外のトマトが多くてな。市場に出せないのだ。従業員に配ってもまだ余る。もったいないだろう」

「トマトちゃんが廃棄処分になるのは、イルノも黙っていられないですぅ!!」


 ヴィネは「あたいで良ければ、やってみようかね!」と意欲を見せる。

 黒助の分析通りヴィネは食品加工の楽しさに気付いており、その楽しさをそのまま仕事に流用できる、いわゆる「好きを仕事にできる」タイプの女性だった。


 好きと仕事は別問題が、悲しいかなこの世の常。

 それだけに、ヴィネの手腕には期待が膨らむ。


「では、任せたぞ。あとはイルノと話し合いながら進めてくれ。その間は俺がトマト班を引き受ける」

「ああ、分かったよ! あたいも春日大農場の一員だからね! 任せといておくれ!!」


「あまり気負い過ぎるなよ」

「やっぱり黒助は優しいねぇ! じゃあ、楽しみながらやらせてもらうよ!」



「いや。気負い過ぎずに死ぬ気で頑張れ」

「はぁぁぁぁっ! なんて理不尽!! 思わず逝っちまいそうだよ!!」



 結局逝っちまいそうになったヴィネとイルノの挑戦が始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから2週間。

 イルノはヴィネの家に通い詰めた。


「リッチさんたち、おはようございますぅ」


「オォォォォォオ。今朝も太陽の光、気持ちいい」

「オォォォォォオ。朝の体操、気持ちいい」


 リッチたちも、ヴィネの奮闘を応援すべく研究中の発酵食品を管理している。

 ぬか床をかき混ぜたり、ピクルスの塩梅を確認したり、味噌の記録を付けたりと彼らも忙しく日々を送っていた。


「ダメだねぇ! こんな味じゃあ、黒助の名前を冠した加工食品は名乗れないよ!!」

「ヴィネさんのこだわりは凄いですぅ」



 いつの間にか『美味しんぼ』みたいな空気になってきたヴィネの家。



 さらに試行錯誤は1週間ほど続き、現世では5月も下旬になり夏の気配が漂い始めていた。

 そんな少し蒸し暑い朝、春日家の呼び鈴が鳴る。


「すまん。鉄人。玄関を頼めるか? ツナギを着る寸前だったから、とても人様の前に出られる状態ではない」

「はいはい! 任せといて! どうぞー! うち、お金ないんでセールスはお断りなんですよー! って、ヴィネさんじゃないっすか!!」


 そこには死霊将軍・ヴィネとイルノが立っていた。

 2人ともかなり疲労が見て取れる。


 鉄人はとりあえず家の中へ招こうとしたが、それを固辞してヴィネは小瓶を取り出した。

 玄関へやって来た黒助がそれを見て、察する。


「できたのか。ヴィネ」

「あ、ああ! できちまったのさ! 一口食べればたちまち逝っちまいそうになる、究極のトマトジャムがねぇ!!」


 小瓶を手に取る黒助に、ヴィネは続けた。


「そいつは出来損ないさ。昼にあたいの家に来てくれるかい? もっと美味いトマトジャムを見せてやるさ!!」



 美味しんぼじゃないか。



 「そんなに言うなら」と黒助に鉄人も加わり、ヴィネの家でトマトジャムの試食をしたところ、ちゃんとハイクオリティなものが仕上がっていた。

 どうして最初からそれを持って来なかったのかは分からない。


 出来損ないを持って来る理由を教えてほしい。


「はい! じゃあ撮りますよー! ヴィネさんとイルノさん、笑ってー!!」


 鉄人の提案により、ジャムの瓶には「私たちが作りました!」と言う定番のポップと共にヴィネとイルノの写真が印刷される事となった。


 「なんかすげぇエロい恰好の人が作った、すげぇ美味いジャムがある!!」と朝市を賑わせるようになるのは、ほんの少しだけ未来の話である。

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