第78話 やっちまった魔王・ベザルオール様

 とある山脈。

 魔王城では、2000年の時を生きるベザルオールが決断しようとしていた。


「べ、ベザルオール様! もう一度だけお考え直しください!! 危険です!!」

「そうでしょうか? わたくしは、とってもステキなお考えだと思いますけれど?」


「農家と同じ異世界から、我らも召喚を試みるなど! 不確定要素が過ぎるのだよ! ノワールは理解しているのかね!? かの農家のような者を引いた時の事を考えてみたまえよ!!」

「まあ、素晴らしいじゃありませんこと? 魔王軍の復興が捗りますわね」


「捗るものか! 下手をすれば、我々に制御不能な魔王を呼び寄せる事になってしまうのかもしれんのだよ!! その可能性をもっと熟慮すべきだと言っているのだ!」

「狂竜将軍ともあろうお方が、ずいぶんと逃げ腰なお考えですこと」


 謁見の魔で口論を続けるガイルとノワール。

 彼らがこの議題で舌戦を繰り広げるのは、これが3日目である。


 通信司令長官・アルゴムは冷静にベザルオールの提案を考える。


 確かに、異次元の農家と同じ強さの異界の者を召喚できれば、この上ない戦力になるだろう。

 一方で、ガイルの心配する「制御不能の狂戦士」を引き当ててしまった場合、最悪魔王軍が内部から食い尽くされる恐れがある。


 だが、現状のままでも魔王軍はジリ貧だと言う事も分かっているため、リスクのある選択を迫られているのだ。


「くっくっく。卿らの議論、どちらも聞くべき点がある」


「ははっ!」

「はい」



「くっくっく。だが、余はコルティオールを支配する大魔王。このベザルオールを圧倒する者など、そうそう現れるものではない。ところでアルゴム。余のベザルオールと言う名前がコルティオールの語源になっておると言う話、聞く?」

「い、いえ! もうそのお話は143回ほどお聞きしましたので!!」



 かつて、魔王と女神が共に支配していたこの異世界。

 その時の女神と魔王の名前を合わせて『コルティオール』と名付けられたのは、今より1500年以上前の事である。


 いつしか女神軍と魔王軍が誕生し、お互いに領土を奪い合うようになったのは、神も魔族も俗物である証明か。

 とは言え、それはもう振り返っても詮無き事。


 ベザルオールは前を向く。


「くっくっく。良いではないか。異次元から魔王を呼び出し、我が魔王軍四天王を配下に与えよう。女神軍を壊滅せしめたあかつきには、このコルティオールの支配権を与えてやっても良い」

「な、なんですと!? それでは、ベザルオール様がコルティオールの魔王に返り咲くことができなくなりますが!?」



「くっくっく。ホントだ。ならば、支配権の半分を与える事にする」

「あらあら、まあ。なんだかわたくしも嫌な予感がしてきましたわ」



 魔王ベザルオールは言った。

 「もはや是非もなし。今より、異次元から狂戦士を召喚する」と。


 ミアリスが作った転移装置の先に広がる世界の座標を知る事くらい、ベザルオールにとっては容易い事である。

 そして、ミアリスは転移装置で勧誘する方法を取ったが、ベザルオールはもっとストレートに行く。


 強制召喚である。


 コルティオール行きの片道切符。

 有無を言わさぬ残虐な非道は、まさに魔王の所業に相応しい。


「くっくっく。……ぬぅん。出でよ、異次元から来訪する狂戦士よ!!」


 魔法陣にベザルオールの魔力が集中し、激しく火花がほとばしる。

 円柱形の炎が巻き上がり、それが収まると、そこには1人の男が立っていた。


 男は額から唇にかけて大きな刀傷があり、黒い髪を撫でつけたオールバック。

 サングラスが良く似合っており、浅黒い肌は強者の証か。


「くっくっく。よくぞ参った、異世界からの狂戦士よ」


 男は答えた。


「なんじゃあ、ここは!? ボケぇ! ワシゃボートレース見よったのに、どがいしてこんなところにんにゃいけんのじゃあ!?」

「くっくっく。突然の事に戸惑っておるようだな」


なぁにぬかしとるんじゃ、ゴルァ!! このじじい、おどれのせいでこがいなとこに来たんか!? はよう戻さんかい、ボケぇ!! 2-3で確定じゃったやろがい!! 20万の大勝負の途中やぞ、このボケェ!!」



