第76話 トマトの植え替えだ! 春日大農場!!
魔王軍が激しく揺れている一方で、春日大農場でも大きな動きがあった。
「お前たち、おはよう。体調の悪い者はいないか? 今日は気温が高い。暑いと感じる前にこまめな水分補給を心掛けろ。無理をして働くのが正しいなどと言う価値観だけは持ってくれるな。辛い時はすぐに無理だと言える勇気を持て」
春日黒助による朝礼が行われている。
彼は端的にその日の作業工程と注意事項を述べる。
間違っても炎天下の中、全校朝礼でソロライブする空気の読めない校長先生のような愚行は犯さない。
「今日は予告していた通り、トマトの苗を新しい畑に定植する。トマト班はリーダーのイルノの指示をよく聞いて行動するように。開墾班からも半数はトマト班のサポートに入れ。では、解散。今日も頑張ろう」
邪神が攻めて来るのを傍目にせっせとトマトを種から苗にまで育て上げたイルノ。
そのチェックポイントがやって来た。
畑への植え替えである。
トマトの苗はデリケートだが、畑に植えられるサイズになるとウリネの『大地の祝福』によって成長速度の促進が可能になる事は何度も繰り返した実験により明らかになっている。
つまり、この定植作業がトマト班の天王山。
特にリーダーのイルノの士気は高い。
「黒助さん! イルノはやってやるですぅ! トマトちゃんたちには気持ちよく育ってもらうですぅ!!」
「ああ。イルノ、今日までよく育ててくれた。見事な苗だ。色つやも良く、虫食いもない。根っこもしっかりと伸びている。文句のつけようがないぞ」
「えへへ。頑張りましたですぅ」
「ぐっはっは! イルノは我が子のようにトマトを育てておりましたからな! ワシも隣のサツマイモ畑から見守っておったゆえ、よく知っておりまする!!」
「あっ。ゲルゲさん」
「うむ。どうしたのだ、イルノ!!」
「ちょっと暑いので、あっちに行ってくださいですぅ。トマトちゃんに悪影響ですぅ」
「……黒助様。ワシはサツマイモ畑に向かいます。探さないでくだされ」
水の精霊、火の精霊に「あっち行ってろ」と言う。
普段のイルノの性格を考えるとこれは異例の事態であり、それだけトマトに賭ける情熱の温度が伺えると言うもの。
「黒助、ちょっといいかい!?」
「ヴィ、ヴィネさん!! やぁぁっ! 『スプラッシュアロー』!!」
「えっ、なんであたいに攻撃はぁぁぁぁぁっ!!」
「ヴィネさん。トマトちゃんが腐ったら……。イルノは何するか分からないですぅ!!」
水の精霊、死霊将軍に「こっち来んな」と言う。
この段階になると、女神軍の幹部たちも「今日のイルノはやべー」と察し始める。
その証拠に、魔獣将軍・ブロッサムはそそくさとコカトリスの養鶏場へと走り去り、それを追うように鬼人将軍・ギリーはプリン工房へと移動した。
イルノの補佐をするのは、ミアリスとセルフィ。
「オーガとリザードマンはウチについて来てー。とりあえず、全員でマルチの確認するしー。穴空いてたり、ねじれてたりしてたら報告よろー」
気付けばセルフィもすっかり農家のギャルである。
実家が農業をやっている年頃の娘にしか見えない。
「皆さん、優しく丁寧な作業でお願いしますですぅ!!」
「イルノったら、あんなに大きな声出して。よっぽどトマトが育っていくのが嬉しいのね」
「結構な事だ。本気で接した分だけ農作物も応えてくれる。それを繰り返していく事で、一流の農業戦士になっていくのだ」
「たまに冷静になると、あれ、わたしたち何で農業やってるのかしら? って思う事もあるけど、悪くないわよね。こーゆう生活も」
直属の部下である四大精霊たちが農業にのめり込む姿を微笑ましく見守る女神。
そんな女神の肩を叩くのが、我らの事業主。
「お前も農業の素晴らしさが分かるようになったか。その気があるなら、現世に来てもいいぞ? 一緒に暮らすか?」
「ほぎゃあぁぁぁぁっ!! こいつ、不意打ちでわたしをすぐ落としに来るんだけど!! もう落ちてるのに、これ以上逝ったら堕ちちゃうじゃない!!」
ミアリス様が母屋の縁側でゴロゴロと悶絶しながら転がっているのをよそに、イルノは的確な指示と確かな目をもって、トマトの定植を進めて行くのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「こんにちはー! 兄さん、お昼ご飯のお漬物を持ってきましたよー!!」
「やっほやっほー! お兄もみんなもお疲れー!!」
「ああ、柚葉。すまんな。ん? 未美香も来たのか!? 学校はどうした!? 具合が悪いのか!? すまん、ミアリス! 俺は現世に戻って病院へ……!! いや、ミアリス! なんかお前のステキ魔法で未美香を救ってくれ!!」
今日は水曜日。
柚葉は大学の講義が午後から休講で手が空いていたため、昼食の用意をしてコルティオールにやって来た。
「もー。お兄、狼狽えすぎ! 今日はお昼から学校の設備点検でお休みなんだよ! 部活もできないから、お姉にくっついて来ちゃった!」
「そうだったか……。やれやれ。肝を冷やしたぞ。ん? ミアリスはどうしてぐったりしている?」
柚葉の前で跪いていたメゾルバが口から魂を吐き出している女神の代弁をする。
「我が主。察するに、主が女神を抱きしめている事に起因するのではないかと」
「ああ、そう言えばな。すまん、ミアリス。気付けばこうなっていた」
「くははっ。我が主にも分からぬ事があると見える」
「むーっ。ミアリスさん、ちょっとズルいです。メゾルバさん、これ、皆さんの分のお漬物です! 味見して良いですから、その後に切っておいてください!! 私は兄さんに抱きついて来ますから!!」
メゾルバは大量の漬物を受け取って、ため息をつく。
「やれやれ。くははっ。人間と言うものはなかなかに欲深い。邪神の方がよほどうわぁ、これおいしー!」
それから昼休みに入り、オーガとリザードマンの調理チームが握ったおにぎりと春日家の妹たちが作った漬物で体力を回復。
気力も充填させたところで、午後の作業に移っていく。
今日も春日大農場は平和であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、とある山脈にある魔王城では。
「べ、ベザルオール様! お気を確かに! それはいくらなんでも危険かと思われますぞ!!」
「あら。わたくしは悪い手ではないと思いますけれど」
「黙るのだよ、ノワール!! 魔王軍の長い歴史の中でも、このような危険を孕む賭けは記録に残っていないのだがね!!」
「そうは言いますけれど、ガイル? では、あなたはこの状況を打破できる策があるとおっしゃるのかしら?」
狂竜将軍と虚無将軍が舌戦を繰り広げていた。
何やら、魔王様がかつてない大胆な策に打って出る模様。
「くっくっく。時には失敗率が70パーセントを越えていても、敢えてアイコンをタップする勇気が必要とされる……。今こそ、まさにその時である」
アルゴムは思った。
「ベザルオール様の喩えがちょいちょい理解できないのは、私の努力不足なのだろうか」と。
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