第73話 春日黒助、魔法(のような何か)を習得する

 噂をすれば影が差す。

 これは何も、現世に限った事ではなかったようである。


「ぬぅおぉぉぉぉ! 黒助様ぁ!! このゴンゴルゲルゲ、異常な魔力を察知いたしましたぞ!! 農場の代表として馳せ参じましたぁぁ!!」

「そうか。ゲルゲ。気持ちは充分に受け取った。だから帰れ」


 火の精霊・ゴンゴルゲルゲ。

 主君のために火中へと飛び込んで来る。


「そ、それはあんまりなお言葉!! ワシとて四大精霊の一角! なれば、相手が誰であろうと援護射撃くらいできずして何と致しますかぁ!! ぬぅおぉぉりゃ! 『フレアボルトナックル』!!」


 ゴンゴルゲルゲ渾身の一撃は、ブランドールの『イレイザーハンド』によって特に盛り上がりも見せずに消滅した。


「なんとぉ!? 黒助様、あの者は一体!?」

「カリフラワーの邪神だ。なんでも、三邪神最後の売れ残りらしい。それからもう帰るな。お前、下手に動くと死ぬぞ」


「か、カリフラワー……!! それは一体どのようなものでございまするか!?」

「良い質問だな。カリフラワーは白く、見た目の面白い野菜だ。ブロッコリーと言う似たような形の野菜と仲間だと思われがちだが、実はルーツも品種も全然違う。茹でるとホロっと崩れるような食感になる。甘みが強いな。美味いぞ」


 ゴンゴルゲルゲは息を呑む。

 「そのようにステキな野菜の名を冠した邪神がおるとは……!」と戦慄した。


「ふ、ふふふっ。農家! お前はもういい!! とりあえず、お前以外の生物を全て消滅させて、僕は一度魔王城に戻る事にするよ! 精々、少しばかりの平穏を! 仲間を守れなかった無力感に苛まれながら過ごすと良いさ!! あははっ!!」


 ブランドールは状況を把握して、自分の感情を殺す事に成功していた。

 個人的な心境としては、最強の魔法と自負している消滅魔法が効かない黒助の存在を認めたくない。


 だが、それについては一度持ち帰り、後日改めて殺してしまえば良いのだ。

 時間的制約がある訳でもないのだから、今日のところは女神軍に損害を与えておけば良しとするべきだと結論付けた夜の邪神。


 彼は若いがゆえに冷静さを失うが、若いがゆえの切り替えの速さも持ち合わせている。


「まずいな。俺の想定していた嫌なパターンがほとんど完成してしまった」

「なんと!? どういう事でございまするか!?」


「お前が原因……いや。悪気はないし、何なら善意からの行動だ。それを咎めるようでは俺も事業主としての器が知れる。気にするな、ゲルゲ」

「ははっ! よく分かりませんが、気にしませぬ!!」


 とは言え、ピンチは続く。


 消滅魔法を喰らって生存可能なのはメゾルバだけだが、話を聞く限り邪神の再生にも限りがあるらしい。

 ならば、結局のところ黒助はミアリス、ヴィネ、ゴンゴルゲルゲにメゾルバと4人を守りながらブランドールを迎え撃たなければならない。


 『イレイザーハンド』で攻撃される分にはどうかなるが、例えばその手が2つに増えたらどうか。

 邪神なのだから、手は2つだけと言う訳でもないかもしれない。

 3つになれば。4つ。もしかすると5つ同時に出す事も可能かもしれない。


「これは……。かつてないほどのピンチだな」


 黒助は考えを改めた。

 この距離を取られた状況で、ブランドールを攻撃する手段をこれから生み出すのだ。


「おい。ミアリス」


 黒助はコルティオールを統べる女神の名を呼んだ。


「な、なによ? わたし、もう割と命を諦めてるから、気にしなくて良いわよ? あんたと過ごした3ヶ月間、悪くなかったわ」

「勝手に締めくくるな、バカタレ。ミアリス。聞くが、俺にも魔法は使えるか?」


 春日黒助。

 魔法を習得する事を決意する。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あっ! そうよ! あんたの肉体はコルティオール産なんだから、魔法使えるわよ!! なんで気付かなかったのかしら!!」

