第83話 現世から来た農家、現世から来た極道と出会う

 春日大農場のあるユリメケ平原。

 その上空を飛ぶのは、不死鳥・ガルダーンと蒼き龍・ボラグン。


 ガルダーンの背中には、柿ピーとストロングゼロを携えた鬼窪玉堂。

 なお、魔王城には転移装置がないため、現世の物が必要になった場合はその都度ベザルオール様が召喚魔方陣を用いて取り寄せている。


 柿ピーとストロングゼロを箱で召喚したのち、代金としてコルティオールで発掘される宝石をドラッグストアの倉庫に置くと言う、しっかりと筋を通す大魔王。

 なお、お釣りはいらないらしい。


「おう、鳥ぃ! まだ着かんのかいのぉ!? ワシ、そろそろまずいで? 我慢できんで?」

「鬼窪様、まだ魔力の放出はお待ちください。この距離では、気取られてしまいます。せっかくの襲撃の優位が失われるかと」



「ボケェ! 魔力出したい言うたか、ワシ!? 我慢できんのはおトイレじゃあ!! もうええわ! 鳥ぃ、あんま揺らすなや! ここでするけぇ!!」

「う、うわぁぁぁぁ!! 最悪だ、この人!! おヤメください!! すぐに地上に降りますゆえ!!」



 この時、不死鳥・ガルダーンが激しい魔力を放出した。

 だが、ガルダーンを攻める事が出来るだろうか。


 そんなに親しくもなければ敬ってもいないおっさんが急に背中で立ち小便をしようとすれば、冷や汗と魔力くらいダバダバあふれ出ると言うもの。

 「それ以前に他人の背中で立ち小便するおっさんとは親しくもなれなければ、敬う事も生涯出来ない!!」とは、ガルダーン心の叫びであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、春日大農場では。

 プリン作りの助っ人に参加していたブロッサムが魔力を感知していた。


「ぬぅぅ!! 黒助殿! 凄まじい魔力を感じ取ったでござる!! これは——」

「ああ。俺も何となくだが察したぞ。確かにな」


「岡本殿がコルティオールに参られたようでござるな!!」

「そうだ。よし、俺は迎えに行って来る。柚葉も来るか?」

「はい! 兄さんと一緒が良いです! ギリーさん、後はお願いしますねっ!」



 不死鳥・ガルダーンの魔力、農協の岡本さんの魔力にかき消される。



 これはガルダーン的には幸運であったが、農協の岡本さんに生粋の魔族である、それどころか魔王軍四天王である者が魔力で負けたと言う事実でもあった。


 コルティオールの大気には魔素が含まれており、それを現世の人間が呼吸などで体内に取り込むと、魔力が発生する。

 事実、春日柚葉や春日未美香にも微量ながら魔力が生まれている。


 コルティオールの魔素との相性によって、得られる魔力は変化する。

 春日鉄人はさらに相性が良いため、実はもう魔法が使えるレベルの魔力を体内に宿していた。


 ならば岡本さんは。


 その相性は凄まじく、少なく見積もっても四大精霊レベルの魔力を内包しているだろうと言うのが、ミアリスをはじめ女神軍の見解であった。

 かつて、初見のサタンキャロットを手刀一発で仕留めたのも、才能が息吹く過程と考えれば納得がいく。


 そして、悲しいかな、我らが事業主・春日黒助。

 彼の体内には、未だ魔力がまったく育っていなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あー、クロちゃん! 岡本さん来たよー! 今ねー、呼びに行こうと思ってたんだー!!」

