第66話 夜の邪神・ブランドール

 黒助はコカトリスの養鶏場を訪れていた。


「ブロッサム。聞くが、コカトリスの健康状態はどうだ?」

「はっ! 先日、餌をサタンキャロットからギズラットに変えたところ、卵の質が向上したようでござる!」


「そうか。それは素晴らしいな」

「吾輩はコカトリスたちに付きっ切りでござるゆえ、ギリーが捕らえて来てくれるのでござりまする。今も、あそこでネズミどもの処理をしております」


 ギズラットとは、農場の近くに出没するネズミ型のモンスターである。

 ゴブリンと大差ない戦闘力だが、群れをなして行動するため一度に多くの数を捕獲できる点が魅力的な、コカトリス養鶏において今最もホットな餌だと言う。


「実はな、農協の岡本さんから打診があった」

「お、岡本様でござるか!? あの、暗殺拳を得意とされる食えない御仁が!?」



 岡本さん、竜の頭が生えた獣人に畏怖の対象として恐れられ始める。



「ああ。岡本さんがな、コカトリスの卵を使って、何か特産品を作ってみてはどうかと言ってくれたのだ」

「な、なるほど。かの御仁は多方面に優れた技能をお持ちなのでござるな……」


「なんでも、コカトリスの卵の売れ行きがあまり良くないらしい。が、味は極めて良いと太鼓判を押してもらった。ゆえの特産品計画だ」

「そうでござったか。しかし、解せぬでござりますな。味が良ければ、普通に売れても良いのではないかと吾輩などは愚考するでござるが」


 それは、コカトリスの卵がデカすぎるからだ。



「俺もそう思う。農作物以外に手を出すのは初めてだが、なかなか難しいものだ」

「不思議でござりますな。これほど大きく立派なものでござるのに」



 自分の身長よりも巨大な卵を食べる風習は、少なくとも日本にはないのである。

 気付け、春日黒助。


「みんなには新たな農地の開墾作業をさせているからな。この話は俺たちだけで済ませたい。ギリーも呼ぼう。おい、ギリー!」

「うっす! 何すか、黒助の旦那! ちょいと待ってくれ! あとちょっとでコカトリスにネズミをやり終えますんで!!」


 従業員が増えたため、畑の数を大幅に増やす事にした春日大農場。

 並行して、コカトリスの卵を活かす方策を思案する。


 まったく、農業と言うものに果てはない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 その頃、魔王城では。


「虚無将軍・ノワール。参りましたわ、ベザルオール様」

「くっくっく。珍しいな、貴様が余の招集に応えるとは。ぶっちゃけ、余は嫌われているのかと思い、声をかけるのもヤメようかと思っておった」


「とんでもありませんわ。わたくしはベザルオール様を敬愛しております」

「くっくっく。社交辞令だと分かっていても嬉しくなってしまうのは、余の悪い癖である。ガイルよ。ノワールが来てくれた。ちょっと良い茶菓子を持て」


 ガイルとアルゴムが食堂から砂糖菓子を持って来た。

 それを摘まみながら、ベザルオールは続けた。


「魔王三邪神も気付けば残り1体になった。メゾルバは裏切り、ナータは音信普通である。職場に連絡なしで辞められるのは、1番困るパターンだ」

「良くないですわね。三邪神ともあろうお方が。わたくしはそのようなご無礼を働きませんので、ご安心くださいまし」


 ナータを呑み込んだ影が怪しく揺れる。

 ノワールが何を考えているのかは、魔王様にも分からないらしかった。


「つまりなのだよ、ノワール。我らは夜の邪神・ブランドールの復活を急ぐ必要があるのだがね。夜の邪神を封じたのはベザルオール様だが、君と私との力を合わせればそれを解くことも叶うだろう」

「ええ。よろしくってよ。わたくしの力でお役に立てるのではあれば、微力を尽くしましょう」


 ベザルオールは、アルゴムを呼び、小声で彼に囁いた。



「くっくっく。久しぶりに賑やかで、余はまだ封印を解きたくないのだが。だって、封印を解いたらみんなが帰ってしまうであろう? アルゴムよ」

「ご辛抱くださいませ! 私でよろしければ、お心が満たされるまでトランプにお付き合い致します! 大貧民に負けてマジ切れしてくださいませ!!」



 アルコムは思った。

 「最近、私は通信司令長官としての仕事をまったくしていない気がする」と。


 そんなアルゴムの悩みをよそに、狂竜将軍と虚無将軍が魔力を放出させ、魔法陣の上に置かれた棺に向かってそれを集中させる。


「ベザルオール様! 何か、それっぽい事を呟かれるのがよろしいかと!!」

「くっくっく。ガイル、マジ気が利く。それな。……蘇るが良い、我が力を分け与えた最後の邪神よ。そして、再び世界を混沌の夜に陥れるのだ」


 棺の蓋がゆっくりと開いて、中から小柄な人影が現れた。


「……せっかく気持ちよく眠っていたのにね。僕が起こされるなんて、さてはメゾルバとナータは死んだのかな?」


 夜の邪神・ブランドールは、まるで華奢な少年のような姿をしていた。

 肌は白く不健康そうに感じられ、一見すると体の弱い10代半ばの高校生である。


「くっくっく。変わらぬ姿を見て安心したぞ。夜の邪神・ブランドールよ」

「魔王様。あなたが本気を出せば、僕を呼び覚ます事もなかったのでは?」


 ブランドールの不遜な態度に忠臣のガイルが声を荒げる。


「控えるのだよ、ブランドール! 魔王様の御前なのだよ!!」

「……君は、誰だったっけ? ……ああ。そうだ。ぺろぺろ将軍のプリリンくんだったよね。久しぶりだね。元気そうで安心したよ」


 夜の邪神・ブランドールにとって、魔王ベザルオール以外の存在は全てが等しく「その他大勢」でしかない。

 ならば、ガイルの名前を憶えているはずもないのである。


「くっ……! このっ! 下手に出ていればつけ上がりおって!!」

「落ち着いて下さい、プリリン様!!」



「アルゴォォォム!! 誰がプリリンなのだよ!? 私はガイルだ!!」

「こ、これは失礼を! 完全にノリに乗せられてしまいました!!」



 ブランドールは「はぁ」とため息をついて、ベザルオールに申し出た。


「この世界の生物を消せば良いんですね? では、1週間ほど準備に時間をください。まだ体が馴染んでいないみたいだ。これじゃ、敵対勢力をすぐに消しちゃうよ」

「良かろう。好きにするがよい」


 ブランドールは「はい」とだけ答えて、謁見の間の外壁を叩き壊して飛び去って行った。


「ガイルよ」

「はっ! いかがいたしましたか、ベザルオール様!」



「くっくっく。に余が含まれていないか、甚だ心配なのだが」

「ご安心くださいませ! 私も大いに不安になっておったところです!!」



 不敵に笑う最後の邪神。

 その名はブランドール。


 三邪神の中で最も強く、ベザルオールですら軽く引くその実力はいかほどだろうか。

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