第67話 春日大農場の名物・コカトリスプリン!

 4月になって、春日家ではそれぞれが1つ学年を増やしていた。


 春日柚葉は大学入学を5日後に控えている。

 春日未美香は高校二年生に。

 今日も元気にスカートを翻して部活の練習に出掛けて行った。


 春日鉄人はニート二年生に。

 「今年で僕も二十歳だからね! 言い訳ができない1年になるよ!!」と力強く新年度の抱負を語った彼は、ネットカフェに出勤している。


 ニート二年生ってなんだ。

 ネットカフェに出勤ってなんだ。お客じゃないか、鉄人は。

 働いているみたいな表現をさせるな。


「柚葉。無理してコルティオールに来なくても良いのだぞ? 大学の準備はできているか? 足りないものはないか? スーツ、やっぱりもう2着くらい買うか?」

「もぉ、兄さん! 心配し過ぎです! ちゃんと用意もできていますし、心構えも万全です! スーツは兄さんが買ってくださったものがピッタリです!!」


「そ、そうか。すまんな。俺は大学に行った事がないものだから。どうしても気になるのだ。大学では、新入生をかどわかす輩がいるらしいではないか。……俺はこっちで初めて異世界の力を使うかもしれん」


 春日黒助。

 妹が心配過ぎて、なんだかちょっと中二病を拗らせたみたいなセリフを吐く。


「大丈夫です! ちゃんと、困ったらすぐに兄さんを呼びますから!」

「そうか。そうだな。俺は柚葉が呼ぶのならば、いつだってどこにだって駆け付けるぞ! 聞いてくれ! 試しにな、こっちでも空を走ってみたら、意外とイケた!!」


 空を走って大学に行くと、新入生歓迎の長い列を作る在学生たちの注目を集めそうで、確かに柚葉を守るにはもってこいな気がした。


「それに! プリンを作るんですよね? だったら私にお任せです! 兄さんもお料理はできますけど、お菓子作りは専門外でしょう?」

「確かにな。あと、コルティオールの連中はてんでダメだ。あっちの世界の料理は焼くか煮るかしかない。まるで戦国時代の食事のような有様だからな」


 と言う訳で。本日から大学の入学式までの間、春日柚葉がコカトリスの卵を使ったプリン作りに励む事となるのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 いつもよりも少し遅い出勤の黒助。

 だが、ミアリスに朝礼の代理を頼んでいたため、特に問題はない。


「おはよう。ミアリス。仕事を任せてすまなかったな」

「あら、意外と早かったわね。おはよ。柚葉も来たんだ。なんだか嬉しそうね?」


 柚葉は腕まくりしながら答えた。


「はい! 兄さんのお役に立てるなんて、妹として最高の喜びですから!!」

「本当に、黒助は妹に恵まれてるわねぇ。なんか、現世のオヤツ作るんだっけ?」


「ああ。プリンと言う。試作品ができたら、いつものように従業員の代表者を集めて食べ比べをするからな。特に女子たちの意見を聞きたいから、その辺りの情報を共有しておいてくれ」

「はいはい。分かったわ。じゃ、わたしは畑の開墾の方に行くから。柚葉! 頑張ってね!」


 「お任せください!!」と張り切る柚葉を見て、ミアリスはパタパタと飛んで行った。

 入れ違いにやって来たのは、柚葉の眷属。


「おおっ! 我が君!! いらしたのですか! お呼びくだされば、あなた様をお出迎え致しましたものを!!」

「メゾルバさん、おはようございます! もうお仕事にも慣れたみたいで何よりです」


 メゾルバは跪いて、頭を下げる。


「それもこれも、我が君のおかげでございます。本日はどのようなご用向きで?」

「兄さんのお手伝いです! そうだ! メゾルバさんもご一緒にどうですか?」


「くははっ! 我が君のお申し付けならば、地獄の果てまでもお供しましょう! ……あの、よろしいでしょうか、我が主よ」


 学習する脳筋の邪神・メゾルバ。

 ここで黒助の許可を取らず調子に乗ると、ゲンコツを喰らって地面に埋まるビジョンが未来視できるようになっていた。


「まあ、良いだろう。力仕事を柚葉にさせたくはないからな。お菓子作りはいかに指示通り動けるかにかかっていると聞く。やれるな? メゾルバ」

「くははっ! 人間の出来る事が我にできないはずもなし! 我は力の邪神・メゾルバなり!!」



「今のセリフ、確かに聞いたぞ? 失望させてくれるなよ?」

「……申し訳ございません。ちょっと調子に乗りました」



 それから3人はコカトリスの養鶏場へと移動する。

 そこには昨日のうちにミアリスによって、即席の調理場が創造されていた。


「おっ! 旦那ぁ! 待ってたぜ! ご命令通り、上等なコカトリスの卵を用意しときましたぜ!」

「ああ。すまんな、ギリー。では、お前も作業に加わってくれ」


「必要な材料は持ってきましたから! メゾルバさんとギリーさんはちょうど良いので作り方を覚えて下さいね!!」

「よし。今日からお前たちはプリン担当班だ。死ぬ気で覚えろ」


 プリンを作るのに背後からは死の重圧が漂うと言う、実に甘くない空気のスイーツ作りが始まった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 2時間ほど経過して、まず柚葉が作ったお手本のコカトリスプリンが出来上がる。


「できました! コカトリスちゃんの卵は卵黄がすごく濃いので、普通のプリンよりもずっと卵の風味が強い仕上がりです! その分、カラメルソースはちょっぴりほろ苦い感じでアクセントにしてあります!」


 柚葉考案のコカトリスプリンは、現世で流通しているプリンの3倍ほどの大きさ。

 それでも形が崩れずにしっかりとした弾力があるのは、コカトリスの卵ならではの特徴だと彼女は説明した。


「では、まず俺が。……ああ。これは美味いな。どことなく、茶わん蒸しのような味わいを感じるが、しっかりとプリンになっている。さすがだ、柚葉」

「えへへ。ありがとうございますっ! 兄さんに褒められるとにやけちゃいますね、ふふっ!」


 黒助の中でコカトリスプリンは既に合格点をはるかに超えて、K点も余裕で超えているのだが、彼は理解している。

 「柚葉が作ったものを俺は客観的に味わえない」と言う事実を。


「お前たち。食ってみろ」


「うっす! おっ、プルプルしてんなァ! スライムみたいですぜ! ……かぁーっ! これがコカトリスの卵なんすか!? こりゃもう、創造レベルじゃないっすか! すげぇや、柚葉の姉御!!」


 ギリーは初めて食べるプリンの味に感動する。

 対して、メゾルバはまず匂いをかぎ、それから弾力を指で確認した。


「早く食え。メゾルバ」

「くははっ。我が主よ。女子供の食すものなど、我の口には合わぬ。であれば、それ以外の情報を精査するのが得策。まあ、念のために口に入れてはみるがうわぁ、おいしー! これ、おいしー!!」


 力の邪神・メゾルバは崩れ落ちるように倒れ込んだ。

 彼は「力とは他者を圧倒するもの」だと知っており、柚葉の中に新たな力の可能性を見たと言う。


 こうして誕生したコカトリスプリンは春日大農場の女子チームにも好評であり、早速レシピを共有してプリン班が量産する事になった。

 現世の朝市をコカトリスプリンが席巻するのは、もう少しだけ後の話である。

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