「くっくっく。ガイル。ノワール。アルゴム。セーブポイントからやり直す事は可能か?」



 ベザルオール様、見事にダメな方を引いたようである。


 アルゴムは思った。

 「わぁー。この人、オーガと喋り方が似てるー」と。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔王城の謁見の間は、かつてないほど緊迫していた。

 とりあえず、鬼窪おにくぼ玉堂ぎょくどうに経緯を説明するガイルとノワール。


「ほいじゃあ、なにか!? おどれのちちんぷいぷいで、ワシゃこの訳の分からん世界に連れて来られたっちゅうんか!? 競艇は!? ワシの20万はどうなったんじゃ!?」


 男の名前は、鬼窪おにくぼ玉堂ぎょくどう。45歳。

 刃振はぶりぐみと言うヤクザの若頭を務めている。


「お、落ち着かれよ、鬼窪殿」

「なにを抜かしよるんじゃ、この頭ドラゴンズが!! ワシゃ広島ファンじゃボケェ!! 優勝しそうな時に限って邪魔しくさりおって、ボケェ!!」


「おぐぁっ!? ぐ、ぐぅぅっ」


 狂竜将軍・ガイル、ちょっと鬼窪さんに小突かれただけで謁見の間の壁に叩きつけられる。


「くっくっく。やはり我が召喚しただけの事はある。付与した最強の魔力を何の訓練もなしに、これほど使いこなすか」

「おう、じじい。偉そうな椅子に座りくさりよってからのぉ! 人と話す時は同じ高さでって中学校で習うちょらんのかぁ!!」


「くっくっく。なるほど、一理ある。では、余が椅子から下りよう」

「べ、ベザルオール様ぁ!!」


 鬼窪の指示通り、玉座から下りたベザルオール様。

 それを満足そうに見届けて、鬼窪は黙ったまま玉座に座った。


「くっくっく。鬼窪よ。ちょっと何してるのか分からない」

「ワシゃ小卒じゃけぇ、人と話す時の礼儀なんか知るか!! そもそもおどれぇ! 人じゃなかろうが!! 魔族じゃってさっき自分で言うたろうが、ゴルァ!!」



「くっくっく。これはもう、どうしようもないわね。モルスァ」

「べ、ベザルオール様ぁ!!」



 鬼窪は長い脚を組んで、タバコに火をつけた。

 じっくりと灰の中で循環させた煙を、ベザルオールに吹きかける。


「じじい。さっきうたのぉ? 四天王とやらを引き連れてぇ? なんちゃら言う農家のタマぁ取ったらこの世界のしのぎはワシのもんじゃて、ハッキリ言うたのぉ?」

「くっくっく。言っておらぬ」


 鬼窪は内ポケットから拳銃を取り出し、躊躇なくトリガーを引いた。

 ダァンと言う空を裂く音が響き、ガイルの足元の絨毯に穴が空く。


「とりあえずのぉ、ワシの住む家と食い物。あとは酒じゃあ。全部用意せぇ。こがいに辛気臭いとこで暮らせるかい! ほれ、ドラゴンズ! はようせぇ! 10秒以内じゃ! いーち、にーい!!」

「お、お待ちを!! スタッフぅー!!」


 こうして、コルティオールに新しい魔王が誕生した。

 やっちまったベザルオール様は思った。


 「くっくっく。とりあえず魔王城で同居せずに済んでおけまる。うぇーい」と。


 かなりお疲れのご様子である。

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