第59話 春日鉄人(ニート)の強メンタルな用兵術

「兵士たち、止まりなさい。……ふぅん? どうやら、女神軍にも鼻の利く子がいるみたいね。だけど、おバカさん。わたくしの軍勢にまさか軍勢をもって対応しようだなんて」


 ユリメケ平原の西の端。

 ナータの軍勢は一時停止する。


「……冗談でしょう? あれ、ゴブリンじゃない? 話には聞いていたけど、本当に魔王軍を裏切った五将軍がいるのね。おバカさんなんて言葉じゃ形容し切れないわ」


 ナータは500匹のゴブリンを見て、女神軍の査定を早々に終えた。

 彼女は魔力を探ろうともせずに、「ゴブリン程度しか集められないようじゃ、1時間もかからないわねぇ」とあくびをする。


 油断と慢心が魔の邪神の中に湧いた瞬間であったが、これは致し方ない。

 ゴブリンなど、残り僅かになったコルティオールの人間たちですら複数人で相手をすれば倒せるモンスター。


 それを500ほど集めて意気揚々と戦場に出て来た女神軍を見れば、呆れるなと言う方が無理なのである。

 さらに、魔の邪神・ナータは単独でも極めて強い。

 四大精霊では手も足も出ない程に。


 それらの事実が複合して、鉄壁の兵団を指揮するナータの中に緩みを生み出していた。

 鉄人の強メンタルが生み出した、好機であった。


「気合を入れ過ぎたかしら。ヨルヒム。あなたが1000の兵を率いて、あのみっともない敵の本陣を塵にしなさい」

「かしこまりました。ナータ様」


 魔王軍歴戦の御霊を宿した鉄の兵士は、基本的に自我を持たない。

 単純なプログラムをナータが魔力で施して、その圧倒的な力で敵を蹂躙する。

 その流れの中で、自我はむしろ邪魔になる。


 だが、数体ほど自我を持つ事を許した兵がいる。

 ナータが兵を直接指揮する事はない。


 魔力のコントロールに神経を使う事もあるし、何よりそのような切迫した事態に遭遇した事がないので必要を感じないのだ。


 よって、自我のある兵。彼を兵長として、指揮を任せる。

 ナータは出撃して行ったヨルヒムを見送って、退屈そうにもう一度あくびをした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは女神軍の本陣。

 目視で分かる距離までヨルヒムの率いる鉄の兵団が迫っていた。


「おおー! 来た、来た! すごい臨場感!! いやー、これはテンション上がるわー!!」

「んなこと言ってないで、なんか指示出せ! このニート!!」


「セルフィちゃんはせっかちなんだからー。もっと引き付けないとダメダメー! せっかく分断撃破のチャンスなんだからさー! ゴブリンさんたち、このまま少しずつ後退するよー! はい、下がってー! バックオーライ!!」



「キィ!! ギギギィケェキャイ!!」

「あっはっは! 指示が通ってるのかも分かんないや!!」



 一応、鉄人の指示は伝わっていたらしい。

 ゴブリンたちはゆっくりと後退していく。


「愚かな。わざわざ本拠地へと案内するとは。進め、進め! ゴブリンごとき、恐れるまでもない!!」


 ヨルヒムは生前、猪突猛進を旨とする豪傑だった。

 御霊はその者が生きていた時の性格を強く反映させる。


「たっはー! 聞いた? セルフィちゃん! もうね、超絶負けフラグ立ってる!! ぷー!!」

「……1発喰らったら即死なのに、どうして鉄人がはしゃいでんのか意味分かんねーし。つか、この状態でもこいつ、うざっ」


 鉄人はさらに自陣を後退させる。

 既に春日大農場との距離は5キロまで迫っており、常人ならばストレスで失神しているだろうし、歴戦の用兵家でも「さすがにこれ以上は!」とブレーキをかける地点をとっくに過ぎていた。


