第44話 力の邪神・メゾルバ
飛竜の背中から飛び降りたメゾルバ。
そして、彼は巨大な翼を広げる。
飛竜は思った。
「いや、飛べるんですかい。せやったら、なんであんたはあたくしの背中に10日も乗ってはったんですか?」と。
メゾルバはゆっくりと旋回しながら春日大農場の母屋の前に降り立った。
厳密には、母屋から100メートルほど離れた場所である。
「やぱっ! 黒助、殺されちゃうし! あの人、相手の魔力感じられるんでしょ!? なんで逃げないの!? 黒助の妹たち、とりあえずあなたたちだけでも逃げろし!」
セルフィは一目見ただけで、力の邪神・メゾルバの実力を理解した。
四大精霊の中で1番強い彼女には、「魔王軍ともそれなりに渡り合える」と言う自負があった。
それがガラス細工で出来ていた事を知る。
「ウチが10人いても、あの化け物には勝てない!」が、彼女の出した結論だった。
ならば、非戦闘員から順番に逃がすのが定石。
セルフィは気まぐれだが、薄情者ではなかった。
「大丈夫ですよ! 兄さんはとっても強いですから! 私たちに危険は及びません!」
「そだよー! セルフィさんも、こっち来て座りなよ! あたし、お茶淹れるよ?」
「なんであなたたちはそんなに落ち着いてるん!? そんな可愛い見た目で、心臓に毛でも生えてるの!? すぐに除毛して!! ヤバいんだし!!」
メンタルが最強の春日家。
義妹たちは、兄の勝利を疑わない。
それゆえに、避難する必要もない。
実にシンプルで強靭な答えだった。
「ほう。ここが現代の女神軍が住んでいる基地か? なんだこれは。結界こそ張られていたが、四方から攻め放題ではないか。足元も踏み固められていない。……なにか埋まっているな?」
メゾルバが春日大農場の感想を述べている間に、黒助は音もなく彼の前に立っていた。
続けて、両手を組んだかと思えば、勢いそのままにメゾルバに向けて振り上げた。
「畑の上に立つんじゃない! バカタレぇ!!」
「ぐぅぅぅぅぅぅっ!? かはっ! な、なんだと!? 今、我は何をされた!?」
遥か上空へと打ち上げられたメゾルバは、激しい混乱に陥る。
だが、顎の下が熱を持ち、それが痛みに変わる頃には理解する。
と言うよりも、理解せざるを得なかった。
どうやら、自分は女神軍の何者かに先制攻撃をされたのだという事実を。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「鉄人。今のバカタレが飛んで行った方角は分かるか?」
「バッチリよ、兄貴! このカメラの望遠機能はすごいんだから! ええと、あー、いたいた! ヴィネさんとこの肥料倉庫の辺りに着陸してるよ!」
「分かった。ちょっと行って来る」
「あ、待った! こっちに向かってすっごい勢いで飛んできてる!」
コルティオールにたむろするようになった鉄人の体に、少しずつ変化が現れていた。
彼の視力が格段に向上しているのだ。
「魔力は想像力が根源である」と説くミアリス。
そして、ニートは想像力の塊である。
「本気出した僕はすごいんだから」と、常に秘められた力を解放するイメージトレーニングを欠かさないのがエリートニート。
つまり、鉄人は無自覚のうちに魔力の操作をマスターしつつあった。
さすがは春日黒助の実弟。
具体的な根拠がこの一文で片付くのは大変に素晴らしい。
「くっくく! 面白い! 先ほどの攻撃からして、相手は力を操るタイプ! さては火の精霊か!? 四大精霊など取るに足らんと思っていたが、なんのなんの! いるではないか、活きの良い男が!!」
5キロの距離を数秒で詰めるメゾルバ。
彼は右の拳に魔力を充填させる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃。
ヴィネの肥料研究所では。
「へっくしょい! ちくしょう!! ……これは失礼を!」
「なによ、ゴンゴルゲルゲ。風邪? あんた、燃えてた時代のままのノリで上半身いっつも裸だからよ。もう燃えてないんだから、服着なさいよね」
噂をされた火の精霊が、くしゃみをしていた。
「よもやイフリート族のワシが風邪を引くとは……! やはり世の中、毎日が発見に満ちておりますな! ぐっはっは!」
「ポジティブだねぇ、あんたは。黒助の影響を受けてるじゃないか。やっぱりあの男は格別だよ! ああっ、考えただけで逝っちまいそうだ!!」
ヴィネのレポートによると、肥料の生産は順調との事であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「消し飛ばしてやるぞ! 火の精霊よ!! 『
力の邪神・メゾルバの拳は、一振りで大地を砕き、海を割り、空を裂く。
『
その必殺の一撃が、黒助の眼前に迫っていた。
「ダメだし! それを受けるのはナシ! マジであなた、死んじゃうって!!」
「くっくくく! もう遅い! 既に捉えたぞ、火の精霊ぃぃぃ!!!」
黒助は手首の柔軟体操をしたのち、右手を振りかぶった。
「塵と化せぇぇぇ! 火の精霊ぃぃぃ! くははははっ!!」
「誰が火の精霊だ! 俺は農家だ! あと、何回も畑に入ろうとするな! バカタレぇぇ!!」
「わ、我の拳を止めた……だと……!?」
黒助は、メゾルバ渾身の右ストレートを手の平でいなした。
なお、当然のことながら黒助の腕は2本ある。
ならば、次にやって来るのは左手の出番であるのは必定。
「そぉぉぉぉいっ!!」
「あぺぇぇぇぇっ!? ぐ、ぐはぁっ!! な、なにをされた!? 今、我は何を!?」
「む。俺の『
「ご、五将軍だとぉ!? あのような雑魚どもと我を一緒にするな! 我は力の邪神・メゾルバ!! 力の邪神・メゾルバだ!!」
「2回も言わんでいい! うるさいだろうが、バカタレぇぇぇ!!」
「ぶぎぃぃぃぃぃっ!? な、なんなのだ、この男は!? 一体、何なのだ!?」
黒助の攻撃を3度喰らって、まだ倒れないメゾルバ。
どうやら、魔王三邪神の肩書は伊達ではないらしかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
凄まじい衝撃音を聞いて、第2倉庫で農機具を洗っていたギリーとブロッサムが駆けつけて来た。
「うおっ!? なんだ、あの化け物!」
「あ、あれは! 吾輩の見間違いでなければ! 力の邪神・メゾルバ!!」
「知っているのか、ブロッサムの旦那!」
「う、うむ。吾輩も1度だけ見た事がある。そのあまりの力ゆえに、封じられていたはずなのだが……」
驚き戸惑う元五将軍コンビ。
そんな彼らに、柚葉が声を掛けた。
「ご苦労様です! クッキー焼いて来たんです、私! こっちでお茶にしませんか?」
2人は我に返った。
「よく考えてみたら、黒助の旦那が負ける訳がないんだよなァ。妹さんたち、お疲れっす!!」
「然り。黒助様が勝てぬのは、柚葉様と未美香様のみよのぉ」
未美香の淹れてくれた紅茶はクッキーとの相性がバツグンであり、ギリーとブロッサムは労働による疲れが飛んでいくようであったと言う。
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