第42話 軍師・春日鉄人の空中視察
正月休みも明けると、黒助は平常運行に戻る。
今日も元気に異世界を開墾するのだ。
「どもー! 皆さんの知恵袋、春日鉄人が来ましたよー!!」
額に汗して畑仕事に精を出す兄を横目に、元気なニートがやって来た。
母屋には基本的に誰かいるので、鉄人も退屈しないで済む。
最近は暇を感じたらすぐに転移装置に入る事にしている、生粋のニート戦士である。
「……なに、あんた。そのノリ、超ウザいんだけど。ないわー」
「はい、キタコレ! 噂のギャル精霊ちゃんに遭遇!! あなたがセルフィちゃんだ!」
「ウザっ。なに、こいつ。あ、ちょっとウリネ。なんかうぜーのがいるんだけど」
「どうしたのー? あー! てっちゃんだー! 遊びに来たのー?」
「どもどもー! ウリネさん、お元気そうでなによりっすわ! これ、お土産! ねるねるねるね! ウリネさん気に入ってたみたいだから!」
「うわー! ありがとー!! ボクねー、これ好きー!! てっちゃん、何か飲むー?」
鉄人は母屋の縁側に座り、「いやー。悪いですよ! ウーロン茶ください!」と答えた。
面白くないのはセルフィである。
と言うか、世間一般ではニートが毎日を満喫している様を面白おかしく眺める者の方が少ないので、セルフィは別に間違っていない。
「マジでないんだけどー。ウチですら働いてるのに、なんでこいつはダラダラしてるわけー?」
「セルフィ知らないんだっけー? てっちゃん、クロちゃんの弟だよー!」
「うげっ!? ま、マジ?」
黒助の弟と言うパワーワードの前に、一瞬で屈したセルフィだった。
「いや、兄貴がどうしてもって言うんでね、一応女神軍の軍師って事になってます! セルフィちゃん、よろしくね!」
「は、はあ!? こいつ、人間でしょ!? なんでたかが人間がウチらと同じ階級なのよ!」
「セルフィはバカだなー! 軍師はボクたちに指示を出すんだから、階級的には負けてるのにー! はい、てっちゃんのお茶ー!」
「ありがとうございます、ウリネさん! ねるねるねるね、実はもう1個あるんです! はい、どうぞ!」
ウリネは「やったぁー!」と大喜び。
兄とタイプが真逆ではあるが、鉄人も人心掌握スキルに長けている点は紛れもなく黒助の弟である。
「セルフィちゃんってさ、もしかして飛行魔法みたいなの使える?」
「使えるし! 何なら、どんなものでも飛ばせるし!! あと、なんでウチだけちゃん付け!? さんを付けろっての!! デコ助野郎!!」
「やっぱり! ってか、自分以外も飛ばせるんだ!? じゃあお願いがあるんだけどさ! 僕を飛ばしてくれない? 空からこの辺の地形を見ておきたいんだよね!」
「はぁ? なんであんたを飛ばさなきゃなんないの? バカじゃん。うざっ」
セルフィの態度は、相手がニートである事を考えると概ね正しい。
だが、正しいことをへし折って、家族ファーストを貫く男をご存じだろうか。
「話は聞かせてもらった。セルフィ」
「ひぎゃっ!? く、黒助! ……さん」
「鉄人も考えがあっての事だろう。すまんが、言う通りにしてやってくれ」
「えっ、ええーっ!? なんでウチが! ミアリス様だって飛べるし!!」
「ミアリスは今、ケルベロスの糞で作った肥料をかき混ぜているが。分かった。ならば、代わりにセルフィを肥料班に加えて……」
「……待って。急に気が変わったし。ちょっとだけなら……その、やるし」
話が纏まったところを見届けて、黒助は作業に戻って行った。
セルフィの隣にはニコニコと笑顔の鉄人。
反対側ではねるねるねるねを練っているウリネがいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「うっはー!! これはすごい!! 上空200メートルくらい!? ははーっ! 撮影用のスマホ持って来れば良かったー!!」
現在、セルフィの飛行魔法によって、鉄人は春日大農場の真上を飛んでいた。
セルフィの飛行魔法は対象をただ飛ばすだけ。
羽を生やしたり、何かに乗せて浮上させたりしていないため、相当な度胸がないと耐えられないだろう。
「……鉄人って言ったっけ。あんた、平気なん? ウチがその気になったら、一瞬で真っ逆さまに落ちるんだけど?」
「それをする事でセルフィちゃんは得しないでしょ? 僕はギャルが陰キャに優しいって事を熟知してるから! 信頼してるんでヘーキヘーキ!!」
春日鉄人のメンタルも限りなく最強に近いものであり、彼は上空200メートルのノーロープ飛行にも動じない。
彼は修学旅行で行った東京タワーの下が見えるガラスの上で大はしゃぎし、最終的にかかと落としまでしたくらいの度胸を持ち合わせている。
なお、良識のある諸君はそのような事をしてはいけない。
人の迷惑になるし、最悪ガラスが割れないとも限らない。
「ほほー。あっちには山脈があって、こっちには湖が……。こうして見ると、農場ってガチで平原のど真ん中にあるんだねぇ」
「……ミアリス様はここに砦作るつもりだったらしいし」
「あー。それ聞いた、聞いた! しっかし、この立地じゃ、次から次へと魔王軍の何とか将軍さんが攻めてくるはずだわー。こりゃ、どうにかしないとなー。兄貴の農場が潰れたら困るし」
「……あんたが生活に困るから?」
「あははは! まあ、ぶっちゃけそれも超ある! けどねー。兄貴の大事なものは守られるべきじゃない? 兄貴、昔から不器用で損する性格だったからさー。その点ね、僕は世渡り上手だから! 得意分野で兄貴を支えるのもまた乙なもんなのよ!」
「……意味分かんないし」
それから鉄人は地形をしっかりと写真に収めた。
彼の中では満足のいく情報を得る事ができたらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「鉄人! 戻ったか!」
「なに、どうしたの兄貴?」
「いや、お前! そりゃあ心配するだろう! 弟が空を飛ぶんだ! 心配しない兄がいるか!!」
「はははっ! 兄貴は大袈裟だなー! 大丈夫、セルフィちゃんがしっかりエスコートしてくれたからさ!」
黒助はぐるりと首を180度回転させて、セルフィを見つけた。
「セルフィ。うちの弟が世話になった。礼を言う」
「ば、バカじゃん? ちょっと飛ばしただけだっての! 別に、お礼言われるほどの事じゃねーし!!」
「そうか。まったく、四大精霊という連中はどいつもこいつも人が良いな。俺は従業員に恵まれた」
「あっそ。ウチ、芋掘ってくるから!」
ぶっきらぼうにそう告げると、セルフィは飛んで行ってしまった。
黒助は首をかしげる。
「鉄人。俺は何か、あいつの気に障るような事を言ったか?」
「いや、言ってないと思うよ!」
「そうか。よし、俺も仕事に戻る。鉄人はゆっくりしていけ。動画撮影の仕事をするのだろう?」
「そうそう! 今日はケルベロスにフリスビー投げてみたって動画撮るんだよねー! これは絶対にバズるぞー!!」
春日鉄人。職業、ニート。軍師(仮)でもある。
この肩書の順番が入れ替わる日は、果たして来るのだろうか。
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