「あー! 楽しい! もう、僕の思い通りに動くんだもんなぁ! ……はっ。もしかして、僕って神!?」

「いや、いい加減にしろし! もう畑が見えてんだけど!?」


 鉄人もひとしきり現世では味わえないスリルを堪能して満足したのか、セルフィに指示を出す。


「んじゃ、よろしく! セルフィちゃん!」

「なんでウチがこんなに神経すり減らさせられるんだし!? てぇぇい! 『トルネードシュート』!!」


 セルフィは渦巻く風の弾丸を放った。

 敵を攻撃するためのものではない。


「さあ、ここからは皆さんにお任せしますよっと!」


 この風は、本当の戦いを告げる号砲である。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 北側に陣取っていたギリー隊が、まず動く。


牛頭ごず! 鉄人さんの指示通り、お前らは敵の側面をゲルゲの旦那と一緒に突け! 油断しまくってるところを逃がすなよ!! ゲルゲの旦那ァ!!」

「うむ! 心得た! さあ地獄の獄卒どもよ! ワシとともに駆けようぞ!!」


 ゴンゴルゲルゲと牛頭の集団が、ヨルヒム部隊の横っ面を刺す。


「な、なに!? 伏兵だと!? お、落ち着け! 数が少ない! 全軍で対応せよ! さらに予備兵力を投入する!」

「ぐっはは! ワシらの炎を甘く見るでないわぁ!! 『フレアボルトナックル』!!」


 対して、南側に控えていたブロッサム隊の動きは遅かった。


「ぐぅぅ! お前たち、なにゆえケルベロスに乗っておらぬのだ!?」

「すみません、将軍。ケルベロスにそれがしたちが乗りっぱなしだと、重たいかと思いまして」



 リザードマンは心が優しかった。



「それならば致し方ない! 出遅れはしたが、吾輩たちも敵の先鋒を崩すぞ!!」

「待ってー! ブロちゃん、もうちょっとステイだよー!!」


「ウリネ様!? それは、吾輩たちのような愚鈍は出る幕がないと言うでござるか!?」

「あははー! ブロちゃん、卑屈ー!! もうちょっとだけ待ったらねー! ほら、後から来る部隊の後ろを突けるんだよー!!」


 鉄人はウリネにだけ「予備兵力が投入されたら、後背から襲い掛かっちゃってください!」と指示していた。

 ブロッサムが何かをやらかすことまでも、鉄人の想定内だったのだ。


「ぬぉおぉ!! 吾輩たちの戦いはこれからでござる!! 行くぞ、リザードマンたち!!」

「ケルベロス。重たくはないか? 何なら、某たちを置き去りにして構わんぞ」


 進軍部隊と投入されたばかりの部隊。

 その両方が奇襲を受けて、単純なプログラムしか施されていない鉄の兵団は大いに混乱した。


「くっ、ま、まずい!! ナータ様に消されてしまう!!」


 ヨルヒムは焦る。

 彼もナータに従属してはいるものの、それは自分の意志ではなく力による支配。

 せっかく生を取り戻した我が身を案じる彼は、追加の兵力を出し惜しみした。


 兵力で圧倒的に劣る女神軍が、ナータの軍勢の兵を半分以上殲滅しようとしていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 鉄人はこの合戦で勝利できると考えていなかった。

 もっと言えば、彼にとっての戦術的勝利は「黒助にストレスなく戦える場を用意すること」である。


 さあ、その春日黒助の様子はどうか。


「事情は分かった。ヴィネ。留守を任せる。ミアリス。聞くが、戦場は西で間違いないか?」

「ええ! 今、飛行魔法をかけるわね!」


「いらん。最近な、空中を蹴るだけではなく、踏めるようになった。空を走っていく。ついて来い、ミアリス」

「ええ……」


 春日黒助、満を持しての出陣である。


「はぁぁぁ! 人の域を超えた異次元っぷり! 逝っちまいそうだねぇ!!」

「……ホント、逝っちゃいそうだわ。待ちなさいよ! ってぇ、超速いんですけど!?」


 女神に導かれてコルティオールにやって来た農家。

 今では、女神に先んじて空を駆ける農家になっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る