「いやいや、すみませんねぇ。ワガママを言ってしまいまして」


 今回、コルティオールに岡本さんがやって来たのは、彼の希望によるものであった。


「とんでもありません。わざわざのご足労、なんとお礼を言ったら良いか」

「コルティオールに来るとですねぇ、私、なんだか体の調子が良くなるんですよ。これも綺麗な娘さんたちがお相手してくれるおかげですかねぇ。なっはっは」



 それはコルティオールの魔素があなたにコミットしているからである。



「黒助ー。お茶淹れたわよー。岡本さんの分も。本当ならコルティオールのものでお茶でも作れたらいいんでしょうけど、現世の梅昆布茶なのよね。はい」

「すまんな、ミアリス。岡本さん、どうぞ」


「いやー。すみませんなぁ。ミアリスさんは気が利きますねぇ。春日さんもそろそろお嫁さんを迎えられても良いのではないですかな?」



「いいえ! 兄さんにはまだ早すぎます!! ですよね、ミアリスさん!?」

「ひっ!? そ、そうね! 黒助にはまだ早いわ! うん!!」



 今さら確認するまでもない事だが、一応明言しておこう。

 柚葉も未美香も兄が大好きであり、仮に嫁が来るとすれば絶対に自分が認めた女子以外は許さない構えである。


 何なら、保険のセールスのお姉さんや、ヤクルトレディですら追い返す時がある。

 春日家は家族の結束が固過ぎると言うのも考え物だと教えてくれる、稀有なモデルケース。


「……おやぁ? 妙ですねぇ。春日さん。農場の方で、空を飛べる人は今どちらにおられますか?」

「ゲルゲとセルフィ……。あとは、ブロッサムとメゾルバですが。全員畑か工房にいますね。どうかなさいましたか?」


「いえね、東の空から感じた事のない魔力が近づいてきているようですよ。ここの農場の皆さんの魔力を覚えておりますので、妙だなぁと思いまして」

「なるほど。それは不思議ですね」



「ウリネ。岡本さんが自在に魔力を使いこなしてる事に関してさ、もうずっと妙とか言っちゃダメな空気よね? わたし、間違ってる?」

「んーん! ミアリス様の対応は合ってると思うなー!!」



 岡本さんの見定めた通り。

 既に不死鳥・ガルダーンと蒼き龍・ボラグン、そして新魔王・鬼窪玉堂は春日大農場のすぐそばまで近づいていた。


「ふむ。おっしゃる通り。何かいますね。岡本さん、わざわざ来て頂いて恐縮なのですが、ちょっと見て来ても?」

「ええ、ええ。かまいませんよ。お気をつけて」


「では、少しお待ちください。行って来ます」


 黒助が空を全力疾走で駆け昇って行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 高速移動するガルダーンとボラグン。

 超速移動する春日黒助。


 エンカウントまでの時間は秒単位で充分だった。


「な、なんじゃあ、おどれぇ!!」

「ふむ。全員見慣れん顔だな。魔王軍からの刺客か?」


「ボケェ! 今、ワシが先に聞いちょるじゃろがい!!」

「そうか。俺は春日黒助。農業を生業にしている。で、お前たちは何だ?」


「おどれが賞金首の農家っちゅうヤツか!! こりゃあ早うに会えてラッキーじゃのぉ!! おどれのタマぁ、貰うで? ほれぇ! 新鮮な銃弾を喰らわんかい、ボケェ!!」


 出会いがしらと言うのは、攻撃を仕掛ける上で最も適したタイミングの1つである。

 特に、正々堂々とした勝負にこだわらないのであれば、初手不意打ちの効果は絶大。


「うぐぅっ!!」

「かーははっ!! 獲ったでぇ! タマぁ!! この鬼窪玉堂様の前に出て来るからじゃあ! ボケェ!!」


 鬼窪の拳銃からは、魔力で覆われた実弾が発射される。

 その威力は強大。凶悪と言い換えても良い。


 力の邪神・メゾルバの渾身の一撃に勝る凶弾が、黒助の胸を貫いた。

 よく訓練された農業戦士の諸君、おわかりいただけただろうか。


 春日黒助が胸を撃ち抜かれる。


 つまり、こういう事である。



「お、俺のツナギに穴が……!! また……また、乳首のところに穴が!! お前たち魔王軍はいつもそうだ!! なんて汚いやり口なんだ!! 俺のツナギをアバンギャルドに加工して、一体何の得がある!? 教えてくれ!!」

「……どうなっちょるんじゃあ。乳首で銃弾防いだんか、おどれぇ。教えてほしいのはこっちじゃあ、ボケェ」



 現世の農家と現世の極道。

 その出会いは、割と見慣れたシチュエーションだった。

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