第55話 うっかりコルティオールにやって来てしまった農協の岡本さん

 この日も黒助はコルティオールにて農作業に汗を流していた。

 昼食休憩を挟み、トマト班の様子を視察する。


「黒助様ぁ。トマトの芽が出ました。可愛いですぅ」

「ああ。種から育てる時、この発芽を見つけた瞬間は何物にも代えがたい感動があるな。それが分かるとは、イルノもなかなかやるようになった。俺は嬉しい」


「ウリネさんの力で枯れちゃった時はどうしようかと思いましたぁ……」

「俺も失神しそうになった。まさか、ウリネの力が強すぎたとはな」


 彼らの言うように、トマトを早くたくさん食べたいウリネは『大地の祝福』によって、トマトの成長促進を試みた。

 が、どうやら『大地の祝福』はまだ芽が出て間もない作物には強すぎたらしい。


 もしかするとトマトとウリネの魔力にミスマッチがあった可能性もあるが、その研究はミアリスに任せて、イルノと黒助はトマトの苗を種から育てることにした。

 現世の手法で、地道にである。


 一時的に春日大農場の出荷速度が低下することになるが、スイカの定植が済み、こちらは『大地の祝福』ですくすくと3倍速の成長を見せている。

 サツマイモも同様であり、当面は市場への供給量も落とさずにいられるだろう。


「兄貴ー! おおーい!」

「む。どうした、鉄人。今日はアマゾンとやらでアニメの勉強をするのではなかったか?」


「兄貴ってば、たまにおっちょこちょいなんだから! 大事な予定忘れてたでしょ?」

「予定? ちょっと待ってくれ」


 最近スマートフォンを使い始めた黒助。

 それまでは手帳でスケジュール管理をしていたのを、いい機会だとスマホに役割を移していた。


「ん、んー。あー。よし、オッケーグーグル。今日の予定を述べよ」

『午後2時から、農協の岡本さんと打ち合わせです』


 グーグルアシスタントがしっかりと今日の予定を述べた。

 ちなみに、現時刻は現世で午後2時15分である。


「何と言う事だ! 岡本さんをお待たせしているではないか! なにがオッケーグーグルだ! オッケーなものか!! これだからパソコンは好かん!!」

「落ち着いて、兄貴! それ、パソコンじゃないから! あと、叩いちゃダメだって! 壊れたら、修理代かかるよ? しかも、単位は万で!」


 黒助は姿勢を正し、地面に正座して膝にスマホを乗せた。



「オッケーグーグル。酷いことを言ってすまなかった。どうか許してくれ。この通りだ」

『聞き取れませんでした。もう一度お願いします』



「鉄人。グーグルさんが機嫌を直してくれんのだが。俺はどうしたら良い?」

「グーグルの機嫌損ねさせたら大したものだよ! 大丈夫、ちょっと貸してくれる? 僕が謝っておくから!」


 鉄人は人を扱うのが上手い。

 黒助に「まずグーグルアシスタントはね」などと、機能についての説明をせず、「自分がどうにかしておいてあげる」と告げた。

 これはお年寄り相手にも使える高等テクニックである。


「す、すまん。鉄人。俺はグーグルさんに謝る事もできんのか。手間をかけさせるな。帰ったら、小遣いを受け取ってくれ」

「やっほい! グーグルさん、機嫌良くなったってさ!」


 スマホを鉄人から受け取って、現実に黒助の思考が帰って来た。


「い、いかん! 岡本さんを待たせているのだった! すまんが、ここは任せるぞ、イルノ!」

「はいぃ! 頑張りますぅ!!」


「兄貴、兄貴! そこんとこも任せといて! 岡本さんと、今日はコカトリスの卵について話するんだったでしょ?」

「ああ、そうだ。市場へ口利きを頼もうと思っていた」


「それならさ、直接現場を見てもらった方が早いと思って! 実はもうお連れしております!!」

「なんと! さすがだな。鉄人。お前の素晴らしさを形容する言葉がこの世に存在しないのが歯痒い」


「このバカ兄弟! 何してくれてんのよ!!」


 ミアリスが母屋から飛んで来た。

 今回は、急いで飛んで来たのでダブルミーニング。

 面倒な女神である。


「部外者を異世界に連れて来るとか、正気!? 危険がいっぱいなのよ! 何かあったらどうするの!!」

「いやー。はっは。どうも春日さん。弟さんのご厚意に甘えて来てしまいましたよ」


「岡本さん! 申し訳ありません!! 予定をすっぽかすなど、あってはならぬ失礼を……!!」

「いえいえ。そんな日もあります。お気になさらずに。それにしても、異世界と言うのは暖かいのですな」


「それがコルティオールの長所ですから。では、養鶏場にご案内します」

「いやぁ。楽しみですな」


 普通に歩いて行く黒助と岡本さん。

 ミアリスは「心配だからついて行く」と言って、2人のあとを追った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふーっははは! ようこそ来られた、異界の御仁! 吾輩はこのコカトリス養鶏場を黒助様より預かってござる! ブロッサムと申すひゅん」

「バカタレ! もっと丁寧に、恐縮しろ! 竜の顔も引っ込めろ! 怖いだろうが! 佐藤健くんみたいな顔になれ!! 岡本さんは農協の次長だぞ! この意味が分かるか?」



「も、申し訳ないでござる。吾輩には分かりません」

「岡本さんには、農家の生殺与奪の権が握られていると言う事だ……!!」



 その岡本さんは、コカトリスを見て「大きいですなぁ」と驚き、卵を見て「こちらも大きい! ダチョウの卵に形状は似ていますねぇ」と単身で分析している。


「あっ、ちょっと! 岡本さん! そっちはダメダメ! 危ないから!」

「おや、ミアリスさん? どうしてでしょう?」


 コカトリスの餌は農場で出るクズ野菜からねん出されているが、それだけでは足りないので、ブロッサムがモンスターを狩ってきて与えている。

 なお、そのモンスターは生け捕りにする。


 そして、獲れたてピチピチのモンスターがそこにはいた。


 名前は『サタンキャロット』と言う。

 魔王の魔力によってモンスターとなった、ニンジンに似た何かである。


「岡本さん! 下がって! 今、わたしが!!」

「……ふんっ。活きの良いニンジンですねぇ。これは食べられるのですか?」


「黒助。ちょっと、ねえ! 黒助さん!? 岡本さんって何者? 雑魚とは言え、モンスターを手で払ったわよ? ついでに倒してるんだけど?」

「農協に所属しているからな。岡本さんは。あと、通信空手をやっている」



「農協ってところがどんどん分かんなくなっていくんだけど。なに? その組織は世界を滅ぼそうとしているの?」

「……そうかもしれん。現に指先ひとつで俺と家族を殺すことができるのは確かだ」



 ミアリスは、農協の脅威を聞いて震えあがったと言う。

 魔王をも恐れない黒助が恐れる、岡本さん。そして農協。


 「現世って怖いとこね」と、ミアリスは心に刻み込んだ。


「春日さん! この生きているニンジンを食べてみませんか! 色艶も悪くないですなぁ! 精がつきそうですねぇ!」

「その発想はありませんでした! すぐにゲルゲを呼んで焼かせましょう!!」


 これより未来、サタンキャロットが岡本さんの手によって市場に出回るのだが、それはまた別の話である。

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