第47話 聖女・春日柚葉

 翌日。

 日曜日のため、現世からは黒助の他に柚葉と鉄人がやって来ていた。


 未美香は部活があるため、「寂しいよー!」と出がけに嘆いていたらしい。


「お待ちしておりました。我が君」


 メゾルバが3人を見つけて駆け寄ってくる。

 そのまま流れるように跪いた。


「やだ、ヤメてくださいよ! 私、ただの人間ですよ?」

「いえ。我が君。あなた様が手を差し伸べて下さらなければ、我は黒助様に滅されていたでしょう。あなたこそが聖女。我が命、あなた様に捧げます」


「ええー。困りました……。兄さん、どうしましょう?」

「柚葉が嫌ならば、俺がぶっ飛ばすが?」

「ははっ! 兄貴、極端なんだから! 地面に埋めるくらいにしときなって!」


 力の邪神を跪かせて、和気あいあいと怖い事を口走る春日家の人たち。

 その様子を見ていたミアリスが飛んできた。

 別に急いで来た訳ではなく、羽を広げて飛んできた。


 女神の移動の描写は紛らわしいので、黒助に羽をもいでもらうべきか。


「あんたたち……。わたしが留守にしてる間に、またとんでもないヤツを仲間に引き入れてくれたわね……」

「仲間ではない。従業員見習いだ。メゾルバは畑を踏み散らかした前科があるからな。俺はまだ従業員として認めてはいない」


「うん。そーゆう話じゃないのよ? 鉄人と柚葉がいてくれて助かったわ。今日は話がスムーズにできそう」

「はいはい! 僕で良ければ伺いましょう!」

「鉄人さん。兄さんがいるのに出しゃばらないでもらえますか?」


 聖女もニートには辛辣である。


「邪神って聞いたことあるから、調べたのよ。女神の泉に行って」


 女神の泉はユリメケ平原から少し山奥に入ったところにある。

 女神が代々継承している神聖な場所で、女神しか入る事の出来ない場所でもある。

 そこにはこれまでのコルティオールの歴史が、歴代の女神の記憶として保管されているのだ。


「なるほど。分からん」

「そうね。知ってた。もう女神の泉の件はなかった事にしていいわ。とにかく、先々代の女神の記憶にあったのよ、邪神についての情報が!」


「力以外にも、魔と夜の邪神がいるんでしたっけ? 魔はありがちだけど、夜ってのはオシャンティーですね!」

「……鉄人は鉄人で軽いのよね。柚葉、聞いてくれる?」


 女神が聖女に助けを求めた。

 ついに春日家の中で3人目の救世主が誕生するらしい。


 英雄に始まり、軍師、そして聖女。

 未美香の分の役職も今のうちに用意しておかなければならないだろう。


「えっと、つまりメゾルバさんよりも、魔と夜の邪神さんの方が相手にしたくないんですか? どうしてでしょうか?」

「この淀みない会話……! 柚葉、ずっとこっちに住んでくれないかしら」


 ミアリスは黒助に聞かれないように注意しながら、柚葉を勧誘する。

 自分から本題を忘れた女神に、柚葉が「あの、お話の続きは?」と優しく問いかける。


「夜の邪神についてはよく分かんないんだけどね。魔の邪神は、2000の眷属を従えていたって記録が残っているのよ。そんなヤツが封印から目覚めていたら、とんでもないわよ!」

「それは大変ですね! おもてなしできるでしょうか?」



「おもてなさないわよ?」

「えっ? お客様なのにですか!?」



 敵の軍勢をお客様とカウントする柚葉。

 春日家の血筋は引いていないはずの彼女は、どうしてこんなメンタルに。


「聞くが。ミアリス」

「このパターン、わたし知ってる。まあ、一応言ってみてくれる?」


「魔の邪神は荒地の魔女を1とすると、いくつになる?」

「出たわね、謎の数値化。あー。はいはい。3くらいよ」



「ば、バカな……!! 美輪明宏さんがモデルになって、美輪明宏さんが声を当てた、あの荒地の魔女の3倍……だと……!?」

「うん。ごめん。わたしが間違ってた。その美輪さんの方が絶対にすごいわ」



 それからしばらく今後の対応について協議を続けた彼らであるが、黒助が早々に「難しいことは鉄人に任せてある」と言って農作業へ向かう。

 鉄人は「オッケー! 信長の野望で言うところの北条家だ!」と納得して、何やら作戦を考えるらしい。


「大変ですね。ミアリスさん。私、もう少しで学校が自由登校になるので、時間をなるべく作ってお手伝いに来ますから! 頑張りましょう!!」

「……柚葉。あんたさえ良ければ、次の女神に推薦したいんだけど」


 ミアリスの申し出は丁寧に断られる。

 理由は「兄さんのお世話ができませんから!」と言う事であった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 こちら、魔王城。

 例によって、謁見の間には狂竜将軍・ガイルと通信司令長官・アルゴムがいた。


「ベザルオール様。力の邪神・メゾルバが、敗れました」

「くっくっく。そうか。もう、何となく予測はついておった」


 ガイルは更に続ける。

 苦々しい顔をして。だが、この男はだいたい苦々しい顔をしている。



「敗れたついでに、女神軍で畑を耕しております」

「くっくっく。草こえて森こえてアマゾンこえてマダガスカル」



 凶報にも慣れて来た魔王様。

 マグカップにはココアが注がれており、それをゆっくりと飲む。

 そうしたらば、心が落ち着いたと言う。


「こうなれば、致し方ありませんな。魔の邪神・ナータを目覚めさせましょう」

「が、ガイル様……! ナータ様はどのようなお方で!?」


「アルゴムよ。私とて、できればあの女を目覚めさせたくはないのだよ。傲慢で横柄な態度が目立ち、忠誠心は低い。それでいて頭が切れる上に、軍の運用にも長けている。腹立たしいことこの上ない」

「で、では! ガイル様が女神軍を征伐なさる時では!?」


 ガイルは首を横に振る。

 そしてやはり苦々しい顔をして言う。


「今の私には、ベザルオール様のお作りになられる『魔王城通信』の4コマ漫画を描く使命があるのだよ。それに加えて、印刷から魔王軍への発布も私でなければ務まらないのだ。なんと歯痒いことだろう。分かるかね?」


「くっくっく。今月のポエムは自信作である。いつもよりも質の良い紙に印刷せよ、ガイル」

「ははっ! 私も精一杯、4コマ漫画を描かせて頂きます!!」


 アルゴムは「失礼いたします」と頭を下げて、自室へと戻った。

 彼は魔王軍の行く末に暗雲が立ち込めている気配を何となく感じ取っていた。


「……今月は危機管理について書こう」


 そう呟いて、アルゴムは『魔王城通信』の1コーナーである『アルゴム注意報』の執筆に取り掛かった。

 魔の邪神・ナータとは、一体どのような人物なのか。


 果たして、どんな感じで農家にやられるのだろうか。

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