「そうか。では、使い方を教えてくれ」


 コルティオールの大気には『魔素まそ』と呼ばれる魔力の種が混じっており、魔法は魔素を集めて体内に取り込み、それを凝縮して発するものである。

 説明を聞いた黒助は答えた。


「なるほど。サッパリ分からん」

「でしょうね! 途中から説明聞くのも諦めて、飛んでるチョウチョ見てたもん!!」


「選手交代だ。ヴィネ。聞くが、要するに魔素と言うヤツを掴めば良いのか?」

「つ、掴む!? あ、あたいの感覚とは違うけど。まあ、それでも魔素を取り込む事にはなる……のかい!? いや、ちょっとあたいには分かんないね」


 黒助は「なるほど」と言って、試しに目の前に手を伸ばし、グッと握り込んでみた。

 何やら、手ごたえがあったらしい。

 彼はミアリスとヴィネに聞いた。


「おい。聞くが、これは魔素か?」


 女神と死霊将軍は注意深く黒助の右の手の平を観察した。



「……あのさ、それ多分だけど、大気そのものを掴んでるわね。どうなってるの? あんた、空気掴めるの? 待って、ごめん。意味が分かんない」

「そうか。これは空気だったか。思えば、空気を踏んだ時の感触に似ている」



 ヴィネは黒助の人知を超えた力技に「ああああっ、逝っちまいそうだねぇ!!」と叫んだ。

 同じタイミングで、ブランドールが宣言する。


「バカの集まりめ! 僕を無視して話なんかしているから!! これをご覧よ! おかけで巨大な消滅の球を作る事が出来たよ!! はははっ! 全員消えてなくなれ!!」

「……なんかデカい球体ができているな。ゲルゲ。聞くが、あれはヤバいのか?」


「や、ヤバいなんてものではございませんぞ!! 凄まじい魔力で……!!」

「イマイチ分からん。もののけ姫で喩えてくれるか?」



「シシ神様くらい危険でございまする!!」

「なんだと!? シシ神は生と死を併せ持つ神だぞ!? 自然そのものだぞ!? ……まずいじゃないか」



 なお、春日大農場ではレクリエーションとして月に一度「ジブリ映画鑑賞会」が開かれており、従業員たちは既に『もののけ姫』と『ハウルの動く城』に加えて『風の谷のナウシカ』を視聴済みである。

 ちなみに、今月は『魔女の宅急便』が上映される予定。


「ふっ、あははっ! 消えろ!! 『イレイザービッグバン』!!」

「……よし。試しに空気を投げてみるか」


 黒助は両手で目の前にある空気を握り込み、雪玉を作る要領でギュっと固める。

 意外とスムーズに作業は進み、なんだか硬い球のようなものができた。


 美しいフォームで振りかぶると、上空より飛来する『イレイザービッグバン』に向かって力いっぱい投げつけた。



「そぉぉぉぉぉぉぉぉいっ!! らぁぁぁぁっ!!」

「バカな農家め! 正体を失くしたな!! あはははっ!! はははっ!! は、はは、は? ……僕の『イレイザービッグバン』は?」



 ブランドール渾身の消滅魔法が、黒助の投げた空気の塊によって砕け散る。

 黒助は確信した。新たな力の発芽を。


「ミアリス。聞くが。これが魔法か。なかなか便利なものだな」


 ミアリスは穏やかな口調で、何かを悟ったような瞳で、黒助の問いに答える。


「ううん。違うわよ? それは魔法じゃなくて、物理ね」


 春日黒助。

 最強の農家が魔法のようなものを習得した瞬間であった。

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