第88話 鬼窪玉堂、現世へ帰る

 2つの太陽が山の向こうに沈んでいく。

 黒助はオーガとリザードマンたちに終業を知らせ、美味い食事を腹いっぱい食べて、質の良い睡眠をしっかり取るようにと、250近い従業員一人一人に告げていた。


 その様子をプリン工房から眺めているのは、岡本さん。


「いやぁ。春日さんは本当に素晴らしい事業主ですねぇ。あれほどまでに親身になって。最近は老いも若きもなかなかどうして。春日さんのような人はいませんよ」

「ふっふー。そうですか? 私には兄は兄さんだけなので、他の人と比べられなくて残念です。えへへっ」


 そして、自慢の兄を褒められてご満悦の柚葉。



「柚葉? てつひ……なんでもないわ」

「ミアリス様! 危のうございましたな!! 柚葉様の視線が見た事のないほど冷とうございましたぞ!!」



 女神軍プリン部隊も撤収作業中。

 ギリーが丁寧に調理器具を洗っており、そこにブロッサムとメゾルバも加わっている。


 パワータイプがこぞって洗い物をするという非効率さはいかんともしがたい。


 そこに、セルフィが帰って来た。

 彼女には、黒助がおつかいを頼んでいたのだ。


「ただいまだしー。もー。なんでウチなん? 他の子で良くない?」

「そんな事言ってぇ! 僕に会いたいから来たって素直に言えばいいのに!! 陰キャに優しいギャルって想像上の生き物だとばかり思ってたけど、いやぁ、いるもんだねぇ!! おっ、柚葉ちゃん! おつかれーしょん!! 君の2人目の兄、鉄人くんだよー!!」



「ミアリスさん! プリンのフレーバーの種類を増やそうと思うんですけど!」

「えっ!? あ、うん!? あの、てつひ……ひっ! そうね!! それはいい考えだわ!!」



 女神様、春日家に嫁ぐための巨大な壁の存在を改めて実感する。

 柚葉の殺意の波動をそれから6分間ほど浴び続けて、なんだかお肌に張りがなくなり始めたところで黒助も戻って来た。


「ああ、来てくれたか、鉄人。すまなかったな。今日も忙しかったのだろう? セルフィもご苦労だった」

「や。別に……。現世、嫌いじゃないし。また、行っても良いし。……です」


 セルフィさん、8割くらい落ちている件。


「兄貴! 気にしないで良いよ! ホームレスの人たちと三角ベースやってたけど、切り上げて来たからさ!」

「そうだったか。重ねてすまなかったな。大事な試合だろう?」


「平気、平気! いつ行ってもすぐにメンツ集まるから! で、ヤクザを始末するんだって? 一応、スマホとノコギリ持って来たけど!」



「……わたし、もう何も言わないから!」

「ご成長されておられまするな、ミアリス様!! このゴンゴルゲルゲ、嬉しゅうございまする!!」



 黒助は鬼窪玉堂の処遇に困っていた。

 コルティオールに置いておけば、面倒事の火種になる可能性が高い。

 かと言って、現世に戻して良いものか。


 反社の人間をキャッチ&リリースして、それは果たして現世の日本国民として正しい行動なのか。

 それが黒助には分からない。


「ひ、ひぃ、ひぃぃぃ」

「もー。ダメだよ、鬼っちー。動いたら、また傷口開いちゃうってばー」


 なお、この会議の内容は全て鬼窪本人の元に生の声でお届けされていた。

 これをリモートダイレクト会議と言うらしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「そっか、そっかー。鬼窪さんってヤクザの若頭なんだ。じゃあ、あれだね。下手すると、現世の春日家がお礼参りされるかもだ!」

「は? 鉄人が何言ってんのかわかんねーし」


 鉄人はセルフィに「うふふ」と微笑みかけて、噛み砕いた説明をする。


「鬼窪さんを現世に戻すとしたら、現状、僕らが使ってる転移装置をくぐらせるしかない訳じゃない? で、それがどこに繋がってるかって言えば、我が家! 春日家の農具倉庫でしょ? つまり、現世に連れて帰った瞬間に僕らの家の場所がバレるんだよね。で、兄貴は日中コルティオールに行ってるじゃん? そこをヤクザさん10人くらいで囲まれてお礼参りされたら……。まあ、死ぬよね! 兄貴以外はみんな!!」


