第53話 次なる作物はトマト!!
今日の黒助は軽トラで異世界へご出勤。
トマトの種が手に入ったのだ。
本当ならば苗が欲しかったのだが、こればかりはタイミングが合わないとどうしようもない。
むしろ、種だけでも手に入って幸運だったと黒助は前を向く。
では、なにゆえ軽トラなのか。載せるものはあるのか。
もちろんあるのである。
黒助は農作物を育てる前に、その品質を従業員と共有するべしと決めている。
『でんすけすいか』も皆で試食してから定植作業へと移ったのは、割と記憶に新しい。
「鉄人。今日は母校の野球部の試合を観戦に行くのではなかったのか?」
「うん、そのつもりだったんだけどさ。自称高校野球通のおじさんと並んで、今年の打線は良いぞ……! とか、意味ありげに呟くの!」
「大きな仕事じゃないか。お前でなければ務まらない」
「ただね、降水確率がさ。40パーセントなんだよね。この絶妙な確率を聞いたら、もうリスク回避一択でしょ。市営野球場、屋根がある席って少ないし」
「なるほど。さすがだな、鉄人。その慎重さは俺も見習わなければならん」
「そういうわけで、コルティオールに行こうかなって! あっちはほとんど晴れてるからねー。真冬の今なんかはもうバカンス気分だよ」
黒助は「なるほどな」と納得して、助手席に鉄人を乗せた。
軽トラで転移装置に迷いなく突入していく春日兄弟。
彼らのメンタルはどこから生まれて来たのか。
興味はあるが、別に知らなくても困らない、降水確率40パーセントに匹敵する微妙な案件であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あー。全員の手元に行き渡っただろうか? おい、オーガの最後尾の者。トマトがあれば手を振ってくれ。……よし。メゾルバ。ご苦労だった」
「我が主の命ならば、何なりと」
「うむ。お前もずいぶんと成長したな。昨日は畑の傍に落ちていたマルチの破片をそっと拾っていたところを見ていたぞ。良かろう。今日からお前は正式な従業員だ」
「くははっ。光栄の極み。このメゾルバ、我が主のためならば命を賭します」
黒助は「分かった。頑張れ」とメゾルバの命を軽視して、メゾルバの命よりも大事なブランドトマトについて説明すべく、拡声器を持った。
「このトマトは『桃太郎』と言う。タキイ種苗と言う創造神が作り上げた、驚異のブランドトマトだ。『トマトの常識を破りたい』と言う信念によって創られた、ある意味では芸術品と言っても決して過言ではない」
オーガたちがざわつく。
「この赤い果実はそれほどまでに凄まじいものなのか」と。
中には思わず跪く者もいたと言う。
「本来のトマトは酸味が強い。それゆえに、ザ・野菜のような味を苦手にする者も多い。だが、この桃太郎はフルーツトマトと言う括りである。甘みが強く、それでいてほのかな酸味があり、実に美味い。さらに、トマトと言えば軟化が最大の敵であり、輸送を考えると未成熟の状態で出荷する必要に迫られる事もあり、多くの農家が涙を流して来た」
ここで黒助は手に持っているトマトを掲げた。
「しかぁし! 桃太郎は果肉が実にいい塩梅の硬さで軟化しにくい! つまり、完熟の状態で食卓にお届けできるのだ! さあ、情報が頭に入った者から実際に食ってみろ! 野暮な事は言わん! 本能のままにかぶりつけ!!」
肉厚な果肉とジューシーな果汁。
そして芳醇なトマトの香りは、春日大農場の従業員全てを虜にした。
「うわっ! 美味しいわね! こんなのコルティオールにはなかった野菜だわ」
「とっても甘いのに、ちょっと酸っぱいのが不思議ですぅ」
朝礼に参加しているミアリスとイルノの反応も上々である。
黒助は全てを理解して、「うむ」と一言。
「それでは、今日からトマト班を新設する! リーダーはイルノ! オーガたち、サツマイモ班から移籍する者には既に通達があったと思う! 新しい作業は苦戦もするだろうが、その分給料には色を付ける! お前たちの奮闘に期待する!!」
「うぉぉぉぉ!!」と言う歓声。
歓声と言うよりはもはや怒号の中、春日大農場の新規事業がスタートした。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃。
魔の邪神・ナータは、魔王城の北にある墓地で眷属たちを目覚めさせていた。
「墓地から目覚めさせる」と言う表現は、一見すると死霊将軍・ヴィネとの違いが伝わりにくい。
だが、ヴィネとナータには決定的な違いがある。
ヴィネは死霊将軍の名前の通り、死体やアンデッドのモンスターを使役する。
対して、ナータは死体に用がある訳ではない。
その魂に極めて重要な用事があるのだ。
「うふふっ。さあ、魔王軍歴戦の勇士たちの御霊たち。わたくしの元においでなさい。新しい体を差し上げるわ。決して朽ちる事のない、強靭な鉄の体よ」
そう言うと、ナータは巨大な魔方陣を出現させる。
そこから生み出されるのは、鉄の巨人。
ただし、中身は空である。
「感謝するわ。ノワールちゃん。あなた、わたくしのいない間も守ってくれていたのね。しっかりと。虚無将軍の後任をあなたにして正解だったわ。これからはもっと働いてもらうわよ?」
「……ご随意に。私は自分の任務を果たしただけですわ」
「うふふ」ともう一度笑ったナータは、ノワールと共に作業に入る。
2000の眷属の魂を器に移し替えるのだ。
さながら、ポットから苗を畑に植え替えるように。
◆◇◆◇◆◇◆◇
魔の邪神・ナータが放った巨大な魔力は、当然魔王城にも届いていた。
「くっくっく。ガイルよ」
「ははっ! なんでございましょうか、ベザルオール様!」
「城の北から凄まじい量の怨霊が湧いておるわ。正直、ビジュアルが怖いのでそっちの窓のカーテンを閉めてくれぬか。くっくっく。多分、今宵はトイレに行けぬ」
「はっ、ははっ! 者ども! カーテンを閉めよ! いや、それでは足りないのだよ! 雨戸も閉めるのだ! それから、カーテンは動物さんの柄のものに変えろ!! 魔王様が心穏やかに夜を過ごせるようにだ! そうだ、ネコさんにするのだよ!!」
通信司令長官・アルゴムは無言で携帯トイレをいくつか謁見の間の端に置いて来た。
アルゴムは死霊を恐れない。
その代わりとして、もっと恐ろしいものがある。
「魔王様が、おトイレを失敗なされたら……!! 魔王軍は滅びる!!」
この夜、魔王軍に住まう上級モンスターを従えた狂竜将軍・ガイルは、思いつく限りの陽気な歌をうたい、アルゴムは鼻でピーナッツを飛ばして口でキャッチすると言う曲芸を幾度となく繰り返した。
安心した魔王ベザルオールが眠りについたのは、夜明け前だったと言う。
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