第86話 常勝不敗! 異次元の農家&異次元の農協の人!!

 春日黒助と岡本さんが空中じゃんけんを始めた。

 不死鳥・ガルダーンは魔王への忠誠心をもちろん携えてはいるものの、自分の命が一番大切な宝物であると心得ていた。


 「鬼窪を背に乗せたままではとても逃げられない。が、鬼窪を放置すれば、あるいは……」と考えを巡らせる。

 結論から言えば、その考えに岡本さんがやって来る前の段階で気付けていれば、運命も違ったかもしれない。


「いやいや、春日さん! 私たちは気が合いますねぇ! 3回連続であいことは! なっはっは!!」

「本当にそうですね。では、こうしませんか? 1人につき、獲物も1人と」


「なるほど、それは思いつきませんでした。やはり年を取ると若い人の発想力には付いて行けませんねぇ。いやはや、参った、参った」

「俺が愚考するに、まずは土台になっている赤い鳥を叩き落とすのが肝要だと思うのですが」


「そうしましょう。異論ありませんよ」

「では、岡本さん。お先にどうぞ」


 岡本さんが寂しい頭髪をなびかせながら「私が先に頂いてよろしいんですか!?」と申し訳なさそうにしている様子を見て、不死鳥・ガルダーンは「しめた!!」と思った。

 「異次元の農家でなければ、どうにかなる!」と彼は算盤を弾いた。


「それでは、鳥のお人。私、農協時岡支局次長、岡本がお相手させていただきますよ」

「く、くぁっ!? な、なんだ……この底の知れない魔力は……!?」


 その計算が大誤算だった事を彼はすぐに思い知った。

 何故ならば、魔力をたっぷり浴びた岡本さんは『異次元の農協の人』に進化していたからである。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ガルダーンが叫ぶ。


