第93話 異世界の神・茂佐山安善、コルティオールに召喚される

 コルティオールのとある山脈。

 魔王城の謁見の間では、魔法陣が怪しい光を放っていた。


 その傍らには、玉座に座り悠然と拳から魔力を放出するベザルオールの姿が。


「くっくっく。今こそ我が呼びかけに応えよ、異世界の神。この召喚により、大魔王ベザルオールの臣下となるのだ。……ぬぅん!」


 召喚魔法の仕上げに、ベザルオールは拳を振り上げた。

 放たれていた光が束になり、謁見の間は目を開けているのも困難なほどの眩しさで覆われる。


 しばしの間を置いて、光は穏やかになっていく。

 魔法陣の中央には人影があり、アルゴムとガイルは息を呑む。


 彼らは鬼窪玉堂が召喚された時の事を思い出していた。

 見た瞬間は「なんと強そうな男だ」と思ったのも束の間、2分も経てば「なんか思ってたのと違う」と感じ始め、5分経つ頃には絶望が彼らの心を支配した。


 だが、あれで不運は出し切ったのだと、アルゴムとガイルは前を向く。

 一度大きな痛手を負ったのである。

 ならば、そのような悲劇が、惨劇が、二度も三度も起きるはずがない。


 なんと分かりやすいフラグだろうか。


 気付けば光は完全に消え去り、シルエットが明らかになる。


 鬼窪玉堂の時は一目で異世界の戦士だと判別がついたが、今回は少しばかり趣が違った。

 現れた男は小太りであり、長い髪を後ろで縛っている。


 見た目は汚いおっさんであったが、むしろその汚いおっさん感が、なにやら神秘的にも思われた。


「くっくっく。余はコルティオールを統べる大魔王。名をベザルオールと言う。卿は異世界の神で間違いないか?」


 小太りのおっさんは答えた。


「えっ、いや、あのー? なんですか、君たちは。コスプレですか? ハロウィンは半年以上先ですよ? と言うか、何を勝手に私の部屋に入ってるんですか。出て行きなさいよ」


 その堂々とした受け応え。

 ベザルオールを前にして一歩も引かぬ度胸を見るに「ああ、これが異世界の神で間違いない」とアルゴムは思ったと言う。


「くっくっく。戸惑うのも無理はない。ここは卿のいた世界とは違う異世界。異世界の神よ、まずは名を聞かせてくれぬか?」

「君はまた、すごい角が伸びてますね? もっさり教に入信して間もないのですか? 教祖の名前を忘れるなど。私は茂佐山もさやま安善あんぜんと言ったでしょう? さあ、『救いの水』を飲みなさい。8000円は箱に入れておくように」


 絶望的に噛み合わない会話。

 歯車の上げる悲鳴を聞いた気がしたアルゴムは思い直した。


 「これ、もしかしてまた失敗しているのでは?」と。


 隣にいるガイルの表情を見ると、ベザルオール様がたまに作る不味い煮物を食べたような顔をしていた。

 さらに奥に控えるノワールは「あらあら、まあ」と笑っている。


 アルゴムは確信した。


 「ああ。ベザルオール様。またやっちまわれたのですね」と。

 「分かりました。今回もお付き合い致します」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらはユリメケ平原にある、春日大農場。


 今日は稲作班にプリン班とサツマイモ班も加わって、田植えが行われている。

 ミアリスの創造によってトラクターを創り出す事も可能だったが、黒助は敢えて手植えを選択する。


 「自分の手で植える事で、これから育っていく稲に愛着を持ってほしい」と言う考えによるものであり、効率重視がマストの現代農業においては非難される行動かもしれないが、それでも彼は前を向く。


「よし! まずはこの田んぼで苗を植える間隔を覚えろ! 近すぎてもダメだが、離し過ぎてもいかん。各々、この張っておいたロープにある赤いマークを目印にするんだ。鉄人。すまんが、以降の指示を任せる。俺も田んぼに入るからな」


