第63話 天使・春日未美香
黒助はリザードマンたちに農業のいろはを叩き込んでいた。
彼らは元から人語を操れるほど知能が高く、また忠誠心にも溢れており、主であるブロッサムが主と仰ぐ黒助の言う事をよく聞いた。
そんな有望な新規就労者が120匹もやって来たとあっては、農業の申し子である黒助が張り切らない理由を知りたい。
「やはりフィジカルはオーガ並にあるな。しかも、覚えが速い。聞くが、リザードマン。お前たちの苦手な事はなんだ? 遠慮せずに言ってくれ」
リザードマンのリーダーである、2本の角を持つ若者が答えた。
「某どもはオーガ殿たちのように、器用な作業に向いておりません。それから、トカゲのような姿をしているのに、水を苦手としております」
「そうか。自分で不器用と言うヤツは案外器用な者が多い。己の得手不得手を聞かれてすぐに答えられる点も評価に値するな。お前、名前は?」
「某はラウゴと申します」
「そうか。ではラウゴ。お前が今日からリザードマンを纏めろ。分からない事があれば聞け。住む上で不便があれば言え。遠慮はするな」
「はっ! ブロッサム様が言っておられたように、黒助様はお優しい方です。某ども、122のリザードマン。あなた様のお役に立って見せます」
「その意気や良し。では、まずはスイカ班で土に慣れるところから始めるか。半分はコカトリスの養鶏場に配属しよう。ブロッサムが責任者だから働きやすいはずだ」
魔の邪神・ナータの侵攻。
その副産物と呼ぶにはあまりにも大きい優秀な働き者たちを得て、黒助は嬉しそうにしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方。
ミアリスは久しぶりの激務に襲われていた。
彼女は昨夜の間にリザードマンたちの住まいを創造し終えている。
トカゲのモンスターたちが簡素な住まいで満足する種族だったのは、不幸中の幸い。
だが、今度はゴブリンの住まいを創造しなければならない。
ゴブリンも、現世で言うところの竪穴住居に似たもので過不足なく暮らせると言う話だったが、いかんせん数が多い。
500匹の分の住まいを創造するにはまだまだ時間がかかりそうである。
そこに、未美香がやって来た。
「ミアリスさーん! お疲れ様でーす!!」
「はぁ、ひぃ……? 未美香じゃない。こんなところに来たら黒助に怒られるわよ?」
「えへへ、平気ですよぉー! それより、差し入れを持ってきました! はい! あたしとお姉で焼いたクッキー!! なんとジャム入りー!!」
「ううっ……。あんた、本当にいい子ね。黒助の妹じゃないみたい……!! はむっ。クッキーも美味しいし。わたし、お嫁にもらうならあんたがいいわ」
ミアリスは未美香の隣にやって来て、しばしの休憩に入る。
「飲み物もあるんだよ! ハチミツ入りの紅茶! ミアリスさん、なんとなく紅茶が似合うイメージだったから! ……嫌いじゃないよね?」
「紅茶って話には聞くけど、飲んだことないのよね」
「えっ? そうだったんだ。ごめんなさい。じゃあ、飲み慣れてるものの方がいいよね! あたし、母屋から取ってくる!! およ、ミアリスさん?」
立ち上がろうとする未美香の手をギュッと握ったミアリスは、首を横に振った。
「あんたがわたしのために淹れてくれた飲み物が口に合わないはずないじゃない!! 仮に合わなかったとしたら、わたしに問題があるのよ! ちょうだい! ハチミツも紅茶も分かんないけど、全部ちょうだい!!」
未美香は表情を明るくして「そっかぁ! すぐに用意するね!」と言ってポットから紅茶を注いだ。
「はい! どぞどぞー!」
「あら、いい匂いね。じゃ、失礼して……。んー。美味しい! 渋みとほのかな甘さがクッキーによく合うわ!」
「ホント!? 良かったですー! およ?」
気付くと、数匹のゴブリンが未美香の近くに立っていた。
ミアリスは魔力を右手に溜めて警戒する。
「未美香、下がって! こいつら、意思疎通ができないのよ! 万が一あんたに襲い掛かったら大変だわ!!」
「キキィ! ゲキュギリィ!!」
言語が統一されたコルティオールでも、元々言葉を使わない種族とはコミュニケーションを取ることが難しい。
ミアリスの警戒はもっともであった。
「あなたたち、喋れないんだ? あたしはね、未美香! 未美香だよ!」
「ギィギィイ?」
「あっ、惜しい! 発音はなんとなく合ってる気がする! 言ってみて! 未美香! み・み・か!!」
「ギィミ……カ……!!」
「ええ……。ゴブリンと普通にコミュニケーション取ってる……。春日家はどうなってんの? 一芸に秀でてないとダメなの?」
「たははー。あたしはお兄やお姉みたいに才能ないから! でも、やる前に諦めるのは嫌なんです! よーし、ゴブリンさんたち! みんなで言葉を覚えよ! クッキー分けてあげるから! ねっ!」
それから、未美香とゴブリンの交流が始まった。
ミアリスはその様子を注意深く見ながら、ゴブリンたちの住まいを創造していく。
が、未美香を心配するあまり、創造のクオリティが少しずつ低下して行ったと言う。
こればかりは恐らく事情を話せば黒助も咎めはしないだろう。
◆◇◆◇◆◇◆◇
黒助は姿が見えなくなった未美香を探していた。
焦りに焦っていた。
「これは我が主。いかがした?」
「メゾルバか。俺の妹を見なかったか!?」
「我が君の妹ならば、先ほど農場の外に出て行くのを見たが」
「なんだと!? いつの話だ!?」
「3時間ほど前のことであろうかひゅぅぅぅんっ」
「バカタレ! なぜもっと早く言わん!! こうしちゃおれん!! 未美香ぁ!!」
黒助のげんこつを喰らい地面に埋まった力の邪神・メゾルバは考えた。
「我は今、何をミスしてこうなったのか?」と。
今回ばかりはもらい事故のようなものなので、メゾルバは悪くない。
そのまま農場の外へ飛び出した黒助は、ぐるりと外周を全力疾走で駆けた。
「あ、お兄だ! おーい!」
「み、未美香ぁ!! ダメじゃないか、勝手に外に出たら! モンスターに襲われたらどうする!!」
「平気だよ! ミアリスさんもいるし!」
「なに!? ミアリスはダメだ! あいつは守るべき対象だから、当てにならん!!」
なんだか遠回しに大事にされている旨を察知したミアリスは、独りで照れた。
「それよりさ! 見て! お兄! ゴブリンさんたちー!!」
「ギィィ!!」
黒助の前に、ゴブリンが7匹並んだ。
続けて、未美香は「せぇーの!」と合図をした。
「「ミ、ミ、カ……!!」」
黒助は、あまりの出来事に崩れ落ちた。
見かねたミアリスが「しっかりしなさいよ!」と彼を抱き起す。
「ねっ! すごいでしょ? ゴブリンさんたち、あたしの名前覚えたんだよ!!」
「ギィィ!!」
「ミアリス。聞くが、コルティオールに天使はいるか?」
「……いないけど、言いたい事は分かるわ。そこにいる子がコルティオールの天使よ」
これが、『春日未美香・天使伝説』の始まりである。
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