第60話 遅れてやって来た英雄、張り切る

 ヨルヒムの率いた先発隊がみるみるうちに数を減らしていく。

 鉄の兵士は一定のダメージを受けると御霊の器としての機能に不調をきたし、ダメージの限界点を越えると器としての役割を成さなくなる。


 女神軍の奮戦により、ナータの軍勢は鉄の残骸となって力なく崩れ落ちる。


「ぐっ! よし! こうなっては是非もない! 全兵力を集中して、側面攻撃をしている者を各個撃破する!!」


 ヨルヒムの判断は正しい。

 だが、遅すぎた。


 その決断をするのならば、鉄人が最初にゴンゴルゲルゲの遊撃隊をけしかけたタイミングで行うべきだった。

 余りにも遅きに失したヨルヒムの指示は、意味を成さない。


「ぐーっはは!! 牛頭ごずたちの炎とワシの炎!! 合わせて喰らうが良い!! 『フレアボルト・グランドナックル』!!!」

「ぬぅ! ゲルゲ殿に遅れを取るな! リザードマンどもよ! 我ら魔獣の力を邪神に思い出せてやるでござる!! そして、吾輩も!! 『狂獣進化トランスフォーム』!! グルアァァァッ!!!」


 ゴンゴルゲルゲとブロッサムが、若干被っているキャラを無視して戦場で交差する。

 こうなると、もはや規律のとれた戦闘など不可能。

 単純な行動プログラムしか持たない鉄の兵士たちは、力で劣るゴンゴルゲルゲにタコ殴りにされ、ブロッサム率いる魔獣の群れに噛み砕かれる。


「すごいねー! ブロちゃん、やるなー! よーし、ボクもお仕事するぞー! 『ガイアサークルドーム』!! ドシーン!! 逃がさないからねー!!」


 ウリネが土の壁で乱戦の渦中にいる軍を敵味方問わず、ドームで包む。

 これは完全にウリネのアドリブなのだが、ヨルヒムは退路まで断たれてさらに混乱した。


 逆に、ゴンゴルゲルゲとブロッサムは敵の逃げ場がなくなって狂喜する。

 力で劣るにも関わらず生き生きと戦うこの2名が、ヨルヒムの心を完全に砕く。


「な、ナータ様ぁ! これ以上は無理です!! た、助けてください!!」


 ヨルヒムも御霊が元になっている人工兵士。

 よって、ナータとは常に思念がリンクしている。


 悲痛な救助要請を受けた魔の邪神・ナータ。


「……あの役立たず!! 1000以上の兵士を無駄にしてぇ!! あなたはそこで死になさい!! 少しでも敵を道連れにしてね!!」


 ナータの切り替えは早かった。

 使えなくなった駒を処分する事を彼女は迷わない。


「ぐぁ!? ぐぇぇ!? な、ナータさまぁぁぁ!! うがぁぁぁぁっ!!」


 ヨルヒム向けて放たれた魔力は、彼の体を強力な爆弾に作り変える。

 こうなると、ウリネの作ったドームが女神軍の避難を阻害してしまう。


 ヨルヒムの爆発の瞬間。

 ゴンゴルゲルゲとブロッサムは、まったく動じていなかった。


 何故ならば、あまりにも強大で禍々しさすらある気配が猛スピードで接近している事を察知していたからである。



「うぉぉらぁ!! 『農家ロングシュート』!!」

「ひげぇっ!?」



 空から飛来した黒助が土のドームを突き破り、爆発物となって今わの際を迎えていたヨルヒムを蹴り飛ばす。


「みんな、生きているか? 戦況は鉄人から全て聞いている。ゲルゲ。ブロッサム。ウリネ。ご苦労だった。あとは俺に任せろ」


 真打ち登場。

 愛する弟にこれほどお膳立てを整えられては、張り切らない理由がない。


「おおっ! 黒助様!! お待ち申しておりましたぞ!!」

「相変わらず、何と言う剛毅なお方でござろうか……」

「クロちゃん! 遅いよー!!」


 仕事を終えた従業員を労った後は、事業主の仕事の時間である。


「ギリー!! お前のところの予備戦力を連れて、俺に続け!! 万が一にも撃ち漏らしがあれば、お前たちで仕留めてくれ!!」


 黒助の大声がユリメケ平原に響き渡る。

 彼にとって、指示が通れば問題ない。

 それが敵に聞こえていようとも、実に些細なことである。


