第91話 大魔王ベザルオール様、召喚ガチャに再挑戦する

 コルティオールのとある山脈。

 魔王城では。


「くっくっく。鬼窪が敗れたか……」

「ベザルオール様、よろしいでしょうか?」


 もう通信しなくなって久しい通信司令長官・アルゴムが呟くようにお伺いを立てた。


「くっくっく。良い。申してみよ。アルゴムよ」

「では……。お許しを得て申し上げます」



「もうその、鬼窪が敗れたか……と言う件を聞くのは18回目なのですが」

「くっくっく。……マ? ちょっとしつこかった?」



 ベザルオール様は喜んでいた。

 魔王ガチャでとんでもないものを引き当てて、極めて居心地が悪化していた魔王城一帯が元に戻ったのである。


 「何気ない日常ってステキやん?」と気付くにつけ、心の安寧を得た大魔王。

 そこに、狂竜将軍・ガイルがやって来た。


「ベザルオール様。やはり、不死鳥・ガルダーンおよび、蒼き龍・ボラグン。両名は死亡したものと思われます」

「くっくっく。惜しい者たちを失くしてしまった。余には過ぎた家臣であった」



「すみません、ベザルオール様。アルゴムとの会話が聞こえておりました。私に対してお気遣いや雰囲気作りは無用なご配慮でございます!!」

「くっくっく。あいつらは余が魔力で生み出したから、その気になればまた作れる。正直、そんなに残念でもない。くっくっく」



 ベザルオール様のぶっちゃけに対して「で、ございましょうな」と応じるガイル。

 とりあえずお菓子でも食べようかと言う空気になったところで、虚無将軍・ノワールが謁見の間に訪れた。


 ノワールが来ると何となく変な流れになる事を最近把握しているアルゴムは、静かに身構えた。

 そのノワールが跪き、大魔王に意見具申をする。


「ベザルオール様? よろしければ、わたくしに良い考えがございますわ」


 アルゴムに少し遅れて、ガイルもその良くない空気に気付く。

 彼は慌ててノワールを止めるべく立ち上がった。


「待つのだよ、ノワール! 君はまた、何か良からぬことを考えているのではなかろうね!? いや、答えなくても良いのだよ! 絶対に考えている顔だ!!」

「あら。嫌ですわ、ガイル。わたくし、常にベザルオール様のためを思って行動しておりますのよ?」


「君からはいわゆる悪い女の香りがするのだよ!! ベザルオール様は純粋であらせられるゆえ、君のような悪女に唆されやすいのだよ!!」

「くっくっく。ガイルよ」


 ガイルは「私はなんと失礼な事を!」と気付き、慌てて跪いた。


「も、申し訳ございません! 今のは表現に問題がございました!!」

「くっくっく。ガイルよ。卿のその力強い手で、この瓶の蓋を開けてくれぬか? 先ほどから余もチャレンジしておるのだが、なかなか開かぬ」


「はっ、ははっ!! このガイルがすぐに!! やはり、この黒き炭酸飲料は瓶で飲むのが美味しゅうございますな!!」

「くっくっく。それな。キンキンに冷やしておると、さらに格別」


 鬼窪玉堂の遺産として、魔王城にも現世の文化が伝来し始めていた。

 主にドラッグストアの倉庫から、ベザルオールが宝石を対価に箱で魔王城の魔法陣に召喚させている。


 ここのところ、ベザルオール様はコーラにご執心。

 鬼窪の居城より出向していた部下たちが持ち返って来たポテトチップスを一緒に食べるとさらに美味しいと気付いたのは、一昨日の事である。


「よろしいかしら? お話の続きをしても?」

「ダメなのだよ! 何をしれっと、今までその話してた体で潜り込んで来るのだね、君は! 油断も隙もない女なのだよ!!」


「異世界から戦士を召喚する作戦、悪くはなかったかと存じますわ。でしたら、その策をさらに改良したものがわたくしの胸の内にございます。それをベザルオール様に是非、聞かせて差し上げたく」

「おおおい! ノワール!! 君はどういう教育を受けて育って来たのかね!? 今、私は黙れと言ったつもりだったのだがね!?」


 ノワールは「あらあら、うふふ」と笑って、続けた。



「異世界の神を召喚すると言うのはいかがでしょうか? 鬼窪は所詮、異世界の戦士。ならば、上位存在の神をコルティオールに呼び出せば……!!」

「アァァァルゴォォォム!! ノワールの口を塞ぐのだよ! キスして構わんのだよ!! コンプライアンス!? 知らん!! 魔王軍の危機だ!!」



 アルゴムは結局動けなかった。

 しばしの沈黙ののち、ベザルオールがコーラを飲み終えて、呟いた。


「くっくっく。その発想はなかった」

「べ、べべべべ、べべんべ、べん、べん、べん!! ベザルオール様ぁぁ!!!」


 大魔王・ベザルオール。

 異世界より、神を召喚する事を決める。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは現世。

 西日本にある、とある巨大な施設に1人の男が立っていた。


 周囲には老若男女問わず、大勢の人間が熱狂的な空気を携えて舞台に立つ男を見上げる。


「ね、皆さん! 私は悲しい! 何が悲しいって、世の中の人たちが全然この終末に気付いていない! この危機感のない世界を憂いて悲しい!! でも、皆さんは違います! こうして終末に気付き、貴重な週末に私の元へと集ってくれている!」


 「あはは!」と笑い声が会場を包む。

 男はさらに続けた。


「世界はもうダメです! 争いと欲望にもう、耐えられない所まで来てしまった! ですが、皆さんは私と出会えた! 私も皆さんと出会えた! 皆さんを救ってあげられる!! 悲しみしかない終末の世界で、これだけが私の喜び!! さあ、皆さん! 声を1つに揃えて! 救いの声を世間に届けましょう! 変な顔をされるかもしれない! だけど挫けてはいけません! 私の開発した『救いの水』! これさえ飲めば、終末も怖くない! 毒で汚染された地球で、アダムとイヴになりましょう! ね、皆さん!」


 「わぁぁぁぁ!!」と歓声が上がる。

 彼はその熱気を一身に浴びて、叫んだ。


「生き残りましょう!」

「「うぉぉぉぉぉ!!」」


「ガッツリ生き残りましょう!! ねぇ、皆さん!!」

「「うぉぉぉぉぉ!!!」」


「ありがとう! それでは、あっちに『救いの水』がありますから! たくさん買って帰ってくださいね! 私の幸せは、皆さんの幸せです!! それでは、また来週!!」


 ここは、山奥にある新興宗教団体【もっさり教】の教団本部。

 男はその教祖。


 名前を茂佐山もさやま安善あんぜんと言う。


 彼は子供の頃から口先ひとつで世を渡って来た。

 何かにつけて弁の立つ彼は、成人して営業職に就き、その後独立。

 個人経営の健康食品団体を作り上げる。


 そこからは一気呵成。


 気付けば健康食品団体は新興宗教団体へと姿を変えており、そこには約数千人の信者が集まっていた。

 茂佐山はいつも思う。



 「ああ。どうしてこの世はこんなに生きやすいのだろう」と。



 そんな茂佐山安善が、ある日忽然と姿を消す。

 教団幹部たちは血相を変えて探し回ったが、ついに行方は知れず。


 彼がどうなったのか。

 それを今、この場で語るのはいささか無粋であろう。

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