第52話 魔の邪神・ナータ

 女神と四大精霊が集合して、その中心には春日黒助。

 この陣形を彼らが取る時。

 それは、農作物に関する議論が行われる合図でもある。


「今日はカタログを持って来た。コルティオールにはウリネがいる。よって季節を無視して作物を育てる事が出来るのは、お前たちも知っての通りだ」

「えっへん! すごいでしょー!!」


「よって、正しい育成方法さえ守れば、何でも作る事が出来る。これまでは、サツマイモとスイカ。俺が主導してこの2つを育てているが。今回は何を育てるか。それをお前たちに決めてほしい」


 ゴンゴルゲルゲが立ち上がる。


「わ、ワシらが、黒助様の農場で育てる作物を選んでよろしいのですか!?」

「そう言っている。ゲルゲ。落ち着け。ちょっと暑い」


 ゴンゴルゲルゲは静かに座った。


「も、申し訳ございませぬ! ワシはあまりの喜びに興奮してしまい……!」

「いや、構わん。それに気持ちは分かる。次は何を育てるかと吟味しているこの瞬間、農家にとっては至福の時だ。ほどよく興奮しろ」


「は、ははあ! カタログを拝見いたしますぞ!!」

「うむ。……セルフィ。すまんが、風を吹かせてくれ。やっぱり暑い」


 風の精霊・セルフィは、今さら説明する必要もないかと思われるが、風を自在に操る事が出来る。

 強風から微風。冷房から除湿までお手の物。


「マジでー。黒助様さ、精霊を便利に使い過ぎじゃね? そこんとこ、ミアリス様はどう考えてんのか教えてほしいし」

「どうって……。もう魔王軍との戦いに黒助の力は不可欠な状況が出来ちゃったし? 全面的な服従関係かしら? あ、ごめんセルフィ。ちょっと寒いから、室温2℃上げてくれる?」


「四大精霊の権威が失墜しまくってんだけどマジでー」


 そう言って、セルフィは温度のコントロールをする。


「こうして見ると、赤と緑の作物が多いですぅ」

「そうだな。葉物野菜は安定して売れるし、赤いものは何故だか人気がある。イチゴにトマト、ニンジン、変わり種では赤玉ねぎやビーツなんてものも良いな」


「ボク、このトマトってヤツがいいー!! スイカも赤くて美味しかったし、このトマトも絶対おいしーよ!!」

「ウリネ。さすがお目が高いな。トマトは市場でも売れ筋の商品であり、さらに加工品にもできる。生でかじっても美味いぞ」


 ゴンゴルゲルゲが立ち上がる。


「ぐーっはは! 赤は良いですぞ! ワシのパーソナルカラーですゆえ!!」

「分かった。ゲルゲ。座れ。暑くて敵わん。セルフィ。冷房モードで頼む」


「いや、そんなモードないんだっつーの。はぁ。めんどっ」

「そう言いながらもちゃんと言う事を聞くようになったあたりに、黒助の効果を感じるわね。ちなみにわたしは、あんたたちが育てたいヤツでいいわよ!」


 イルノがゴンゴルゲルゲの熱によって、浮遊する水の玉を減らしていく。

 どうやら、自分の体温調整のために使っているらしい。

 そんな彼女は涼し気な顔で言った。


「イルノはウリネさんに賛成ですぅ。美味しそうですぅ」

「うむ。イルノは良い判断をする。では、トマトを作るか!」


 女神と四大精霊は「はーい」と全員で肯定した。

 ブランドに関しては、黒助が農協の岡本さんと協議を重ねて決めると言う。


 今日も春日大農場は平和であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちらは、魔王城。

 もうお馴染みのメンバーが謁見の間に揃っていた。


「くっくっく。ガイルよ。先月の『魔王城通信』に載せた余のポエム。評判が悪いみたいなのだが。ま?」

「そ、そのような不届き者が一定数おるようですが! この私が粛清して参ります!!」


「良い。面白いかつまらぬか、それを決めるのは各人の自由。くっくっく。つまらぬと言われると、創作意欲が湧いてくると言うものよ……!」

「さすがでございますな、ベザルオール様」


 通信司令長官・アルゴムがガイルに質問をする。


「このナータ様の入っている棺は、メゾルバ様が入っていたものよりも何やら厳重に封印が施されているように見えますが?」

「良いところに気付いたのだよ、アルゴム。魔の邪神・ナータは自分の意志で勝手に封印から目覚めようとする。ゆえに、私と虚無将軍・ノワールの2人がかりで封じてあるのだ」


「な、なるほど。それで、ノワール様はいずこへ!?」

「あの女は神出鬼没。招集をかけても現れない事は珍しいことではないのだよ」


 アルゴムは「これは言いたくないな」と思っていた懸念を告げるか迷う。

 その数秒の逡巡が、命運を分けた。


「お二人で封じられたのであれば、ガイル様だけでは……し、失礼ながら、心許ない……と申しますか! だ、大丈夫なのですね!? ガイル様も100年の間にお強くなられたと言うことで、よろしゅうございますな!?」



「アルゴム。君の気付きは素晴らしいのだよ。それは思い至らなかった」

「くっくっく。既に余は封印を解いておるが。あれ、余、また何かやっちゃいましたか」



 凄まじい邪悪な魔力を無料で放出しながら、黒い服を着た女が棺から出て来た。

 髪の色は真っ白で、そのコントラストが一層不気味だったとアルゴムは語る。


「ごきげんよう。魔王ベザルオール様。ご存命で何よりですわ。あなた様が死んでおられたら、わたくしが魔王の座につかなければならないところですものね」


「魔の邪神・ナータよ! 魔王様の御前であるぞ! 控えぬか!!」

「あらぁ? ガイルの坊やじゃないの。へぇー。少しは強くなったみたいね。でもね、わたくしから見ればまだまだ。どうする? おっぱい飲む?」


「魔の邪神・ナータよ。余は貴様の力を借りたいと思っておる。此度の戦、いささか風向きが悪くなって来たゆえ」

「いいですわ。魔王様がそうまでおっしゃられるのならば、このナータが、あなた様の望みを叶えて差し上げます。それで、相手の女神の情報は? ガイルの坊やが教えてくれるのかしら?」


「もちろんだ。既に用意してある。そして、敵は女神ではない。農家だ」



「100年の後の世界の冗談は笑いどころが分からないわ」

「くっくっく。余はもう慣れた。むしろ、これをやらないと気持ち悪いまである」



 ナータは「眷属を蘇らせて参りますわ」と言って、魔王城の北にある墓地へと向かった。

 メゾルバによれば、ナータの眷属は2000にも及ぶと言う。


 膨大な数が相手になった最強の農家。

 果たして彼はどう戦うのか。


「……凄まじい迫力でしたな。ベザルオール様」

「くっくっく。なぜだか分からぬが、脳内に『女王の教室』『天海祐希』と言う言葉が浮かんできた。ガイルよ、ココア淹れて」


「ははっ! かしこまりました!! 濃い目に淹れますれば、お心も落ち着かれるかと!!」


 アルゴムは思った。

 「そろそろ転職を考える頃合いかもしれない」と。

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