第65話 サプライズパーティー!!

 柚葉の高校卒業と大学入学を祝うサプライズパーティー。

 ついに当日がやって来た。


「いやー。マジでさ、兄貴が柚葉ちゃんを連れてきてって言ってるんだよ!」

「……鉄人さん。私、会話の最初にマジでって付ける人の言う事は信用できません」


 黒助は嘘をつくのが下手である。

 想像通り、想定される人物像を裏切らない男、春日黒助。

 そもそも人生で嘘をついた回数を数える事が出来る程度しか嘘をついた事がない。


 彼は経験を糧に成長するタイプであるがゆえ、嘘を是としない性格と相まって人を謀る事に関して現世はもちろん、コルティオールにおいてもゴブリンの次くらいの序列に留まっている。


 そこで白羽の矢がぶっ刺さる適材がいる。

 ご存じ、黒助の愚弟。春日鉄人である。


 「これまでについた嘘は星の数よりちょっと少ないかな」と、既に初手から嘘をついてくるくらいに達人であり、今も「まだ本気出してないだけ」と自分に毎日嘘をついている匠。

 その呼吸をするように嘘をつく様は、黒助から畏敬の念をもって崇拝されている。


「柚葉ちゃんが来ないと兄貴が超困るんだって! これはマジ! マジホント、マジ!!」

「これは……? それ以外は嘘なんですね?」


 ただし、聖女を騙すとなるとさすがの鉄人も苦戦するらしい。

 彼は実に23回も「マジで」と言って、どうにか柚葉をコルティオールへと連れて来た。


 「この1年で最高に働いた気がするよ、僕」とは、一仕事終えてセルフィに愚痴をこぼす鉄人の弁である。


「あー! 来たっ! お姉、こっちこっち!!」

「未美香? どうしてコルティオールにいるんですか?」


「柚葉。来てくれたか」

「兄さん! なんだぁ、本当だったんですね。鉄人さんの言っていた事。あの人、信用とか信頼からかなり遠くにいるので……わひゃあ!?」


 黒助の合図で、ゴンゴルゲルゲが調合した打ち上げ花火が空ではじける。

 火の精霊の魔力が込められた花火は、昼の空にも美しい模様を描いた。


「柚葉! 高校卒業おめでとう! 大学入学おめでとう!! 俺にはこの程度しかできないが、サプライズと言うものをやってみた。料理も用意している。バーベキューだ。……どうした? もしかして、騙して連れて来たのが気に障ったか!?」


 咄嗟に手で顔を覆った柚葉を見て、黒助は慌てる。

 花束を渡す係のメゾルバが空気を読まずに一歩前に出たので、とりあえず「やめんか! バカタレ!!」と言って彼をぶん殴った。


 力の邪神・メゾルバ。

 珍しくとばっちりである。


「違うんです……。違うんです、兄さん! 私、嬉しくて……!! 兄さん、毎日お仕事で大変なのに、私のためにこんな……!! 幸せ過ぎて泣いちゃいましたぁ!」


 清らかな涙を目に浮かべて微笑む柚葉。

 この時の彼女の笑顔は、100キロ離れた魔獣の森まで明るく照らしたと言う。


「はいはい! 兄妹感動のシーンが終わったんなら、始めましょ! オーガたちが鉄板温めて待ってるんだから! みんな、グラス持った? ほーら、黒助! 柚葉にもグラス渡しなさいよ!! ったく、サプライズする側が戸惑っててどうするのよ!」


 テキパキと場を取り仕切るのはミアリス。

 お忘れかもしれないが、この女神様はコルティオールを統べる者。


 場を取り仕切るのが本業なのである。


「よ、よし。柚葉。このグラスを受け取ってくれ。これから乾杯をするからな。もし良ければなのだが、合図でこうやって掲げてくれると……」

「ふふっ! 兄さん、私だって乾杯の作法くらい知ってますよ? もう子供じゃないんですから!!」


「そ、そうか……! すまん、ミアリス。あとは任せる。愛する妹が大人になるかと思うと、俺にはとても音頭が取れそうにない」


 ミアリスは「ったく、しょうがないわね!」と言って、大きな声で言った。


「柚葉! 色々おめでとう!! さあ、みんな! 盛大に祝うのよ! かんぱーい!!」

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」


 春日大農場は本日、臨時休業。

 そこには笑顔の花が大量に咲いているため、それを差し置いて他の作物を出荷するような無粋な真似をする者はこの農場にはいないのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方、その頃。

 とある山脈にある、魔王城では。


「くっくっく。アルゴムよ。先ほどの爆音の正体は分かったか?」

「はっ! どうやら、女神軍が花火を打ち上げたようです!!」


「くっくっく。それは本当のヤツか? 実は余を狙った砲撃ではなかろうな? 正直なところ、先刻トイレを済ませていなければ危ういところだったわ」

「そ、それはようございました……!!」


 魔王ベザルオールが、止めどなく打ち上げられる花火の音に怯えていた。

 狂竜将軍・ガイルがベザルオールに許しを得て口を開く。


「古い文献によりますれば、花火とは人間が吉報を祝う時に打ち上げるものだとか。どうやら、何か良い事があったようですぞ」

「くっくっく。なるほどな。魔の邪神・ナータを討ち取って、ヘイDJ、気分上々のパーリナイと言う訳か」


 魔王城にも魔の邪神・ナータが何者かによって存在そのものを消された事実は伝わっていた。

 だが、その犯人が身内のノワールである事を知る者はいない。


「が、ガイル様……。恐れながら、大丈夫でございますか? 魔王三邪神も力の邪神は女神軍で畑を耕しておりますし、魔の邪神は消えてしまいました……」

「アルゴムよ。君が不安に思うのも無理はないのだよ。だが、安心したまえよ。夜の邪神。彼の者は先の力と魔が問題にならない程の実力を持っておるのだよ」


 アルゴムは息を呑む。

 力の邪神・メゾルバ。魔の邪神・ナータ。

 この両名もアルゴムにとってはまさに神の位に君臨するに相応しく、実際にその目で彼らを見た時には、気付かないうちに両足が震えていたと言う。


「よ、夜の邪神とは、それほどまでに……!?」

「うむ。100年前でさえ、ベザルオール様のお力を借りなければ制御すらできなかった、まさに化け物なのだよ。よもや、再び封印を解く時が来てしまうとは……。私とて、できれば封じたままにしておきたいのだよ」


「くっくっく。夜の邪神・ブランドールは余に忠誠を誓っておる。アルゴムよ、そしてガイル。卿らの心配も分かるが、余の魔力の前では邪神も所詮は手駒に過ぎぬ」


 ベザルオールが言い終わるタイミングで、ひと際大きな花火が打ち上がった。



「くっくっく。事情は知らぬが、今は吉事に酔いしれておると良い、女神どもよ……。おめでとう。くっくっく。卿らも祝ってやれ」

「ははっ! おめでとうございます!!」

「お、おめでとうございます」



 アルゴムは思った。

 「我々は何に祝辞を述べているのだろう」と。


 こうして、春日柚葉はめでたく大学生となる。

 時を同じくして、最後の邪神が胎動し始めていた。



 今度はどんな風にやられるのだろうか。

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