家の倉庫が転移装置になったので、女神と四大精霊に農業を仕込んで異世界に大農場を作ろうと思う ~史上最強の農家はメンタルも最強。魔王なんか知らん~
第95話 トマトの収穫だ! ~張り切る水の精霊・イルノさん~
第95話 トマトの収穫だ! ~張り切る水の精霊・イルノさん~
コルティオールの春日大農場。
トマト班リーダーのイルノは、気合に満ちていた。
「やってやるですぅ!! 今日、イルノはこれまでのイルノを越えるですぅ!!」
「いい面構えになったな。イルノ。今日は俺が補佐をしよう。お前の指示で皆を動かすんだ」
「はいですぅ! やってやるですぅ!!」
「い、イルノ!? ちょっと、あんた! 体の周りの雫が破裂してるんだけど!?」
「こんなの邪魔なだけですぅ! もういらないですぅ!!」
「ダメよ!? あんた、四大精霊だからね!? ゴンゴルゲルゲはもう燃えてないし! 2人目のアイデンティティ欠如だけはダメよ!!」
水の精霊・イルノさん。
彼女がどうしてこんなに張り切っているのかと言えば、理由は明らか。
自分の育てた作物の収穫日と言うものは、一流の農業戦士になれば誰しも血が滾り、心が燃え盛るものである。
赤く育ったトマトを優しく摘み取る日、来る。
◆◇◆◇◆◇◆◇
拡声器を持った黒助が、トマト班と助っ人の稲作班に説明を始めた。
「あー。後ろのリザードマン。聞こえているか? 聞こえていたら何か合図をくれ。……よし。問題ないな」
リザードマンが両腕でワイルドな丸印を作った。
黒助は続ける。
「トマトの収穫方法を伝えておく。完熟したものであれば、手で簡単に実が取れるのだが今回はハサミを使う。まず、手元にミアリスが創造したハサミと、種苗園で買って来た消毒剤があるのを確認しろ。……よし。では、まず念入りに消毒を行え」
トマトはデリケートな作物である。
ハサミや恐ろしく速い手刀で切った部分には、傷口ができる。
傷口は乾けば問題ないが、湿った時間が長いと病気に感染する恐れがある。
作物の病気はだいたいすぐに枯れるので、細心の注意が必要。
気付いたら枯れていた農作物を見るだけで、農業戦士は3日寝込むほどの精神的ダメージを受けるのだ。
よって、病気の芽が出る前に徹底的な予防をするのが肝要なのである。
「次に、収穫方法だが。ミアリス、頼む」
「はいはい。これでいい?」
ミアリスが創造したモニターに黒助お手製の図解が投影された。
なお、トマトの詳細なイラストは鉄人が担当している。
あのニートは絵心の方面にも優れているのだ。
「このようにだな、ヘタと房を繋いでいる部分を長めに残してから切る。よし。図の3を見てくれ。続けて、長めに残った軸を付け根ギリギリところでカットする。これを2度切りと言う。必ずこれを実践してくれ」
2度切りをすることで、ハサミで他の部分を傷つけるリスクが激減する。
特に大玉トマトになると実と実の距離が近く、ハサミの入れ方をミスすると隣近所の実を傷つけてしまい、しばらく立ち直れなくなるのである。
「傷がつきにくい品種ではあるが、それでもトマトは優しく扱え。お前たちの家族に接する時と同じくらいに気を遣え。では、後の指示はリーダーのイルノに任せる」
黒助の仕事はここまで。
拡声器をイルノに手渡して、彼はミアリスから麦茶を受け取る。
「イルノですぅ! 皆さん、今日と言う日をどれだけ待ち続けてきたでしょうか!! トマトちゃんたちは頑張って育ってくれたですぅ! だから、イルノたちも精一杯、大事に収穫するのですぅ!! や、野郎どもぉ! やってやるですぅ!!」
イルノの掛け声に呼応するように、トマト班が「うおぉぉぉぉ!!」と雄叫びを上げた。
さあ、収穫を始めよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