 黒助は「なるほど。さすがだな、鉄人は」と言って、所見を述べた。



「やはり殺すか!」

「ひょー! 兄貴、ドメスティックでバイオレンスぅー!! そこに痺れる憧れるぅー!!」



 春日兄弟の会話を聞いていた女神軍の面々は結構な勢いで引いていた。


「黒助の旦那もヤベーけど、やっぱ鉄人さんもマジやべーぜ。ちょっと状況聞いただけであそこまで頭回んねぇって、普通。なあ、ブロッサムの旦那?」

「うむ。吾輩たち、本当に最初の頃にやられておいて良かったでござるな」


「くははっ。我が主と弟君が手を組めば、敵はなしと見える」

「いや、メゾルバ。あんた……。柚葉の気持ち考えなさいよ。自分の兄が2人して、人殺す相談してんのよ?」



「わぁ! 兄さん、私たちの事をいつも一番に考えてくれるんですよぉ! ふふっ!」

「女神よ。これが我が君である。ぐうの音も出まい?」

「柚葉って大学で何専攻してるの? サイコパスの心理学とかかしら?」



 黒助が「では、殺す方向で調整しよう」と結論を出した。

 が、鉄人が「待った! もう1つ、良い手があるんだよ!」と言う。


 最初からそれを言えば良いのにとその場の全員が思った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「つまり、反社の人の独自ルートってあるじゃない? 危ない薬を流したり、違法な拳銃の取引したり。そういうツテを使ってさ、新しい農作物の販路を作るのはどうかと思うわけよ、僕は! 岡本さん的にも、鬼窪さんだっけ? あの人が農協に上納金差し出せばどうにかしてくれるでしょ?」


 これは春日鉄人個人の感想であり、彼の口にする団体、組織、名称等は実在のものとは関係ありません。


「ええ、ええ。私が丸くおさめて見せましょう。これでも私、結構偉いんですよ? なっはっはっは」


 これは岡本さん個人の見解であり、特定の団体、組織の方針とは関係ありません。


「なんと……。鉄人。それに岡本さんも。賢者のようだ。俺みたいな無頼漢にはとても思いつかん名案ではないか」


「ミアリス様、ツッコミ入れてやって欲しいし! パシーンとやったって欲しい死!!」

「いや、あんたの語尾ぃ!! 誤変換と見せかけて、なんか本音が出てるんだけど!?」


 話は纏まった。

 あとは、鬼窪玉堂の意志ひとつである。


 黒助は、地面にござを敷いてそこに寝かせていた鬼窪のところへと歩み寄った。

 続けて、交渉に移る。



「鬼窪。聞くが、俺がお前を現世に戻したとして。俺の家族に何らかの危害を加えた場合は、死ぬギリギリのところまでお前をボコボコにして、ミアリス辺りに治癒してもらい、その工程を15回ほど繰り返す。いいな? あと、お前の後ろ暗いツテを使って、明るく真っ当でみんなが笑顔になるような販路を作れ。1ヶ月ほど猶予をやる。できなければ、分かるな?」


「……はい。分かります。とても。分かります。すごく。はい」



 会議の内容が筒抜けのため、交渉は実にスムーズに締結された。

 黒助が鬼窪を指さして言う。


「おい。あいつ、意外と話が分かるぞ」


 現世から来ている者は皆が笑い、コルティオール組は全員が愛想笑いをしたと言う。


 こうして、鬼窪玉堂は現世へと無事に帰って行った。

 この状態を無事だと表現して良いのかは識者の議論が分かれるところであるが、命を狙ったからには、命を狙われるリスクも考えなければならない。


 今回、魔王・鬼窪玉堂が遺してくれた教訓は、これに尽きる。

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