第74話 夜の邪神の最期

「な、なんだ!? なんだそれは!? 農家ぁぁぁ!! それは何だぁぁ!!」


 夜の邪神・ブランドール。

 魔王三邪神の中でも最強を誇る彼にとって、自分の放った消滅魔法をかき消された事実は受け入れがたいものだった。


 百歩譲って、力の邪神・メゾルバにならまだ理解はできた。

 自分よりも劣っているとは言え、同じ邪神であれば、何かの間違いも起きるかもしれない。


 千歩、いや万歩譲って、死霊将軍・ヴィネや創造の女神・ミアリスが相手であっても、どうにか正気は保てただろう。


 万が一と言う事もある。

 同じく魔法を使う彼女たちならば、奇跡が起きれば消滅魔法に対抗し得る魔法を土壇場で編み出したかもしれない。


 窮鼠が猫を嚙む事だって許容しようとブランドールは考える。


 だが、目の前にいる春日黒助からは、何の魔力も感じられない。

 確かに、「異次元の農家は悪鬼の如き強さ」だと魔王城で聞いてはいたが、魔力のない者が魔力を制する理屈が分からない。


「今のは……。そうだな。少し待て。何か、キャッチーな名前が良かろう」

「はぁ、はぁ……!! だぁぁぁまれぇぇぇぇ!! 『イレイザービッグバァァン』!!!」


 再び放たれる、消滅の魔球。

 先ほどよりもさらに巨大な光球が、黒助に向かって迫りくる。



「やめんか! 今、考えてると言っとるだろうが! このバカタレ!! そぉぉぉらぃ!!」

「はがっ!? ぼ、僕の消滅魔法が……!? そんな、バカな……」



 黒助は素早く空気を握って固め、全力で消滅魔法の核に向けて投げつける。

 すると、禍々しい光球は呆気ないほど簡単に霧散した。


「……黒助。あんた。何て言うか、頭おかしいんじゃないの?」

「ミアリス。失礼な事を言うな。俺のどこがおかしい?」


「えっ? 空気を凝縮して攻撃に転用したところだけど? それを物理オンリーでこなしてるところだけど? キョトンとした顔をする理由をむしろ聞きたいわよ」

「そうか。よし、決めたぞ。『農家のうか剛速球キャノン』と名付けよう」


「うん。名前は聞いてないんだけど。理屈を教えてくれる? 何をどうやって空気を投げてるの?」

「ギュッとやってポンだ。簡単だろう?」


 そんな擬音だけで説明をした気にならないで欲しい。

 置いて行かれた方の身にもなれ。


「ぎぃぃぃっ! ふぅぅぅ!! この世界を、丸ごと消してやる!! 僕の全魔力を放出して! こんな世界、僕は認めない!! ぐぎゃぎゃぎゃっ!!」


「おい。ゲルゲ。なんかカリフラワーの様子があれなんだが。ブロッコリーに進化するのか?」

「す、凄まじい魔力が……!! これは、あの者の言う事は大袈裟ではございませぬぞ!! コルティオールが消し飛ばされるまではいかずとも、このままでは農場が!!」


「なんだと。それはいかんな。あと、しつこいようだがな。カリフラワーとブロッコリーは似ているものの、中身は別物だと覚えておいてくれ」

「は、ははっ! しかと心に刻んでおきまする!!」


 黒助は「よし」と満足そうに答えてから、凄まじい勢いで空中にある何かを握り、固める。

 その作業を7回繰り返して、彼の前には確かに空気の塊のようなものが創られていた。


「カリフラワー! 俺が相手をしてやる! ヤケクソになるな!! その力、全部俺に向けて来い!!」

「ふ、ふざ、ふざけやがってぇぇぇ!! 消えろ! 消えろ、消えろ!! 『イレイザーエンド』!!」


 ブランドールが四方八方に撃ち出した消滅の光球が、不規則な動きをしながら黒助に襲い掛かった。

 同時に黒助も空気の塊を手に取って、投げつける。


「そぉぉぉい! うぉぉぉらぁぁぁ!! よぉぉぉいしょぉぉぉぉぉ!!!」


 その攻防は、時間にしてわずか20秒ほどだった。

 だが、その様子を傍観していた者たちには、永遠に近い20秒だったと言う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 ブランドールの放った光球は全て黒助の『農家のうか剛速球キャノン』によって破壊される。

 勝負はもはや決していた。


「おい。そのくらいで良いだろう。カリフラワーの邪神。もう諦めろ」

「ぎゃぎゃぎゃ! ききれらららららららららっ!!」



「メゾルバ。あいつ、ゴブリンの仲間か何かか? 通訳してくれ」

「我が主も無茶をおっしゃる」



 ブランドールは魔力を使い果たしていた。

 魔力は邪神の命とメゾルバは語っている。


 つまり、夜の邪神としての知性どころか、生命を維持できない状態に陥ってしまったのだ。


「なるほど。聞くが、メゾルバ。あいつはもう助からんのか?」

「不可能である。我ら邪神は魔力も唯一無二。他者から提供されても拒絶反応を起こす。ゆえに、そこの女神や死霊将軍には無駄な事をせぬように忠告されるが良い」


 これまでも敵対した魔王軍の刺客を、何だかんだ紆余曲折はあるが、結果的には救いの手を差し出して来た黒助。

 そんな彼が求めるだろうと、ブランドール救済のために自分の魔力を分け与えようとしていたミアリスとヴィネだったが、その行為は徒労に終わる。


「そうか。助からんか。ずいぶんと苦しそうだが?」

「我も死んだことがないゆえ、どれほどの苦痛かは計り知れぬが、主にボコられた際に絶望を味わった身とすれば、想像を絶するものがあるかと」


 かつて最も死に近い経験は黒助で済ませたメゾルバ。

 その言葉には説得力があった。


「黒助様? 何をなさるおつもりで!?」

「確かにカリフラワーの行動は目に余る。ヴィネを不意打ちで襲ったり、弱いミアリスを狙ったりと、まあ褒められたものではない。だが」


「い、いかがなされるのですか?」

「だが、今わの際まで苦しむ事はなかろう。介錯をして来る」


 そう言うと、黒助は空を駆けあがる。

 あっと言う間にブランドールの目の前に立つと、彼は消えゆく邪神に告げる。


「おい。お前、カリフラワーじゃなくて、ブランドールと言うらしいな。この世界に輪廻転生があるのか知らんが、次に生まれて来る時は野菜好きになれ。そうすれば、美味い野菜を山ほど食わせてやる。いいか? ブランドール。分かったら返事しろ。引っ叩くぞ、このバカタレ」

「ぎ、ががが。……ぐが」


 黒助の言葉が届いたのかは分からない。

 だが、ブランドールは最期に小さく頷いた。


「そうか。では、達者でな。……うぉぉぉらぁっ!! 『農家のうかパンチ』!!」

「ぐげが……。ぎぃばが……」


 黒助の拳が崩れ始めていたブランドールを捉えると、夜の邪神は塵となって消えて行く。

 頭上には2つの太陽が輝いており、夜の邪神にこの世界はいささか眩し過ぎたのかもしれない。



「……なんか、今回の黒助さ。すっごく英雄っぽいんだけど」

「ああ、本当にね。あたいも昇天しちまいそうで、直視してられないねぇ」



 創造の女神と死霊将軍が思わず逝っちまいそうになった事も、無理からぬことだろう。

 今日の春日黒助は、紛れもなくコルティオールの英雄だった。

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