 今日は平日のため、柚葉は大学。未美香は高校。

 鉄人はスマホを片手にコルティオールへやって来ていた。


「ひょー! いいよ、セルフィちゃん! 体操服から伸びる健康的な脚がセクシー!! はい、頑張って! そろそろ転んで泥だらけになるイベントスチルお願い!!」

「うるさいし! 鉄人もちゃんと仕事しろし!! あなたは何で見てるだけなん!?」


「えー? それ聞いちゃう? 可愛い子が農作業に汗する姿を見てたいって思うのはね、健全な男子の証拠! セルフィちゃんなら百点満点!!」

「ばっ! バカじゃん!? そんな、かわ、可愛いとか言ったって、別にどうも思わねーし!!」


「はい! ツンデレギャル頂きました! その調子でお尻から転んでみよっかー!!」

「う、うるさいし! つか、ミアリス様!? ウチらの恰好、絶対おかしいし! これ、ホントに黒助様が指定した服なん!?」


 ミアリスとセルフィとウリネは体操服に身を包んでいる。

 もちろん、ミアリスの創造によって製作済み。


「そうよ? 昨日、黒助がカタログ持って来たの。鉄人がこの服装ならば汚れても構わんだろうと言っているから、明日はこれを着ろって。ほら、カタログ」

「いや! 鉄人って言葉が入ってるし!! これ、絶対にあのニートの悪だくみパターンだし!! ちょっとそのカタログ見せて欲しいし! ……なんかいかがわしい感じがすごいするし」


 鉄人は時折「そっちのオーガちゃん! 斜めになってるよー!」と的確な指示をしながら、スマホの録画モードを死守していた。

 手の止まっている四大精霊チームに気付き、彼は声をかける。


「セルフィちゃんとミアリス様! 他のみんなより遅れてるよ!!」

「その前に鉄人! あなた、これ絶対にウチら着る必要なかった服でしょ!?」


「僕の思い出フォルダを潤すためなんだよ! 分かって、セルフィちゃん! あと、ブルマを選んでない辺りに僕の紳士さを感じ取って!」

「ブルマ……?」


 セルフィはパラパラと桃色のカタログを捲り、ボッと顔を赤くした。

 どうやら、該当のページにたどり着いたらしい。


「こ、こ、これ! パンツじゃん!! ほぼ水着とか下着の仲間だし!! こんなの着せようと思ったとか! へ、変態! 変態!!」

「昔はこの格好で運動してたんだよ! 日本では!! あと、セルフィちゃん! お隣を見てごらん? うふふ!」


 隣には、元気に苗を植えてきらりと光る汗を拭う土の精霊がいた。


「えー? セルフィも着てみなよー? 動きやすくていいよー!!」


「いや、ウリネ普通に穿いてるし!! しかも似合ってるし!!」

「あ、もしかしてセルフィもそっちの方が良かった? あれだったらわたし、今からでもあんたの体操服も着せ替えさせるけど?」


「うわぁぁぁ! やめぇ、ヤメろしー!! もぉ! なんなん!! どんどんウチの周りから常識的な人が減ってくんだけど!! もぉぉ!!」


 それからセルフィは何もかもを忘れるために、一心不乱になって田植えに励んだ。

 ミアリスとウリネは「セルフィってば、張り切ってるわねー」「ねー! きっとねー、てっちゃんが来てるからうれしーんだよ!!」と顔を見合わせ言っていた。


 なお、鉄人の持ち込んだ桃色のカタログはセルフィによって没収されたが、彼にはまだ保存用と布教用が残っている事を彼女は知らない。

 終業後に鉄人によって「金髪ギャルのポニテはポイント高いよ!」と謎の得点付与がなされ、何故かセルフィも満足気だったので、これはこれで今日もまるっとオッケーなのだろう。


 つまり、今日も春日大農場は平和であった。

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