第84話 時岡市農協の次長・岡本さん
黒助が鬼窪と出会った。
時を同じくして、四天王の一角である蒼き龍・ボラグンは真っ直ぐに春日大農場の母屋を目掛けて急降下していた。
「おや。広島カープのマスコットみたいな人がこちらに来ますねぇ」
「どう見ても魔王軍の刺客じゃない! ちょっと、四大精霊集まって!!」
ミアリスは「黒助が出張って行ったのだから」と少しばかり油断をしていた。
相手が複数で攻めて来るのは、ブロッサムとギリーのコンビ以外では初めてであり、彼女の中では想定外だった。
すっかり平和に慣れてしまっていた女神様は、自分を戒めた。
「ゴンゴルゲルゲ、ここにおりまする!!」
「セルフィもいまーす。つか、イルノとウリネはあっちの畑なんで、多分間に合わないし」
「じゃあ、わたしたち3人で迎撃するわよ! ゴンゴルゲルゲ!!」
ミアリスの指示で火の精霊が先陣を務める。
彼の右腕だけが、かつての燃え盛る肉体を取り戻す。
「ぬぅおりゃあぁぁぁ!! 『フレアボルトナックル』!!」
余談だが、彼の『フレアボルトナックル』が敵に効いた事はまだない。
「氷を統べる私に炎の拳とは、愚かな!! 『アイスブレイク・グレイシア』!!」
ボラグンの吐いた氷のブレスによって、ゴンゴルゲルゲの炎はかき消される。
セルフィが風魔法を放つ前に、ボラグンは巨大な竜巻を翼で巻き起こす。
「うわっ! まずいし!! ミアリス様! ウチの魔法で相殺させるし! 許可ください!」
「母屋が吹き飛んだら黒助に怒られるわ!! お願い、セルフィ!!」
「りょー!! たぁぁっ!! 『ツイスト・タービランス』!!」
「ほほう! 当代の風の精霊か! なかなかやる! が、脆弱!! 今度は本気で行かせてもらいましょう!!」
セルフィの魔法は強力だが、一度放つと次弾までの間にそれなりに長いインターバルが必要になる。
それを知っているミアリスが動く。
「創造魔法!! 『
「ぐぅっ!? 女神ぃ!! 貴様、報告によれば攻撃魔法は使えぬのではなかったのですか!?」
「とっておきのために取って置いたのよ!! どうよ! 効いたでしょ!!」
「確かに。いいだろう、私の翼に傷を付けた事を後悔させてあげましょう!!」
ミアリスの魔法は、女神が代々受け継いできた魔力を消費する。
そのため、彼女も極力使用を避けて来たのだが、緊急事態になれば致し方なし。
農場の母屋はただの建物ではない。
春日大農場の従業員たちが愛着を持ち、多くの思い出とともに過ごして来た場所。
壊れたら創造し直せば良いとは誰も言わないのだ。
そんな必死の表情を見せるミアリス。
ゴンゴルゲルゲとセルフィも再び魔法を放つが、劣勢は変わらない。
が、乙女が戦っているのを横目で見ながら、それを無視する事ができない紳士がいた。
「いけませんねぇ。女性に向かって氷を吐くとは。コルティオールの皆さんは礼儀作法もしっかりされておられるのに。青い竜の人。あなたはいけませんねぇ」
「えっ!? お、岡本さん!? ダメよ、下がって!!」
「ええ、ええ。心配には及びませんよ。農業従事者を支えるのが農協職員の務めですからね。少しばかり、私が春日さんの代わりを務めましょう」
ボラグンは呆気にとられていた。
目の前に立っているのは、四大精霊でもなければ女神でも、魔王軍の裏切り者でもない。
異次元の農家ですらない、ただの頭髪の寂しい人間だったからである。
「どきなさい! 私の戦いを愚弄するか、人間!!」
「ちょ! ヤバいし!! ゲルゲ、弾除けになれし!!」
「ぬぅぅ!! 間に合わぬ!!」
「死ねぇ! 愚か者がぁ!!」
「とぉあ!! せぇりゃあ!!」