「鬼窪様ぁ! ご自分で飛んでください!! 飛行魔法くらい使えるでしょう!?」

「な、なんじゃあ!? 鳥ぃ! 急にそがいな口利きおってからにぃ!! ボケェ!!」


 ガルダーンは鬼窪の罵倒を最後まで聞かずに、半ば振り落とすようにして現在の主従関係を清算した。

 出会って数週間の新魔王に命を預けるほど、彼の忠誠心は高貴ではなかった。


「喰らえ!! 不死の炎のこもった拳を!! 『プロミネンス・ナックル』!!」

「おや。春日さんのところのゴンゴルゲルゲさんとかなり被っていますねぇ。これはいけません。ゴンゴルゲルゲさんのアイデンティティを守らなければ」


 岡本さんは撫でるように『プロミネンス・ナックル』の軌道を変えると、「へぽへぇぁぁぁっ!!」と気合一閃。

 手首のスナップを利かせた裏拳でガルダーンの顔面に一撃を加える。


「お、おおおっ!? バカ、バカな……。私の必殺拳を……素手で普通にいなした……!?」

「先月の通信空手の教材にですねぇ。載っていたんですよ、これが! 外受けと言うらしいですよ。いやぁ、実際に決まると気持ちがいいですねぇ!」


 不死鳥・ガルダーンは不死鳥と名が付いてるものの、本体は別に不死でも何でもない。

 むしろ、魔王軍四天王の中でもデリケートな方だと自認している。


「わ、悪かった! 許してくれ!! 私、私は! この鬼窪と言う男に命令されてやったんだ!! 本来の私は、争いなど好まない!! 本当だ! 助けてくれ!!」

「な、なぁに抜かしよるんじゃ! ボケェ!! おどれ、封印される前にゃ何千人も殺したうて、自慢しくさっちょったやないけぇ!!」



「だ、黙れぇぇぇ@#%p♨!! いつからでも心は入れ替えられる!! そうだろう!!」

「お、おお……。おどれぇ、ここに来て1番の元気出してきよったのぉ……」



 ガルダーンはキレる相手を選んだ。

 そして、それがベストセレクトだったと感じていた。


「やれやれ。反省している相手を殴るようでは、真の空手家の道は遠いですねぇ」


 岡本さんは別に空手家ではないにも関わらず、戦意を引っ込めた。

 その隙を待っていたのがガルダーン。


「バカめ!! いくら強かろうと、頭を吹き飛ばせば!! 所詮は人間よぉ!! 『プロミネンス・クロスボルト』!!! かーっかか!! 獲ったぁ!!」


 炎を纏ったガルダーンの拳が、岡本さんの頭髪に触れる。

 その炎が彼の金銀プラチナよりも貴重な頭髪を2センチほど焼き焦がした。


「……あなた。やってはいけないことをしましたねぇ? 私ね、3歳になる孫がいるんですけどねぇ。目に入れても痛くないマサオちゃんだって、肩車だけはしないんですよ? ……髪を掴まれたら、大変だからですよぉぉ!!」

「ひ、ひ、ひぃぃっ!? 違うんだ! 今のは、間違い! 鬼窪を狙ったんだ!!」



「通信空手、奥義。……ほぉぉぉぉっ! えぁあぁぁぁぁぁいっ!!!」

「めぇぇぇぇりぃぃぃぃぃぃんあぁぁんせぇぇぇぇぇっ」



 岡本さんの魔力のこもった『後ろ回し蹴りヘルズノックアウト』が、ガルダーンの右肩に直撃する。

 続けて不死鳥は悲痛な叫び声をあげるが、それも続かない。


 結果、ガルダーンは力なく地面に落ちていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こうなってくると、鬼窪玉堂も背筋が寒くなる。

 彼はこれまで、圧倒的な力と恐怖によって弱者を虐げて来た。


 そんな男が初めて気付く、虐げられる側の感情。

 気付けば、先に散って逝ったガルダーンと同じセリフを鬼窪は口走っていた。


「す、すまんかったぁ!! ワシ、いきなり召喚されてのぉ? 魔王に、おどれのタマぁ獲らんと現世に帰しちゃらん言われて、し、仕方のぉ来たんじゃ!!」

「そうか。それは災難だったな」


「お、おう! なんじゃあ、兄ちゃん話分かるやんけ!! ワシ、全然農場に手ぇ出しちょらんじゃろう? もとからそがいなこと、する気がなかったんじゃ!!」

「そうか」


 鬼窪は手ごたえを感じていた。

 荒事ばかりだったが、数多の交渉を繰り返して来た刃振組若頭の経験が「これはイケる」と伝えていた。


 だが、鬼窪は選択に迫られる。


「聞くが。シマシマスーツ。お前、どうして魔法を操っている? それはうちの農場を襲うために覚えたのではないのか?」

「う、うぐ……」


 鬼窪は知恵を振り絞った。

 生きるためにこれほど真剣になったのは、生まれて初めてだったと言う。


 出した答えは。


「こ、こりゃあ、あれじゃあ! 魔王のヤツが覚えさせたんじゃあ! 農場を襲うっちゅう名目でのぉ! じゃけどワシぁ別にそ」



「やっぱり襲いに来ているじゃないか! このバカタレ!!」

「ひぎゃえぃばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ち、ちが! まだ、続きが!!」



「続きだと!? まだ農場を襲う事を諦めとらんのか!? こんの、バカタレがぁぁ!!」

「えっぴしっ」



 黒助の右手が鬼窪の左頬を叩き、続いて右の頬も叩いた。

 鬼窪の体はきりもみ回転しながら地上へ向けて墜落していく。


「おやおや。ずいぶんと優しいですねぇ。春日さん」

「ええ。あんな人間でも、人殺しはちょっと。今日は妹もいますので」


 充分な致命傷なのだが、彼らの中で今の『農家のうかビンタ』は軽いお仕置き程度の認識らしかった。

 こうして鬼窪玉堂は敗れた。


 彼が生きていれば、その後について語る機会が訪れるはずだが、果たして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る