第72話 消滅魔法の脅威! かつてない大ピンチ!!(主にビジュアルが)

 夜の邪神・ブランドール。

 彼の歴史は常勝の積み重ね。


 敗北の味を知らずに生きて来た邪神は、現在その心に去来している感情を持て余していた。


「嘘だ。嘘だ、嘘だ!! 僕の消滅魔法は本気で放てば魔王様だって消す事が可能なんだぞ!? それをどうして農家! お前は何度も喰らって消えないんだ!?」

「知らん。だが、俺のツナギを攻めた感じに加工したお前の魔法は充分に脅威だ。自信を持て。何なら、その魔王様とやらを消してからもう一回訪ねて来い」



 ベザルオール様、ひっそりと命の危機に陥る。



「……ふぅ。そうだ、僕の魔法は完璧だ。その証明をすれば良い。……『イレイザーハンド』」

「くははっ。何度も女神と死霊将軍を襲うとは愚かな。我の存在を忘れたか!」


 当然のように削り取られるメゾルバの両腕。

 それを見た黒助は力の邪神に駆け寄った。


「おい。メゾルバ。……お前、身を挺してミアリスとヴィネを。まさか、両腕を失わせてしまうとは。これは俺のミスだ。すまん」

「くはははっ。心配には及ばぬ、我が主よ。っずぁあ!! この通り、我の体は再生可能。先刻も言った通り、邪神の体は魔力の集合体も同じ。ならば、体の再構築など」



「先に言わんか! このバカタレ!! 心配して損をした!!」

「めりひょんぽぇぇぇぇぇぇぇぇっ」



 黒助のゲンコツがメゾルバを完璧に捉えた。

 相手が魔力の集合体だろうが何だろうが、気合を込めたパンチは当たるし痛い。


「ふふっ。仲間割れかい? どうやら、やっと僕の恐ろしさに気付いたようだね。さあ、次こそまずは女神を消すから、覚悟するといいよ!」


「むっ。しまった。貴重な盾が地中に埋まっている。おい、メゾルバ。早く出て来い」

「くははっ。我が主も無茶を言う。今、必死になって這い上がっているところである」


 黒助、采配ミスを犯す。

 彼は基本的に本能で戦っているため、計算しながらの戦闘には向いていない。


「それ! どう防ぐ気かな!? 『イレイザーハンド』!!」

「ぬっ。これは避けられんな」


 黒助の後ろ数メートルに足を怪我したヴィネと、彼女に寄り添うミアリスがいる。

 彼は従業員の先頭に立つことを是とする事業主。


「あははっ! 獲ったぁ!! 完璧に今! 僕の『イレイザーハンド』が農家を削り取ったぞ!! 調子に乗るからいけないんだよ! あはははっ!!」


 黒助は『イレイザーハンド』によって、消滅させられた。



「……俺のツナギが。まさか、これほどまでとはな」


 そこには、全裸になった春日黒助が立っていた。



「……訳が分からないよ」

「無責任な事を言うな。お前の不思議魔法のせいで、俺のツナギが消えてなくなったんだぞ。自分の攻撃には責任を持て。訳は分かれ」


 黒助の愛用していたツナギは、もうこの世界には存在していない。

 今の彼には、逞しい腕とバキバキに割れた腹筋。

 ガンダムみたいな太ももと、鬼神が宿る背中しか残されていない。


 冷静に見てみると、割と色々残っていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「おい。ミアリス。聞くが」

「ほぎゃあぁぁぁっ!! あ、あんたぁ! 全裸でこっち向くんじゃないわよ!!」


 身軽になった黒助は、振り返りながら質問した。

 大事な質問なので、彼は繰り返す。


「聞くが。ツナギを創造することは可能か?」

「か、可能だから!! あっち向きなさいよぉ!!」



「ワークマンのツナギで色はオレンジ。サイズはLで頼む。採寸が必要か?」

「ふぉぉぉ!! もうヤダ、こいつ!! 両手広げて全裸で近寄って来るんだけど!! 想像だけど、現世のアメリカだったらあんたもう撃ち殺されてるわよ!?」



 ミアリスからピンポコ豆を投げつけられた黒助は「なるべく丁寧に創造してくれ」と言ってから、ブランドールの方へ向き直った。


「おい。カリフラワーの邪神。お前、もういい加減にしてとっとと帰れ。俺のツナギを台無しにしたのは大金星だ。魔王とやらに報告して来い」

「なんなんだ、こいつ……! 僕の消滅魔法を完璧に喰らって、なんで裸になる? い、意味が分からない……!! 僕の魔法は防御不可のはずなのに……!!」


 と、ここで地中から頭を出す事に成功したメゾルバが、その状態でブランドールに警告する。


「くははっ。ブランドール。貴様は勘違いをしている。我が主は生物の理から解脱したお方よ。生物の括りで考えている貴様に勝ち目などないわ」

「解脱して堪るか。俗世にまみれとるわい。勝手な事を言うな、メゾルバ」


 黒助はブランドールが勝手に悩み苦しんでいる間に、策を練る事にした。

 彼は考える事が苦手なのではなく、考えないスタイルで生きているだけなのだ。

 ゆえに、考えれば作戦だって立てられる。


 現状、ブランドールの魔法を防ぐ事ができるのは自分だけだと黒助は理解している。

 つまり、夜の邪神が消滅魔法を放つ度に彼の行動は制限される。


 これはかつてない大ピンチであった。


 ブランドールからすれば、攻撃をし続けている限り自分の身の安全が保たれる。

 まさに攻撃は最大の防御。孫子の教えは異世界にも生きていた。


「ミアリス。聞くが」

「ツナギでしょ! できたわよ!! はい! どうぞ!!」


「そうか。すまんな。……重ねてすまんが。俺はノーパンでツナギを着るのか?」

「知らないわよ!! いいからさっさと色々隠して! さっきからビジュアルが最悪なんだから!!」



「すまんが、パンツも創造してくれるか。ユニクロのトランクスタイプで頼む」

「……わたし、創造の女神ヤメたい」



 何度目か分からない心の骨折をしたミアリスに変わって、ヴィネが答弁に立つ。


「黒助! あたいに分かる事なら何でも聞きな!!」

「そうか。では、聞くが。俺には魔法とやらを使う事は可能だろうか?」


「意外と分かる事じゃなくて、今、あたいは結構焦ってるよ!!」

「そうか。実は、攻撃について悩んでいる。あのカリフラワー坊主を殴るためには、空を走る必要がある。ここまでは分かるな?」



「いや、ちょっと分かんないね」

「そうか」



 黒助は少し黙ってから、続ける。


「空を走ってカリフラワーに迫ったとする。だが、ヤツにより高い場所まで飛翔されると、防御の必要な範囲が広くなる。つまり、俺が攻撃に打って出るとお前たちを守れない。これでは消耗戦だ。ここで想定されるのは、戦闘が長引けばゲルゲ辺りが駆けつけて来るだろう。そうなると、さらに守る対象が増える。分かるな?」


 春日黒助。

 彼はコルティオールに来て3ヶ月経ち、ようやく魔法に対する考え方を改めた。


 今は遠距離攻撃の手段が欲しいと願ってやまない、全裸の農家である。

 それからミアリスが泣きながら創造したトランクスを穿いてツナギを着た黒助だったが、依然としてかつてないピンチは継続していた。

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