第75話 嵐が去った後で

 夜の邪神が倒れた。

 その情報は、魔王軍の通信室で様子を見守っていたアルゴムによって、すぐに魔王および幹部の耳へと届けられる。


「べ、ベザルオール様ぁ!! 失礼したします!!」

「アルゴム、魔王様の御前で騒々しいのだよ。だが、その様子。察するに、ブランドールがやったのかね?」


 アルゴムは呼吸を整えようとするが、事態の深刻さに体が言う事を聞かない。

 「ぜひぃ、ぜひぃ」と肩で息をするアルゴム。


「くっくっく。ガイルよ。アルゴムに冷たい水を与えてやるが良い。それから、塩味の飴が引き出しの上から2番目にある。それも与えよ」

「は、ははっ! かしこまりました!!」


 魔王ベザルオールの適切な判断により、アルコムは数分ののちコンディションを整えた。


「も、申し訳ございませんでした。取り乱してしまうとは、通信指令の名折れ……!」

「良い。余も先日、夜中にトイレに行った際、窓の外に人影を見た気がして軽く過呼吸を起こした。誰の身にも起こり得る事態よ」


 なお、その人影は虚無将軍・ノワールの魔法によるものなのだが、その事実を知る者はいない。


「夜の邪神・ブランドール様について、ご報告がございます」

「ほう。やはりそうだったのかね。あの小僧に功を誇られるのは癪に障るが、これで農家に怯える事もなくなると思えばまあ、許容の範囲なのだよ」


「えっ、ああ。その、何と申しましょうか……」


 既にご存じの通り、ブランドールは春日黒助の手によって消滅している。

 が、その凶報をどうやったらオブラートに包めるかをアルゴムは考えていた。


 彼はなんだかんだ言っても魔王の忠臣。

 ベザルオールの心に負担をかけたくはなかった。

 が、「魔王様を偽ろうとしても、看破されるだけだ」と思い直し、彼は口を開いた。



「夜の邪神・ブランドール様が、異次元の農家に討ち取られました!!」

「くっくっく。……マ?」



 ベザルオールは静かに事実を呑み込んだ。

 まず、控えていたガイルに命令する。


「ガイルよ。冷たい水を持て。それから、引き出しの上から2番目に飴があるゆえ、袋ごと持って来てくれるか。くっくっく。ストレスで吐きそう」

「はっ、ははっ!! お待ちくださいませ!! すぐに!! つぁぁ! 『雷神速移動ライトニングクイック』!!」


 狂竜将軍・ガイル。

 肉体強化の魔法を披露しながら、謁見の魔を駆ける。


 それから20分ほど経ち、ベザルオールも心が穏やかに整い始める。

 彼は息を吐いてから続けた。


「くっくっく。こうなれば、魔王四天王を召喚するしかないのかもしれぬ」


「ま、魔王四天王!? そのような者たちがいるのですか!?」

「アルゴムは知らないのかね。コルティオールの四神として恐れられる、魔王四天王の存在を! 彼の者たちの実力は、五将軍にも勝ると言う……!!」


 アルゴムは、口に出して良いのか逡巡した。

 だが、ノワールが欠席している今、この具申ができるのは自分だけであると思い、立ち上がる。


「魔王様! 意見具申のお許しを頂けませんか!!」

「くっくっく。良い。申してみよ、アルゴム」


「この流れ、魔王三邪神が現れた時とまったく同じなのですが!! それと、三邪神よりも先に四天王を出すべきだったのではないでしょうか!?」

「あ、アルゴム……! 君は何と言う事を……!! 魔王様に逆らうのかね!?」



「し、しかし! 絶対に三邪神よりも四天王の方が弱いのではありませんか!?」

「くっくっく。それな。余も思っておったわ。やべ、出す順番間違えた、とな。失敗率50パーセントでうっかり特訓アイコンに指が当たった時のような気持ちである」



 その後「とりあえず四天王の件は保留にしておこう」と言う話になり、アルゴムとガイルはベザルオールの命によってブランドールを悼み、3分間の黙とうを行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、女神軍は。


「すまないね、ミアリス。あたいの守れなかった施設を新しく創造してもらうなんて。情けなくて逝っちまいそうだよ」

「気にしなくっていいわよ。あんなの相手に被害がこれだけだったとか。むしろ得した気分まであるもの。もうしばらく待っててね」


 ミアリスが戦いの事後処理に奔走していた。

 ヴィネは右足を負傷しており、その治療のためにウリネもやって来ている。


「ヴィネっち、頑張ったんだねー! ボクの『大地の治療ガイアキュアル』なら、イルノの回復魔法みたいにヴィネっちにダメージ与えないからねー! 安心していいよー!」

「まったく、情けないったらないね。この死霊将軍が怪我を診てもらうなんて」


 黒助はと言えば、ヴィネが抱えていたピンポコ豆の味噌と醤油の味を確認していた。

 彼は驚きながら、座ったままのちょっとセクシーなポーズになっているヴィネに尋ねる。


「おい。聞くが、ヴィネ。この醤油と味噌。お前が作ったもので間違いないな?」

「ああ、そうだよ。あたいが作ったものの中では1番まともだったからね。とは言え、まだ納得のいくデキには程遠いけどねぇ」


「何を言っている。……素晴らしい味だ! これならば、道の駅に並んでいる地場産の味噌や醤油にだって負けていない!! ヴィネ、これを量産できるか?」


 ヴィネは予想外の高評価に戸惑いながらも、「そ、そりゃあ、できるさ」と答えた。


「お前は本当によく頑張ってくれる。独りで作業をするのはさぞかし大変だっただろう。ミアリス! ヴィネの住まいを農場の近くに移したい! どうにか腐敗の影響を農場に与えない家を創ってくれるか!」


「い、いや! 黒助! そんな手間かけさせちゃ、あたいが申し訳ないよ!」

「バカタレ。これは農場の発展にも関わる、重大な決断だ。お前の発酵技術は既に春日ブランドの1つとしてカウントしている。ならば、俺の目の届く場所で暮らせ」


「黒助が言い出したら聞かないから、ヴィネも諦めなさいよ。わたしがちゃんと腐敗耐性に優れた建物を創造するから! 良かったわね、努力が認められて」


 ウインクするミアリスを見て、ヴィネは涙ぐむ。

 そして、それを手で拭ってから叫ぶ。


「はぁぁぁぁっ! 農業ってのは……! 発酵ってのは……!! たまらないねぇ!! 思わず逝っちまいそうだよ!!」

「そうか。逝くなよ。お前にはこれからさらに頑張ってもらわなければ困るからな」


 夜の邪神・ブランドールの襲撃をきっかけに、春日大農場は発酵食品の生産に着手する事となった。

 雨降って地固まる。


 魔王軍の襲撃の度に規模を大きくしていく春日大農場。


「オォォォォオォ。綺麗な土のあるところで暮らせる……」

「オォォォォオォ。綺麗な水のあるところで暮らせる……」


 すっかりデトックスの済んだリッチたちも嬉しそうであった。

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