第94話 聖女と天使のファッションショー
時刻は午後7時。
春日大農場は終業時間を過ぎており、黒助も現世に帰って来ていた。
「ただいま」
「お兄! おかえりー!!」
「兄さん! ご飯の支度できていますよ!」
黒助に続いて、今日は2人ほど追加の来客がある。
「お邪魔するわよー。なんだか悪いわね、ご飯にお呼ばれしちゃって」
「イルノまで良かったんですかぁ? 黒助さんに追い出される覚悟をしてきたですぅ」
「柚葉と未美香が2人を是非にと言うのだ。俺が反対するはずがなかろう。イルノは特に久しぶりの現世だろう? ゆっくりして行くと良い」
もはや現世は週に1度。
調子が良いと週に2度、3度なミアリス様。
そして、最近はトマトに付きっ切りのせいで、出番が減っている水の精霊・イルノ。
2人がセットで呼ばれるのは初めての事である。
それも、黒助の要請ではなく柚葉と未美香が発起人となれば、我らが最強の農家も心なしかソワソワしているように見える。
「そう言えば、鉄人はどうした?」
「鉄人はね! お部屋だよ!」
「はい! 今日は部屋でご飯を食べてもらっています!!」
「そんな、引きこもりニートみたいな事になっているのか!? どうした!?」
鉄人はアクティブだがちゃんとニートなので、それほど驚くことでもない。
妹たちから説明はなく、とりあえず夕飯を食べようと言う事になった。
「今日は、いわしの生姜煮と炊き込みご飯です! アスパラガスと炒り卵のサラダもありますよ!」
「すごいわね! こんなに手のかかりそうなものを、大学から帰って作ってるの?」
「いえいえ、それほどでもありません! 高校生の頃からお夕飯は作っていましたし! それよりも頑張って働いてくれている兄さんの方がすごいです!」
「だよねー! お兄、毎日朝から日が暮れるまでずっとお仕事だもん! いつもありがとっ!」
「あ、あのぉ。黒助さんが涙を滝のように流してますぅ……」
「すまんな。聞くが、イルノ。水の精霊らしく、俺の涙を止める方法を知らんか?」
イルノは申し訳なさそうに「ちょっと分からないですぅ」と答えた。
それを聞いて、柚葉と未美香が「あははっ」と笑う。
幸せな食卓がそこにはあった。
だが、今日の春日家の食卓では不幸な退場者が出る事になる。
食後のお茶を啜っていた黒助に、妹たちが笑顔で告げた。
「兄さーん!」
「そだそだ、お兄!」
「ああ、どうした?」
この後、黒助は気丈に振る舞うが、その溢れ出す悲壮感は隠しようのないものだった。
「2階に上がっていてくれますか? 良いって言うまでこっちに来ないでください!」
「ねねっ! しばらく鉄人のとこでも行っててー!!」
「……これが、反抗期か。分かっていた。いつかはこんな日が来ることを。……ミアリス。イルノ。俺はこれから2階で枕でも噛んで声を押し殺して泣くから、妹たちの事をよろしく頼む……」
黒助、台所から締め出される。
驚きを隠せないミアリスとイルノ。
「ちょ、えっ!? どうしたのよ!? あんたたち!!」
「黒助さんの背中があんなに小さくなってますぅ……」
春日家の乙女たちは用意していたファッション誌を片手に、女神に迫る。
「ちょっと、今日は女の子だけのお話がしたくてですね。ふふっ」
「そうなの! ミアリスさんとイルノさんにお願いがあるの!」
「ヤダ、なにこの展開!? わたし、今からいやらしい事されるの!?」
「こーゆうのは、セルフィさんの役だと思ってましたぁ……」
台所の扉が閉まる。
建付けが悪いせいでギギギと鳴る音が、今日はそこはかとなく不穏であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はい! 脱ぎました!」
「あたしも! バーン!!」
数分後。
台所では、下着姿の柚葉と未美香がいた。
「先に言いなさいよね、もぉ。ファッション誌に載ってる夏服の試着がしたかったとか! わたし色々想像して、最終的には薄い本になるところまで行ったのに!!」
「ミアリス様ぁ……。創造してくださぁい。最近、想像の方が捗る事も多くてイルノは心配ですぅ」
妹たちには、黒助が季節の変わり目になると「これで服を揃えてくれ」と言って、一万円札を何枚か差し出す。
だが、彼女たちはそれを必要最低限しか使わない。
2人で着回しができる分だけ買って、残りは生活費に回すのである。
だが、その2人で着回しができる服を選ぶのが一苦労。
予定を合わせてショッピングモールへと出向き、試着を繰り返す作業は1日仕事になる。
が、夏が来るよりも先に、未美香が気付いた。
「ミアリスさんに創造してもらって試着したらいいじゃん! お姉!!」と。
柚葉もその提案は文句の付け所がないと判断し、今に至る。
なお、イルノは身長が柚葉とほぼ同じで、バストサイズは2人とほぼ同じと言う素晴らしい着せ替え精霊として招かれた。
服を脱がされながら「だって、やっぱり誰かが着ているのを見ないと分からないですから!」と柚葉が説明するが、イルノは「せめて承諾してから脱がして欲しかったですぅ……」と力なく呟いた。
そこから始まる、柚葉と未美香のファッションショー。
清楚な柚葉と活発な未美香の両方が着回しのできる服となると、その選抜作業は難航する。
ミアリスも「なるほど、これは大変ねー」と納得しながら、創造を繰り返していた。
いくら大好きな兄だと言え、黒助は血の繋がらない義兄。
ちょっとどころか、結構な勢いで異性として見ている2人の義妹は長時間下着姿になるため、さすがに恥ずかしさが勝ったのだと言う。
ちなみに、2人のセーフのラインは風呂場で黒助と遭遇するまでらしい。
その線引きがミアリスとイルノには分からなかったが、それを理解するのは時間がかかりそうだと判断し聞かなかったことにした、賢い女神と水の精霊。
2時間ほどかけてみっちり試着をし終えた彼女たちは、やっと服を着る。
どうやら納得のいくこの夏のアイテムが決まったご様子。
だが、ミアリスが疑問に思い、2人に聞いてみた。
「あのさ。わたしが創造した服をそのまま着ちゃダメなの?」
柚葉も未美香も即答した。
「ダメですよ! ちゃんとお金を払って服を買わないと、それじゃあ万引きしているようなものです! 兄さんが悲しみます!!」
「そだよー! ミアリスさんたちはしょうがないけどさ、あたしたちはちゃんとお店があるんだから! ルールを守って楽しくオシャレしなくちゃだもんっ!!」
聖女と天使の神託を受けた女神様は反省した。
「あんたたち、ホントに偉いわねー! 決めたわ! 今度から、試着したい時はいつでも呼んでね! わたしと裸のイルノが駆けつけるから!!」
「うぇぇ……。せめて現地で脱がせてくださぁい……」
「わぁ! ありがとうございますー!! やっぱりミアリスさん、優しいですね!!」
「やたー! ミアリスさん、イルノさん、ありがとーっ!!」
その日は遅くまで、乙女たちのファッション談議が続くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃。
黒助はどうしたのかと言うと。
「鉄人……。俺はもうダメかもしれん……」
「元気出しなって兄貴! 僕は2人に冷たくされても気にしないよ! はい、目的地到着!」
「また俺に貧乏神が……」
「たまたまだって! ほら、今度は鹿児島だからそっちの方が近いよ! あ。兄貴のミカン園が売られた。……あ。キングボンビーになった」
膝を抱えて鉄人と一緒に、20年縛りの桃鉄に勤しむのであった。
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