黒助は改めて、しっかりと色づいたトマトを見る。
「素晴らしい出来だ。これほど見事に実るとはな。コルティオールの気候や、ウリネの魔法のおかげでもあるが。……何より、イルノの頑張りがあってこそだ。よくやったな、イルノ」
「ふへへ。頑張ったですぅ」
「よしよし。収穫作業も順調なようだな。特にリザードマンたちの動きが良い」
「はいぃ! 爪で切り取ってもいいですか? って聞かれた時は、うっかり聖なる水魔法で撃ち抜きそうになったですぅ!」
「そうか。よく我慢したな」
「リザードマンさんたちも、イルノと同じだけ苦労をしてきた戦友ですぅ。だから、みんなで試食するのを楽しみにして……。あっ」
イルノの視線がある方向で停止する。
そこには、ゴンゴルゲルゲとセルフィがいた。
「ぬぉおお!! これは美味い!! 噛み応えがあるゆえ、なお良いぞ! セルフィも食べてみるのだ。実に美味だぞぉ!」
「ゲルゲ、ズルいしー。じゃ、ウチも1つ食ーべよっ! ……やっぱ、ヤメとくし」
「ぬぅ? これほど美味いのに。もったいないことだ。では、ワシがもう1つ」
イルノは体の周りに浮かぶ雫を1か所に集中させて、ゴンゴルゲルゲに向けて何の躊躇もなく放った。
「……『ホーリースプラッシュ・ジャッジメント』!!」
「ぬおぉおおぉぉぉ!? うがが……。なに……ゆえ……」
イルノは「ゲルゲさん。さあ、あなたの罪を数えるですぅ」と呟いて、ギギギと首だけ動かしセルフィを視界に捉える。
「まっ、待って! ウチ、食べてないし!! ゲルゲに唆されそうになったけど、我慢したし!!」
「イルノが見てなかったら、食べてたですぅ……」
「ち、ちがっ! ……はっ!! う、ウチは、イルノが頑張って育てたトマトに見惚れてただけだし! そうだし!! イルノの努力の結晶は綺麗だし!!」
「……ノットギルティですぅ。セルフィちゃんは分かってる子ですぅ!!」
風の精霊、空気を読むことに成功する。
その後、つつがなく作業は進み、昼過ぎには第一弾の収穫が完了した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふへへー。美味しいですぅー」
「分かるぞ。自分で育てたと思うと、持ち点が大幅にアップするその気持ち。だが、贔屓目なしにしてもこれは美味いな。明日、早速市場に出荷しよう」
ミアリスがトマトを頬張りながら会話に参加する。
「あー。岡本さんと一昨日打ち合わせしてたもんね。高く売れるんでしょ?」
「ああ。まだシーズンが本格化していないからな。コルティオールで作る野菜は、現世の季節を無視できる点が素晴らしい。実に助かっている」
「あとはウリネのおかげね。あの子にも後でトマト食べさせてあげなくっちゃ」
「はいぃ! きっとウリネちゃんも喜んでくれるですぅ!!」
ウリネはスイカ班を率いて、新しく開墾した農地に出張っている。
スイカの生産量を増やす計画があり、ウリネも「1日に2個食べていいのー? やったー!!」と張り切っていた。
「おや。ちゃんと収穫できたんだねぇ。良かったじゃないか、イルノ。ちょいと見せてごらんよ」
母屋にヴィネがやって来た。
イルノはすぐに応じた。
「やぁぁぁ! 『ホーリースプラッシュ・ジャッジメント』!!」
「はぁぁぁぁぁっ!! な、なんだい!? いきなりぃぃ!! ああ、ダメだ! 逝っちまいそうだよぉ!!」
腐敗属性に対するイルノの過剰な警戒心が招いた、悲しい事故であった。
こののち、ウリネによって大地の治療が施されたヴィネに黒助がトマトのヘタを近づけたところ、腐敗は起きなかった。
トマトとヴィネの相性は意外と良かった事が分かり、話は続くのである。
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