第71話 全てを滅する夜の邪神VS絶対に消えない農家
夜の邪神・ブランドール。
彼は、倒すべき『異次元の農家』について何も知らずに攻めてきていた。
「目に留まる生物は全部消してしまえば良いじゃない」と言う、短絡的だが圧倒的でもある考えを根底に、ブランドールは襲来した。
彼にはそれが出来るだけの力があった。
「はははっ! 君が魔王様の言っていた敵かぁ! 探す手間が省けたよ! 会ったばかりだけど、お別れだね!!」
『イレイザーバースト』は直径3メートルほどの巨大な光球。
スピードはそれほど速くないものの、黒助たちのいる場所へ向かって着実に迫っていた。
その道すがら、木々や草花。
果ては地面まで。
接触したもの全てを消滅させて光球は進む。
「だ、ダメよ! 黒助!! これは受けちゃダメ!! 次元を削り取る魔法なんて、もう反則みたいなものなんだから!!」
「あたいは一度諦めた命だからね! 気にしないで、ミアリスと一緒に避けなよ!! 黒助が死ぬなんて、逝っても逝き切れないだろう!?」
「自然を破壊するんじゃない! この、バカタレがぁぁぁぁっ!!!」
「ははははっ! あはははっ!! 消えた、消えた!! 農家が消えた! ……いや、待ってよ。……なんで普通にいるの!?」
春日黒助、消滅魔法を消滅させる事に成功する。
「く、黒助!? ウソでしょ!? あんた、魔法を無効化できるの……?」
「何を言っとるんだ、ミアリス。俺はただ、気合を入れてパンチしただけだが」
「えっ、いや、えっ? ちょっとごめん! 久しぶりに理解が追いつかない!! 確かにわたし、あんたに最強の肉体を与えたけども!! それって物理じゃない!? 魔法とは別問題って言うか!!」
混乱するミアリスに近づいた黒助は、彼女の頭をポンと叩いた。
「聞くが。ミアリス。怪我はしていないか?」
「ふぐぅっ!! なにこの絵に描いたようなヒーロームーブ!! わたしの理性が消滅しそうなんですけど!!」
黒助は「そうか」と答えて、座り込んでいるヴィネの元へ。
「ヴィネ。……お前、その足はどうした? 痛むか?」
「こ、こんなもん、かすり傷さ! どうってことないよ!!」
「……そうか。あの小僧の仕業か。なるほど。理解した。メゾルバ」
「何用で? 我が主」
黒助は腕をブンブン回転させながら、力の邪神に質問する。
「邪神の事は邪神に聞けば済む」と言うのは、彼らしいシンプルな思考だった。
「聞くが。邪神と言うのは生物ではないとお前はいつか言っていたな?」
「主の言う事、いちいちごもっともである。然り。我らは魔力の集合体であり、意志を持つ無生物と呼ぶべき存在」
「つまりだ。あの小僧を消してしまっても特に問題はない訳だな? 心を痛める家族や、友人。恋人などはいないな?」
「くははっ。邪神にそのような存在など不要!」
黒助は「そうか」と答えて、メゾルバの肩を叩いた。
「では、お前はもう邪神ではないな。うちの従業員はみんな家族だ。俺は、お前が消えたらそれなりに悲しい。よって、邪神の定義からは外れる。違うか?」
「我が主は……。くははっ、なんと慈悲深い……!!」
「ごめん。メゾルバさ。わたしたちの後にトゥンクって顔すんのヤメてくれる? なんか、さっきのわたしたちのやり取り上書き保存されたみたいで、すごいヤダ」
「同感だねぇ! 助けてもらっといてこんな事、本当に言いたくなかったんだけどねぇ! 逝っちまえばいいのにって今、あたいは思ってるよ!!」
力の邪神・メゾルバ。
今回は責められる要素がないにも関わらず、女神と死霊将軍に怒られる。
対して、面白くないのは夜の邪神・ブランドール。
彼は生まれてからこれまで、自分の消滅魔法で消せなかったものはなかった。
つまり、春日黒助は自分のアイデンティティを脅かす存在。
面白おかしく殺戮の限りを尽くす事だけがブランドールの愉悦であり、彼は自分の力に対抗する強敵など求めてはいなかった。
「は、ははっ。これまで一撃で殺せなかった相手なんていないから、力加減を間違えたみたいだね。確かに君は、何か違うみたいだよ。農家」
「黙れ。良質なカリフラワーみたいに白い小僧。一応聞くが。お前、うちの大事な従業員に何をしようとした?」
「決まっているじゃない! この世から消そうとしただけだよ! 僕は夜の邪神! 月のない闇夜のように、全てを無に帰する権利を唯一与えられた存在だよ!!」
「そうか。ちょっと難しくて何を言いたいのか分からんが。察するにお前、中二病と言うヤツだな? 鉄人が言っていたのを聞いたことがあるぞ」
ブランドールの見た目は中学生から高校生の男子。
発言は、なるほどなんだか全体的に痛々しい。
夜の邪神は中二病である。
黒助がそう決めたのなら、それが真実なのだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ブランドールの消滅魔法は、効果こそ「対象をこの次元から消し去る」と言う一点のみだが、その発現は豊富なバリエーションを誇る。
例えば、細く鋭いボウガンの矢のように形成した魔力を相手の心臓目掛けて放てば、そこにはぽっかりと穴が空く。
心臓が消滅するのだから、生物である限り生存するのは難しい。
「丈夫なオモチャとしてコレクションしてあげても良かったんだけどね! 君、ちょっと態度が悪いよね!!」
「お前に言われたくないな。俺が中学生の頃は、きっちり詰襟のボタンまで留めていたぞ。なんだお前、その服は。安い古着屋で買ったのか? ヘロヘロじゃないか」
「だ、黙れぇ! 『イレイザークロスボウ』!!」
「うっ!? ぐ、ぐぁぁっ!!」
ブランドールの放った矢が、黒助の左胸を捉えた。
にわかには信じられない事だが、黒助の胸を貫いた魔力の矢はそのまま貫通して、虚空を漂い消えて行く。
「く、黒助ぇ!!」
「なんてことだい!! ま、まだ! すぐに治療をすれば間に合うだろう!?」
地面に膝をつく黒助は、左胸を押さえる。
そして、力なく呟いた。
「ツナギが破れた……。左の乳首の部分がピンポイントで……。柚葉に怒られるではないか……。何と言う恐ろしい攻撃だ……」
ヴィネはデジャヴを感じていた。
それが既視感ではなく、思い出だと気付くのに時間はかからなかった。
彼と戦った時に、ヴィネは腐敗魔法を仕掛けて彼のツナギを破り乳首を露わにさせた事があった。
「あの時は衝撃的だったねぇ」とため息をつくにつけ、ブランドールの心中もさぞや荒れているだろうとヴィネは思った。
実際のところ、ブランドールは事態を理解できずにいた。
ゆえに、彼は感情を露わにして叫ぶ。
「お前ぇぇ! どうして!? どうして僕の消滅魔法を喰らって平然と生きている!?」
「バカタレ!! ツナギの乳首の部分が大惨事だろうが!! どこが平然だ! 近視かお前!! よく見ろ!! むちゃくちゃ落ち込んどるわ!!」
ここまでの被害状況をまとめておこう。
春日黒助のツナギの乳首の部分が消滅させられた。
その結果、夜の邪神・ブランドールと異次元の農家・春日黒助、双方に多大な精神的ダメージが生じている。
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