第68話 本日、春日黒助は家庭の事情により欠勤です
この日、朝礼の時間になっても春日黒助は農場に現れなかった。
代わりに拡声器を持つのは、ピンチヒッター。
『おはざーす! いや、皆さんどうも! あのね、色々と家庭の事情がありまして、今日は兄貴がこっちに来られないんですよ! と言う訳で、代打で僕が来ちゃいました! 仕事の内容はね、ちゃんと聞いて来たんです! サツマイモ班とスイカ班とトマト班は少人数で頑張ってもらって、今やってる開墾作業の方に人を割くんですって! それから、プリン班は特に頑張れって事です! では、怪我なく適当にやりましょう! おなしゃす!!』
かつてない軽いノリで、吹けば飛んでいく羽毛のような朝礼が終わった。
春日鉄人。
本日の主役は彼である。
ニートの言う事など誰も聞かないかと言えば、そんな事はない。
彼は先の『魔の邪神・ナータによる侵攻作戦』を、数に劣る軍勢で抑え込むどころか戦術的な勝利を収めた実績がある。
よって、鉄人は既に春日大農場において「優れた用兵家」と言う確固たる立ち位置を得ており、その発言権も黒助には遠く及ばないが、それなりのレベルに到達していた。
「黒助様が来ないで、なんであなたが来るわけ? 1番お呼びじゃねーし」
「ヤダ! セルフィちゃん、ツンデレムーブが過ぎる! ふぅー! 早くデレてデレてー!!」
「うっせーし。つか、柚葉か未美香でいいじゃん。あなたじゃなくても」
「それがねー。今日は3人揃って、柚葉ちゃんの大学の入学式に行ってるんだよねー。こうなるとさ、僕しかいないじゃん? 兄貴の頼れる人って!」
セルフィは「うわぁ」とげんなりして見せた後に、ふと疑問が湧いてきた。
「鉄人は行かなくていいん? 柚葉の入学式ってヤツに」
「柚葉ちゃんにね、絶対に来ないでくださいねって笑顔で言われたの! 僕!!」
「……あ。なんかごめんなさい」
ギャルに気を遣われるニート。
全てを察したセルフィはこの日だけ鉄人にちょっと優しくなったと言う。
「よし! じゃあ、僕はプリン班の様子を見てるから! セルフィちゃんは開墾班だっけ? 何かあったら言ってね! 何もできないけど! ははっ!」
「じゃあ言わねーし! つか、なんであなたがプリン班?」
「僕は冷蔵庫にプリンがあれば、誰のものでも構わず食べちゃう男だよ? その辺の凡人とは、通って来た修羅場の数が違うんだよね!」
「うん。あなたが入学式に呼ばれない理由はよく分かったし。なんか同情して損したし」
鉄人は朝ご飯を控えて、敢えて空腹の状態でコルティオールにやって来ていた。
理由は言うまでもない。
腹を空かせてありつくただ飯ほど美味いものはないからである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
コカトリスの養鶏場の前には、プリン工房が創造されていた。
作業しているのはギリーとメゾルバ。
そこに今日はミアリスとイルノも加わっている。
「おっ! 鉄人さん! お疲れっす!」
「いやいや、ご精が出ますなぁ! どうですか、プリンの具合は?」
「くははっ。我にかかればプリンの製造など児戯に等しい。弟君、是非食して行くが良い」
「鉄人さん、こっちに冷えたものがありますですぅ」
プリン班の目標は、「柚葉の作ったプリンのクオリティに到達する事」である。
最もプリンの調理に長けているギリーですら、3度に1度しか合格点は出せない。
それも当然である。
柚葉は中学生の頃から春日家の台所を預かる乙女。
貧しい家計をやりくりしながら栄養価の高い食事を作り続けて来た彼女の家庭科的戦闘力は極めて高く、一朝一夕で到達できる域ではない。
が、その台所を統べる乙女が書き記したレシピ。
それに従うだけで、そこらのプリンを軽く超えるものが作れると言うチートルートを駆けあがっているのが、春日大農場のプリン班であった。
「おー! これ美味いじゃないですか! ギリーさん的にはまだダメなんですか?」
「ダメっすねー。柚葉の姉御のレベルにゃ届いてないんすわ。黒助の旦那の名前で市場に出回るんでしょ? だったら、半端なものは出せねぇって言うか!」
「なるほど。勤勉だなぁ、ギリーさんは!」
「鉄人も暇なら手伝いなさいよ。コカトリスの卵って割るだけでも一苦労なんだから。はい。これ使って。わたしが創造したエッグシェルカッター」
コカトリスの卵の殻は極めて硬い。
投擲による攻撃手段にも用いられたと言う逸話があるほどであり、ミアリスの作った卵の殻剥き器を用いないとその作業は困難を極める。
「いやー。僕にはちょっと早いかなぁー。イルノちゃんと一緒にカラメルソース作ってますわ! 頑張れー! 良い色してるよー! セクシーだよー!!」
「あっ、ちょっとだけセルフィちゃんの気持ちが分かった気がしますぅ。隣で騒がれると、集中できないですぅ」
結局、この日の鉄人はプリンを5つ食べると言う成果を残した。
これが果たして黒助の穴を埋める事になったのかどうかは分からないが、黒助が満足そうにしていたので誰も何も言わなかったらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、とある山脈にある魔王城では。
「ノワール。ちょっとさ、僕の消滅魔法の調整をしたいから、鉄の兵士を出してくれるかな? できれば魂が入っているヤツが良いんだけれど」
「かしこまりましたわ。……これでいかがでしょう」
夜の邪神・ブランドールが、何やら物騒な魔法の慣らし運転を始めていた。
ブランドールが拳に魔力を込めてそれを軽く振り抜くと、鉄の兵士が断末魔の叫びを上げて綺麗に消え去る。
「くっくっく。さすがは夜の邪神よ。全てを呑み込む月のない闇を思わせる、見事な魔法であるな。ガイルよ、よく見ておくが良い」
「はっ! ところでベザルオール様。なにゆえ私の腕に捕まっておいでなのですか?」
「くっくっく。間違って消滅魔法がこちらに飛んで来た時に、卿を身代わりにするためだと言ったら怒る?」
「お、怒りませんが……。ベザルオール様の魔力で防ぐなり、相殺するなりされたら良いではありませんか」
「くっくっく。97パーセントの確率で防げると分かっていても、3パーセントって意外と引ける気がするのだ。単発ガチャでSSRを引くこともあろう?」
「なるほど……。分かる気がいたします!!」
夜の邪神・ブランドールは、既にいつでも女神軍に攻め込める用意が整いつつあった。
彼は噂に聞く『異次元の農家』が自分の退屈を埋めてくれるのではないかと期待していた。
「ははっ。楽しみだな、僕が魔法を使うなんて。いつぶりだろう。一発で消滅しないでくれると嬉しいんだけどなぁ」
最後の邪神が春日黒助と相まみえる時が、刻一刻と迫っていた。
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