「了解だぜ、黒助の旦那ァ!! 馬頭めずども、旦那の後に続くぜぇ!! おらおら、行くぜぇ!!」


 宙を駆ける黒助。

 その隣には、女神軍において黒助を除けば最大の戦力なのに、軽く忘れられていた男が随伴していた。


「よし。メゾルバ。お前は敵陣に突入して、掃除をしておけ。多分、さっきの爆弾野郎がそろそろ爆発するだろうが、お前ならばまあ死なんだろう?」

「くははっ。我が主も無理を言う。いかにわれが力の邪神であっても、間近で爆発を喰らうと普通に痛いのだが!」



「何か言ったか? 行け」

「はい。行って来ます」



 力の邪神・メゾルバミサイルが、ナータの張った陣のど真ん中に着弾した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 魔の邪神・ナータ。

 彼女はこれまで、苦戦と言うものをした事がなかった。


 100年前の戦いでは圧倒的な大軍をもって女神軍を蹂躙しているうちに、気付けば仕事が終わっていたのだ。

 だから、彼女には劣勢に立たされた時、どうしたら良いのかが分からない。


「な、なにをしているのよ、ヨルヒム!! お前には爆発魔法がかけてあるのに!! 早くここから離れなさい!! 今すぐに!!」


 慌ててヨルヒムを蹴り飛ばすナータだったが、そこに巨大な翼を広げた懐かしい顔がやって来た。


「くははっ。魔の邪神・ナータよ。久しいな。相も変わらず、何とも無粋な戦い方をする」

「め、メゾルバ!? あなた、本当に女神軍に下ったの!?」


 力の邪神と魔の邪神。

 100年ぶりの再会にしては、いささか色気のない場所であった。


「何を言うか、ナータ。我は女神軍になど下ってはおらぬ」

「……あっ! そう言う事ね? ふぅん。パワーバカだったあなたが、やるようになったじゃない。まさか、魔王様を裏切ったふりをして女神軍に紛れ込んでいるなんて驚きだわ!」


 ナータの言葉を最後まで聞いて、メゾルバは頷いた。


「ナータよ。貴様は思い違いをしている」

「なぁに? まだわたくしを驚かせる秘策を用意しているの? うふふ」



「我が君は、春日柚葉。もはや心に決めた後よ。そして、その兄である黒助様こそが我が主!! 黒助様ぁ! 爆発が来るゆえ、ご注意を!!」

「な、何を言っているの!? ちょ、どきなさい! どうしてヨルヒムの頭を掴んでいるの!? だ、ダメ! もう時間が……!!」



 ゴォォーンと言う音は、巨大な鐘でも突いたのかと錯覚するほどの残響を残して、ユリメケ平原に轟いた。


「う、うぐ……。さ、さすがは魔の邪神。その魔力、衰えてはいないようであるな。ぐはっ」

「はぁ、はぁ。危ないところだったわ。防御魔法が間に合って良かった」


 メゾルバの特攻作戦により、鉄の兵団はほとんど壊滅。

 現在、ギリーと牛頭の集団が逃げようとする鉄の兵を追い回している。


「ご苦労だった。メゾルバ。お前、意外と度胸があるな。見直したぞ」

「あ、ありがたきお言葉……。痛み入る……」


「そんな頑張ったお前に、好物を持って来てやった。貪り食え! スイカを!!」

「くははっ。戦場を愚弄するような真似は我にできうわぁ、おいしー! これ、おいしー!!」


 メゾルバがスイカによって体力を回復させている一方で、ついに魔の邪神・ナータと異次元から来た農家・春日黒助が対峙する。


「聞くが。お前が今回のはっちゃけパーティーの首謀者か?」

「ただの、人間……!? 本当に? え、ええ! そうよ! わたくしこそが魔の邪神!! ナー」



「うぉぉぉぉらぁっ!! 『男女平等・ガチ農家キック』!!!」

「ひぎゃ、ぐぇうあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 自己紹介が終わる前に、黒助の蹴りでナータは平原を飛んでいく。

 結果、何かにぶつかった音が聞こえないところまで、ナータは吹き飛ばされたらしかった。

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