第45話 パワーVSやべぇパワー

 一旦距離を取って、事態の分析を図るべきである。

 メゾルバの戦いの本能がそう告げていた。


 彼は力の邪神だが、いわゆる脳筋のタイプではない。

 巨大な力を持ちながらも、冷静な思考を携えている。


「ぐぅっ!!」


 メゾルバは翼を羽ばたかせて、一気に上空へと舞い上がる。

 そのスピードは高速道路を走る軽トラよりも早く、その高さは朝市が行われる農協の支所の800倍ほどにも及んだ。


「な、なんなのだ、あの者は。あれが魔王様の言っておられた、農家!? 我の知っている農家は、土地を耕し作物を育てる事を生業とするただの人間であるのに!!」


 それで合っている。

 農家とは、そう言うものである。


「おい。聞くが。メレンゲ」



「はぁぁぁぁぁぁぁぁん!? どうしてそこに農家がいる!? 貴様、飛べるのか!?」

「人が飛べて堪るか。ジャンプしただけだ」



 間違っても高度2000メートルに至る大ジャンプを農家の標準装備だと思ってはならない。

 これは、特殊な体を与えられた農家が、それを頭のおかしくなるメンタルで行使した結果なのである。


「じゃ、ジャンプ!? よ、よし、ならばそのまま落ちるだけだな! 残念だが、我には翼がある! 貴様はさっさと地面に向かって落下するといい!!」

「意外とお喋りなヤツだな。おい、メレンゲ。聞くが」


「……どうして貴様は落下しない? 農家は重力の制御もできるのか?」

「できて堪るか。これは一生懸命になって空中を蹴っているだけだ」


 メゾルバは考えた。


 一生懸命になったら、空中を蹴る事ができるのだろうか。

 よしんば蹴る事が可能だったとして、それで空を飛ぶことができるのだろうか。


 チラ見した農家がまだ普通に自分と同じ高度を維持していたので、彼はその件に関して考える事をヤメた。


「メレンゲ。聞くが」

「……これはもしかすると、我の深層心理が見せている幻か? 100年の封印による後遺症ではないのか? そうだ、そうに違いない」



「話を聞かんかぁ! バカタレぇぇ!!」

「ぺうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!」



 メゾルバは一時的に退避した先の空中で、黒助の攻撃を喰らった。

 4度目である。


 鳥山明先生の作品のように、鮮やかに空から地面に叩きつけられるメゾルバ。


「しまった。つい手を出してしまった。まあ、畑に落ちなかったので良しとしよう」


 少しだけ反省して、黒助は頭を下に向けた。

 そして空中をバタバタと蹴ると、落下する速度がグングン上がっていく。


 どのような理屈でそれが成されているのかは、航空力学に詳しい識者に聞くしかない。

 この場に識者がいないのが実に残念。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ぽによぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 メゾルバが地面とドッキングを成功させた地点は、スイカ畑のわずか200メートル先だった。

 続けて、黒助が着陸する。


 彼は「あ、危ないところだった」と冷や汗をかいた。

 自分のチョンボで畑に被害が出たら、その怒りを向ける矛先がない。


 きっと彼は、腹立ちまぎれに魔王軍を壊滅させてしまうだろう。


「くっ、くはぁ! はぁ、はぁ……。意味が、意味が分からない。なんだこの男は。我は邪神だぞ。神と名の付く我が、どうして何もできずに蹂躙される!?」

「おい。メレンゲ。聞くが」


 メゾルバは学習する男である。

 この「聞くが」と言うセリフが、どうやら農家のトリガーになっているらしいと理解していた。


 ならば、もう引き金から指を離してもらう方向に舵を切るしかない。

 さもなければ、死んでしまう。


「な、なんだ。貴様、我に何を聞きたい?」

「態度が悪いな。初対面の相手に挨拶もない」



「お疲れ様です。何をお知りになりたいのでしょうか」

 メゾルバの生存本能が、彼に生まれて初めての尊敬語を使わせた瞬間である。



「よし。聞くが、お前たち魔王軍はどうして単身で攻めてくる?」

「おっしゃっている意味が分かりません」


「俺の弟が言っていた。弟はとても頭が良い。その弟が、この場所はとても攻めやすいと言う。ならば、大軍を率いて攻勢に打って出る方が良いとは思わんのか?」

「あ、なるほどですね」


「ふんっ!」

「あぺゃぁぁぁぁぁっ!? えっ、えっ!?」



「俺はその、なるほどですねという受け答えが好かん。去年、くそ忙しい時に家に来たシロアリ駆除の業者が3時間も帰らずにそのセリフを連呼していたからだ」

「かしこまりました。もう言いません」


 力と力の勝負の決着は、既に明白であった。

 だが、黒助が投了を認めない。


 永遠に続く王手。

 「参りました」と言っても「まだだ」と王手が続く。


 悪夢であった。


「それで、その辺りはどうなっている? お前たちはバカなのか?」

「いえ、我は先日封印から目覚めたばかりでして。魔王様の方針なのかと思いますが。はい。あの、戻ったらそう担当の者に伝えておきます。はい」


「つまり、お前は何も知らんと? ついでに考えなしに攻め込んで来たと? そういう訳か?」

「はい、そういう訳です」


 黒助は「なるほど」と頷いた。


 春日黒助のメンタルは最強だが、慈悲がない訳ではない。

 既に無作法にも畑を踏みつけた分の制裁は済んだと彼は考えている。


 問題は、この邪神を魔王のところへ帰らせた結果、後日また攻め込んで来たら面倒であると言う点である。


「聞くが。コルティオールに家庭裁判所はあるか?」

「は、はっ? ちょっと何を言っているのか分かりません」


「そうか。ないのか。では、念書を書かせても無意味だな」


 黒助が既に戦闘意欲を失っているのと同様に、メゾルバにも既に戦意は残っていなかった。

 今は、どうにかこの場をやり過ごして、魔王城に帰りたい。


 何なら、棺の中に戻ってもう100年ほど封印されたい。

 100年ののち、この農家のいない世界でのんびり暮らしたい。

 その一心であった。


 時に、強い意志と言うものは視野を狭くする。

 結果、自分の立場が極めて悪くなると少し考えれば分かるのに、どうしてか愚かな策を取ってしまう。


 この点は、人も邪神も同じようであった。


「兄さーん! もう終わりましたかー? 飲み物を持ってきましたよー!」

「む。柚葉か」


 その瞬間、メゾルバは閃いた。

 「この娘を人質に取れば、どうにか逃げおおせることができる!」と。


 それが最も愚かな作戦だと知らずに。


「う、動くな! 娘ぇぇ!!!」

「いい加減にせんか! この救いようのないバカが!! 『農家のうかきょうパンチ』!!」


「あべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべべっ」


 地面にめり込んでいくメゾルバ。

 柚葉に遅れて現場にやって来たギリーは思った。


 「あ。このパターン、オレ喰らった事あるヤツだわ」と。

 経験者の彼は、メゾルバの未来に思いを馳せると何だか背筋が寒くなったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る