第77話 春日未美香とゴブリンのぶらり散歩
トマトの定植作業が続く中、春日未美香は暇を持て余していた。
柚葉はプリン工房に出掛けて行ってしまい、母屋には知った顔が誰もいない。
「くははっ。妹君。何やら時間を持て余しておられるようだが」
失礼。メゾルバがいた。
だが、未美香とメゾルバはそれほど接点がないため、たいして仲良くない。
「うーん。あたしもお兄の手伝いしたいって言ったんですけど。お兄が、未美香は試合を控えているからダメって言うんですよー」
「くははっ。我が主らしいお言葉よ。我が与太話のお相手を務めたいところだが、無念なり。これよりブロッサムを連れて魔獣の森へと赴かねばならぬ」
コカトリスプリンを増産するため、養鶏場の拡大が決定。
だが、せっかく施設を拡大しても中で育てるコカトリスがいなければ話にならない。
よって、メゾルバとブロッサムがコカトリスの生息地である魔獣の森を視察して来る事が決まったのだ。
「あ、そうなんですかー。気を付けて行って来て下さいねっ! メゾルバさん! 怪我しちゃ嫌ですよ?」
「ぐふぅっ……! この笑顔は……!! さすがは我が君の妹君よ……!!」
力の邪神・メゾルバ。
春日未美香の笑顔の餌食になった瞬間であった。
胸を押さえて飛び去って行ったメゾルバと入れ違いになって、ウリネがトコトコと駆けて来る。
「あれー? ミミっちだけ?」
「ウリネさーん! そうなんですよぉ! みんな忙しいみたいでー!!」
「ボク暇だよー! トマトの畑で『大地の祝福』済ませて来たからー!! ミミっち、一緒に遊ぼー!!」
「わーっ! いいんですか!?」
「もちろんなのだよー! なにして遊ぶー?」
「あっ! じゃあ、あたしゴブリンさんたちのところに行きたいです!!」
「ゴブリンのとこー? いいけど、面白いかなぁ?」
「ゴブリンさんたち、結構可愛いじゃないですか! 行きましょうよぉー!」
ウリネは「まあミミっちが良いなら、いっかー!」と答えて、2人で農場の外へと出掛けて行くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ゴブリンたちは4分の3が農地開墾作業に駆り出されている。
だが、500匹を総動員すると統率が取れなくなるため、4分の3が適正値であると黒助は定めた。
そして、それはズバピタで的中している。
では、残ったゴブリンたちは何をしているのかと言えば。
「わーっ! 見て、見て! ウリネさん! ゴブリンさんたち寝てる!!」
「んー。ゴブリンは知能が低いからねー。用がない時はすぐ寝ちゃうんだよー。行動がシンプルなんだよねー」
だが、ゴブリンたちは未美香の匂いを覚えていた。
1匹が未美香に気付き、「ギギィィ!!」と仲間たちに天使の来訪を知らせる。
すると、数十匹のゴブリンが一斉に起き上がる。
「わぁーっ!? どーゆうことー!? えー!? ミミっちー!?」
「ギ、ギ、イ!! ……ミ、ミ、カ!!」
「あはっ! 覚えててくれたんだぁ! そだよ! 未美香だよ! みんな、元気だった?」
「ギィギギィィ!! ギギギィゲェァ!!」
ウリネは驚いていた。
ゴブリンの知能では、同族とそうでない者とを区別するのが限界であると言うのがコルティオールの常識。
だが、このゴブリンたちは明らかに未美香を1人の特別な個体として認識している。
「み、ミミっち!? ゴブリンたちに何したのー!?」
「えーっ? ちょっとあたしの名前を教えてあげただけですよ?」
「ゴブリンと意思疎通を試みる」と言う時点で理外の発想である。
ウリネは呆れと恐怖と尊敬が混ざった感想を述べた。
「あー。ミミっちもやっぱり、クロちゃんの妹なんだねー」
「へっ? そうですよ! 血は繋がってないですけど! お兄はあたしのお兄です!!」
ゴブリンが2匹、未美香の手を取り彼女を引っ張る。
ウリネは慌ててそれを止めようとする。
ゴブリンの爪は鋭く尖っているため、軽く触られただけでも人間の皮膚を傷つけてしまうからだ。
「ミミっち! 危ないってばー!!」
「平気ですよ? ゴブリンさんたちの手、大きいけど温かくてあたしは好きだなー!」
「ご、ゴブリンの爪が引っ込んでる……!!」
ウリネがツッコミ役やリアクション役に回らなければならない。
これが春日家の力である。
「あははっ! そんなに引っ張らないでよ! どこかに連れて行ってくれるの?」
「ミ、ミ、カ! ギギギィギィ、ギギ!!」
ゴブリンたちが指さす方向には、窪地があった。
どうやら未美香をそこへ案内したいらしい。
「ウリネさーん! あそこまで行っても良いですか?」
「待ってー! ボクも行くからー!! クロちゃんの家の子はみんなマイペースだなー。もー」
四大精霊のマイペース担当ウリネさん、未美香に翻弄される。
と言うか、四大精霊を翻弄しない春日家の人間はいないような気がしてならない。
ゴブリンたちに導かれるままに、農場から1キロ離れた窪地へやって来た未美香とウリネ。
そこには、青い花が咲き乱れていた。
「わぁ! 綺麗だね! ゴブリンさんたち、これをあたしに見せてくれるつもりだったんだ! ありがと!」
「ギギギィ! ギィ、ギィギィイ!!」
ゴブリンが青い花を引っ張ると、玉のような果実が姿を現した。
それを爪で割ると、ゴブリンは食べて見せる。
「ギィ! ギギギギィ! ミ、ミ、カ!! ギギィギィ!!」
「ほえ? くれるの? ありがと!」
「ストップだよー!! さすがのボクでも、ゴブリンが寄越して来たものを警戒しないで口に入れたりしないよー!? ミミっち、待って待ってー!!」
「平気ですって! ゴブリンさんたちも食べてますし! いただきまーす! あむっ」
「ミミっちー!! なんで言う事聞いてくれないのぉー!?」
「あ、これ美味しいです! ウリネさんも食べてみて! メロンみたいな味がする!!」
ウリネは観念した。
「春日家のメンタル」をようやく脅威に感じる。
これは四大精霊の中で最も遅い洗礼であった。
「……食べるよー。もしお腹壊してもミアリス様が治してくれるしー。あと、ミミっちだけがお腹壊したらクロちゃんに絶対怒られるしー」
「あははっ。もう1個くれるの? じゃあ、おかわり!!」
「ミミっち……。んー!? ホントだー! おいしー!! こんな植物、コルティオールにあったんだー!!」
「あははっ! ウリネさん、土の精霊なのに! あ、そだそだ! これお兄に持って帰ってあげよ! きっと喜ぶよ! ゴブリンさんたち、お願いできるかなぁ?」
「ギギッ! ギィィ!!」
それからゴブリンたちは、青い花のメロンを慣れた手つきで収穫した。
再びゴブリンと未美香の散歩が始まり、20分後、農場の外で妹を探して泣き崩れている黒助と出会うのだった。
この青い花のメロンは『ゴブリンメロン』と名付けられ、黒助によって道の駅で販売される事になる。
なお、その売上金は全額、未美香のテニス用品購入費として貯蓄されるのだった。
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