蒼き龍・ボラグンの爪を岡本さんが上段回し蹴りで吹き飛ばした。
その動きの速さはセルフィを凌駕し、コルティオール最強種であるドラゴンの一撃を相殺どころか消し飛ばす威力を見せる。
岡本さんは
「これはお見苦しいところをお見せしました。ミアリスさん。お聞きしますが。あなたの創造で私の髪を生やす事は可能ですかな?」
「えっ。あの、想像で良ければ、いくらでもわたしのイメージの岡本さんはフサフサでフワフワにできますけど」
岡本さんは「なるほど」と応じて、ボラグンに告げる。
「どうやら、怒髪天を突くことも出来そうにありませんが。まあ、あなたを倒すくらいはやってのけなければ、春日さんに笑われてしまいますね」
「お、お前は何者だ!?」
「農協で次長を務めさせて頂いております。岡本と申します。こちらが名刺です」
「ふざけるなぁ!!」
岡本さんの名刺入れをブレスで吹き飛ばすボラグン。
これが良くなかった。
「……あなた。少しばかりお仕置きが必要ですねぇ」
農協職員にとって、名刺入れは重要アイテムである。
相手がほとんど個人事業主なので、最初の名刺交換を済ませると次に同じ名刺を得る機会はなかなか訪れない。
蒼き龍・ボラグン。
彼は岡本さんを怒らせた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「トランプカッターと言うものをご存じですか?」
岡本さんは寂しい頭髪をなびかせながら、ボラグンに尋ねる。
ちなみにトランプカッターとは、トランプなどのカードを用いて手裏剣のように投げる事で、離れた場所の目標を切るスキルの事である。
キュウリやダイコンが標的になる事も多く、クズ野菜を使った一発芸として農家が披露する事もあるとかないとか。
岡本さんも若い頃に営業をしていた際、宴会芸の1つにと身につけていた。
「知らぬ!! 訳の分からぬ事を!!」
「私の名刺はですね。プラスチック製でしてね。若い頃にトランプカッターの一芸披露のために大量に作ったのですが、これが
「くだらぬ話で時間稼ぎかぁ!! ああっ? あ、ああああっ!?」
「このように、気合を入れて投げると何でも切れます。コツは手首のスナップです。それにしても、若い頃は大根も真っ二つだったのに。腕が落ちましたねぇ」
ボラグンの右手の指がボトボトと地面に転がり落ちた。
岡本さんの名刺が美しい軌道を描いてそれを叩き切った場面は、ミアリスがはっきりと目撃していた。
「さて。竜の人。おとなしく帰るのであれば、見逃しましょう」
「少々手傷を負わせたからと言って!! いい気になるなよ!!」
「残念ですねぇ。取引先の畑を守るのは、農協職員の務めだと申したはずですよ? もう、その氷の息は吐かせません。めぇりゃい!! さぁい!! え゛え゛い!!」
「ぐあっ!? ……ん? ふ、ふははは! 切れておらぬ!! 切れておらぬぁああ!?」
何故か気合が全て裏声になる岡本さん。
シリアスな空気にコミカルな風を吹かせるとは、これも魔法だろうか。
一方で、ボラグンの両腕がきんぴらごぼうのように細く均一に切り刻まれる。
勝負が決した瞬間であった。
「大根よりも手応えはありませんでしたねぇ。さあ、土にお還りなさい」
「はぐぅあ……! ひぃ、はぁ!?」
この時の岡本さんが放った名刺に付与された魔力は、魔王三邪神のそれよりも強かったと、のちにミアリスは女神の泉に記録する事になる。
だが、それは未来の話。
上空では、春日黒助と鬼窪玉堂の戦いが始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます