第43話 空から来る災厄

 力の邪神・メゾルバ。

 彼は飛竜に乗って、10日間ほどコルティオールの上空を巡っていた。


 100年の時はそれなりに長いが、地形が変わっている訳でもなければ太陽の数も増えてはいない。

 少しばかり人間の住む街の数が減り、瘴気の漂う山や森が見受けられるものの、そのような変化はメゾルバにとっては微差ですらない。


 彼にアハ体験させるには、火山のひとつくらいは噴火させなければ足りない。


「つまらん。思えば、前回の戦いもそうだった」


 メゾルバと残る2体の邪神が戦線に投入されたのち、魔王軍が苦戦していた当時の女神軍をたった6日で壊滅状態まで追い込んだのがこの男にとって直近の記憶である。

 あまりにも刺激がなかったため、メゾルバは自分から眠りについたのだ。


「ベザルオール様も何を考えているのやら。いささか戯れが過ぎる。……よし。女神軍を皆殺しにした後は、ひとつ魔王様に歯向かってみるか。かっかっか! 我ながら名案! それも一興だ!」


 メゾルバの独り言を、ものすごく近い場所で聞いている者がいた。


(こ、怖いお方を背中に乗せてしもうたで、これー!! 何なん!? 魔王様に謀反起こす気満々やんけ、この邪神様!! これ、あたくしはどっちに付いたらええんや!? うわぁ、もう最悪やって……。そもそも、10日ぶっ通しで飛竜に乗るとか、常識なさ過ぎやんけ、この邪神はん……。帰って嫁と子供の顔見たいわぁ……)


 飛竜は悲しそうな目で地上を見下ろした。

 ちょうど自然の溢れる森が目に留まり、「今度、家族で来るのもええなぁ」と現実逃避を試みる。


「……はぁっ!!」


 その森を含む、半径1キロメートルが焦土と化した。

 メゾルバが魔力の塊を地上に向けて放ったのだ。



「やはり力を使うと生きている実感が湧いてくる。くははっ」

(ええ……。何してはりますのん、この人……)



 メゾルバは破壊衝動に駆られて、少しずつ気分が高揚してくるのを感じたと言う。

 彼は飛竜に命令する。


「件の女神軍の基地へ向かえ。全てを破壊し、塵も残さん。……いや、首を土産にすると言う話だったか? まったく、面倒な申し出をしてしまったものだ」


 飛竜は進路を春日大農場へと変更した。

 何を置いても背中に乗っている危険人物に降りてもらいたい。


 飛竜の望みはそれだけだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 春日大農場では、いよいよスイカの収穫が行われようとしていた。

 スイカ班リーダーのウリネも気合十分。


「よし。では、試しに2つ、いや3つほど収穫してみよう。ウリネ。お前が選ぶんだ」

「えー? いいのー? クロちゃんの方が良いスイカがどれか分かるんじゃないのー?」


「バカを言うな。収穫作業は農家にとってのクライマックス。最高に気持ちのいい瞬間だ。それを従業員から奪うような冷血漢にはなりたくない」

「わぁー! クロちゃん、やさしー!! んじゃねー! これと、こっち! それに、これもー!! 絶対ね、おいしーと思うんだー!!」


 はつらつとしたウリネの姿に目を細める黒助。

 1玉をウリネに持たせて、残りの2玉を抱えた黒助は母屋に戻る。


「みんな。スイカの試食をしよう。イルノ、いつものように冷やしてくれるか」

「はいぃ! 1時間半ほどお待ちくださいですぅ」


 今日は土曜日。

 たまたま予定のなかった柚葉と、練習が休みになった未美香もコルティオールへやって来ていた。


「すみません。私たちまでご馳走になってしまって」

「何を言う。お前たちに食べて欲しくてスイカを作ったまであるのに、そんな事を言ってくれるな」


「ウリネさん、頑張ったもんね! 絶対に美味しいよ! あたし楽しみー!!」

「未美香ちゃん、ありがとー! ボクもね、ぜーったいおいしーと思うんだー!!」


 そして、いつも通り予定のない鉄人も当然のように母屋にいた。


「いやー。現世は真冬なのに、コルティオールは暖かいからいいよね! これなら絶対にスイカも美味しく味わえるよ! マジで最高!」

「……あんた、ホントに毎日来てるよね。うざっ。マジないわ」


「またまたー! セルフィちゃんも話し相手が欲しいでしょ? セルフィちゃん、見かけによらずシャイだから!」

「なっ! そ、そんなことないし! 喋る相手だっているし!!」


「例えば? あ、ミアリスさん以外でお願いしまーす」

「……バカ。ウザい。キモい。サイテーなんだけど」


 実際のところ、セルフィは他の四大精霊ほどフレンドリーではない。

 風のように気まぐれな彼女が1か所に留まって生活をすること自体稀なのだ。


 そんな慣れない生活の中で、何を言っても笑顔で返事をする鉄人の存在は意外と重宝しているセルフィなのである。


「ミアリスとゲルゲもスイカが冷える頃には戻ってくるだろう」


 2人はヴィネの肥料研究所へおつかいに出掛けている。


 現状、研究所の職員が全員リッチと言う状況なので、オーガの中から何人か科学の分野に明るい者を派遣しようと言う事で計画が動いており、その調整役がミアリス。

 ゴンゴルゲルゲはサツマイモの収穫が落ち着いて来たので、ミアリスのボディーガード役を買って出ていた。


 最近は魔王軍もちょっかいを出してこないので、女神軍も少しばかり気が緩んでいる。

 とは言え、黒助は慎重な男。


 女神と四大精霊、そして元五将軍のメンバーには、なるべく単独行動をさせないように命じている。

 これは鉄人の提案であり、それを了承した黒助が社則として採用した。


 従業員の安全を守るのも雇用主の仕事なのである。


「…………!! ちょ、黒助……さん! なんか来てんだけど!!」

「そうか。セルフィも感じたか」


 セルフィは驚いた。

 「あ、あなた、この気配を察知してそんなに落ち着いてたの!?」と。



「腹が減ったのだろう? 俺もだ。空腹の時に食べるスイカは美味いぞ」

「やっ、そうじゃないし! 空! この農場の上! ものすごい魔力が来てるの!!」



 そう指摘されて、黒助も精神を集中させる。

 最近になって彼は魔力を感知できるようになった。


 だが、その精度はまだまだ低い。


「確かに、何かいるな。だが、これがすごいのかすごくないのか俺には分からん」

「マジで言ってる!? あー! もー! ウリネとイルノはなんでいないの!?」


「よし、分かった。猪を1として、どのくらいの数値になるのか教えてくれるか」

「猪ってなに!? ホント、この人の言う事がマジでウチには理解できないし!!」


 危機はすぐそこまで迫っていた。

 邪神の持つ魔力は通常のものとは一線を画す。


 その異質な魔力をすぐに察知できたのは、四大精霊の中で最も危機察知能力に長けたセルフィだからこその幸運であった。

 念のために母屋から外に出た黒助。


 妹たちには「危ないから、母屋から出るな」と言い付けて、彼は空を見上げた。

 鳥のようなものがはるか上空で羽ばたいているのが見える。


 それは紛れもなく、力の邪神・メゾルバを乗せた飛竜であった。

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