第87話 聖女・春日柚葉、今度は反社を救う
「う、うごげ……。がばっ……」
鬼窪玉堂は生きていた。
これは、彼の体を大魔王の魔力が覆っていた事によって発生した防御力ボーナスに、黒助が手加減した結果『
その2つの要因によって起きた奇跡である。
「ちょっ! ダメだってば! 柚葉!!」
「でも、まだ手当すれば助かるかもしれませんし!」
「あんた! メゾルバの時もだけど、どうして自分から危ないとこに行こうとすんのよ!?」
「ふふっ。だって、兄さんを人殺しにはしたくありませんから!」
春日柚葉。
彼女は迷いなく鬼窪の墜落先へと駆け寄っていく。
それを大慌てで追いかけるのがミアリス。
彼女は翼を広げて羽ばたかせているにも関わらず、柚葉との距離が縮まらない。
柚葉もしっかりとコルティオールの魔力を体に内包して、肉体強化が始まっていた。
どうして選ばれし者しか春日大農場に訪れないのかは疑問ではあるが、深く詮索するとこの世界の真理を垣間見てしまう可能性があるので、お勧めできない。
「あのー! 大丈夫ですか?」
「お、おお……。女神様じゃあ……。ワシが死ぬときにも、こがいな可愛らしい女神様がお迎えに来るんかぁ……」
そこに急降下して来る物体があった。
誰あろう、春日黒助その人である。
「誰がうちの柚葉にお迎えさせるか!! お前は独りで逝け!!」
「びぃぃぃっ! あんびしゃっす!!」
黒助は追いビンタが鬼窪の残りわずかなライフを削る。
「ダメですよぉ。兄さん! 乱暴しちゃいけません!!」
「そ、そうか。すまん。柚葉の体に下水の汚泥が触れようとしていたから、ついな」
「人を殺したらうんたらかんたら」の件を台無しにしていく黒助。
「くははっ。我が主。さらに訂正がある。我が君は聖女! 女神などと言う愚物とは一線を画す者なり!!」
「メゾルバ。お前、いい事を言うな。確かに柚葉はオンリーワンだ。しかし」
不自然なセリフの切れ目に不思議そうなメゾルバ。
「しっかり柚葉を止めておかんか! バカタレ!!」
「にゃっすぱぁぁぁぁぁいっ」
こんな時でもしっかりと地面に埋まる力の邪神・メゾルバ。
その自己の役割を全うする姿にプロフェッショナルの流儀が見えた。
「兄さん、兄さん!」
「あ、ああ! すまん、柚葉! ついメゾルバを殴ってしまった! 許してくれ!!」
「あ、それは大丈夫です!」
「そうだったか。良かった。肝を冷やしたぞ」
メゾルバさん……。
「それよりも、この強面のおじさんを助けてあげてくださいっ!」
「ゔゔゔゔゔゔっ!!」
スマホのバイブ音だろうか。違う、二律背反の合図である。
愛する妹に無理難題を提示されて拒絶反応を起こし、発声するのが困難なセリフを口にする黒助。
「この人、きっと異世界で寂しかったんですよっ! ひとりぼっちで魔王様に召喚されたんでしょう? 私だったら、兄さんに会えなくなるなんて、寂しくて泣いちゃいます!!」
「よし、助けよう」
反社で後ろ暗い道ばかり選んで歩いて来た鬼窪玉堂。
そんな男を救う春日柚葉。
「女神なんか」と散々悪口を言われたミアリスは、にっこりと微笑んで「わたし、柚葉に勝ってる要素って何かあるかしら」と考えたが、すぐにヤメた。
結論が出ている事を議論する無意味さを女神は知っているのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「わー! おじさん、ほとんど死にかけてるよー!!」
「そうなのか。それはいかんな。柚葉の願いだ。ウリネ、治療を頼む」
鬼窪を春日大農場の敷地内に入れるのは生理的に無理だった黒助。
その結果、野戦病院スタイルで鬼窪の治療が開始された。
「まったく、騒がしいったらないね。どうしたんだい? って、こいつは魔王軍四天王の死体!? く、黒助! 大丈夫なのかい!?」
「う、うぼぁ……」
鬼窪、ウリネの治療よりもヴィネの発する腐敗属性から来るダメージの方が勝る。
どうやら彼の弱点は腐敗属性だった模様。
「わーわー! ヴィネっち、ストップー!! おじさんが死んじゃうよー!!」
「そうなのか。それはいかんな。ヴィネ、ちょっと離れていろ。お前に汚いものは見せたくない」
魔力の放出は基本的に任意で行われるものだが、不意を突いてくしゃみのように暴発する事もある。
例えば、思わぬ動揺をした時などが挙げられる。
「く、黒助……! あたいのために……!! はあああっ!! 逝っちまいそうだねぇ!!」
「あー。クロちゃーん。おじさんもほぼ逝っちまったよー?」
ヴィネの腐敗の魔力がお漏らしされて、鬼窪は生死の境をさまよい始めた。
黒助は小走りでヴィネを抱えて、「プリンまだ食わねぇのかな」と様子を見に来たギリーにパスする。
戻って来ると無表情で同じセリフを繰り返した。
「そうなのか。それはいかんな」
「あんた、さっきからNPCかってくらい同じ反応しかしないわね」
「ああ。割とどうでも良い事に脳の容量を割きたくない。今日は柚葉もいるし、この後プリンの試食会だ。それなら、お前と話している方がよほど楽しい」
「ほぁ、ほあぁぁいたぁぁぁい!! 息を吐くように落としに来るんですけどぉ!? こいつ、わたしをどうしたいの!? 好きにしなさいよぉぉぉ!!」
「あー! もー!! みんな、魔力出すのヤメてよー! またおじさんが死んじゃうよー!!」
ウリネさん、孤軍奮闘中。
なお、実はこの一連のやり取りの間に鬼窪玉堂は3回心臓が停止したらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
鬼窪玉堂が次に目を覚ました時には、凶悪を誇った怪物農家と残虐農協の人はおらず、代わりに清らかな心と清らかな身体を持った春日柚葉が傍にいた。
「あっ! 気が付きましたか? 良かったぁー!」
「わ、ワシぁ、どがいして……?」
すぐに隣に控えている力の邪神・メゾルバが警告する。
「我が君に指一本触れる事、まかりならぬ。万が一その禁を破る時は、我の一撃がきっかけとなり、我が主が貴様を指一本で再び冥府の入口へと送るであろう。これを現世では、ピタゴラスイッチと言うらしい。くははっ」
鬼窪が少し体を起こしてみると、確かに先ほど自分を殺そうとした農家が、今まさに自分を殺そうと言う目でこちらを睨んでいた。
反射的に目を逸らすと、視界には聖女が飛び込んで来る。
「こりゃあいけん!」と反社の矜持的に目を逸らすと、悪鬼羅刹の農家と視線が交差する。
せっかく肉体の怪我はウリネの治療によって回復したのに、反社と反射を繰り返していくうちに今度は心が疲弊していく鬼窪。
トドメは柚葉が務めた。
「もぉ。ダメですよ、悪い事したら。ねっ? もうしませんよね? 私と約束ですよっ! はい、指切りげーんまん!」
「…………っ!! は、はい! ひっ!?」
愛する妹と下水の汚泥が指切りをしているところを目撃した殺戮の農家が一気に間合いを詰め、その恐怖で再び鬼窪は気を失う。
これを現世では、ピタゴラスイッチと呼ぶのである。
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