第41話 春日家のお正月
元旦。
春日鉄人の朝は早い。
普段は朝日と共に目覚める黒助。
下手をすると朝日に競り勝って目覚める黒助だが、元旦だけは特別。
この日はなんと、8時まで彼は惰眠を貪る。
日頃の激務で疲れた体と心を、夢の中で癒すのだ。
そのために、家族も黒助をここぞとばかりに労わる。
「よっし! とりあえず、おせちの準備は終わってるから! 後はお雑煮の仕込みだな! いやぁ、忙しくなって来た!!」
紅白歌合戦からゆく年くる年。
そして民放のバラエティをはしごしたら、だいたい午前4時前になる。
鉄人はそのまま眠らずに、家族のために食事の準備に取り掛かる。
ニートは急な徹夜に対応できてこそ一流だと鉄人は語る。
不意にアニメの一気見をしたくなった時。
ソシャゲのイベントのマラソンをする時や、ゲームがクライマックスでムービーを飛ばせなくなった時など、緊急で徹夜をする事がしばしばあるのがニート。
それをあくびの一つもせずに無表情でやってのけて一流。
徹夜明けの朝日を見て、清々しい気持ちになれるまで至ればエリート。
まかり間違っても「自分は何をやっているのだろう」と罪悪感などに負けてはならない。
アニメは、ゲームは、娯楽に溺れる一夜の経験は、未来への先行投資。
むしろ必要な事だと確信できるようになれば、ニートの免許皆伝である。
「おはよう。鉄人。早いな。毎年すまん」
「兄貴! まだ寝てていいのに! あけましておめでとう!!」
「ああ。今年もお前が健康に過ごしてくれたなら、俺はそれ以上を望まない」
「兄貴は本当に最高だなぁ! ちょっと待ってて、お雑煮ができるから! お餅は何個? 3つ行っちゃう!?」
そんなやり取りをしていると、妹たちも起床する。
「兄さん! あけましておめでとうございます!!」
「ことよろー! お兄!」
「ああ、2人とも。去年も健やかに暮らしてくれてありがとう。今年も家族全員で無事に元旦を迎えられたことを神に感謝しよう」
お辞儀をして胸の前で十字を切り、手を合わせて拝む。
黒助は特定の宗派に属していないため、神に祈る時は欲張りセット。
とりあえず、手あたり次第に祈るのだ。
「はいはい! みんな、お雑煮できたよ! こっちはおせちね! 兄貴、数の子のワサビ漬け食べるよね? はいはい、こちらに出来たものがご用意されております!!」
「何と言う気配り……! 痛み入る……! さて、みんな」
鉄人のセンサーがその時を察知する。
彼は、まだ冷えたままのフローリングに正座した。
「これは少ないけど、お年玉だ。今年もよろしくな。まずは柚葉。高校生活もあとわずかだ。これで友達と遊びに出掛けてくれ」
「兄さん……! 毎年すみません! ちゃんと月にお小遣いも頂いているのに!!」
「良いんだ。俺はこうして、お前たちにお年玉をあげられる事が嬉しい。いつも家事を任せて悪いな」
「それこそ良いんですよ! 私が好きでやってるんですから! でも、ふふっ! ありがとうございますっ!!」
柚葉は笑顔でポチ袋を受け取った。
続いて、その隣にいる部活を頑張るスポーツ少女の方へ黒助は向き直す。
「未美香。お前も新しいウェアやラケットが欲しいだろうに、充分な援助をしてやれなくてすまん。足りないかもしれないが、これを使ってくれ」
「もぉー! お兄、気を遣い過ぎー! ウェアなんて洗い替えがあれば十分だし、体操服でもよゆーだし! とか言っても、お兄に効果がないのも知ってるけどー! あんがとね! 大事に使うから!」
笑顔の花がまたひとつ。
すると、順番的に次は——。
「鉄人」
「キタコレ!!」
正月が近づくにつれて鉄人が勤勉なニートになるのは、すべてこの時のため。
年末の大掃除を全て一人で引き受けるのも、黒助の年賀状を全て制作し、軽いジョークの利いたコメントを手書きし、クリスマスには投函しておくのも、全てはこの瞬間のため。
「お前はいつも年末年始の忙しい時期を助けてくれるな。インターネットの勉強も大変だろうに。これは、まずお年玉だ。それから、iTunesCardとか言うヤツな。お前が欲しがっていたヤツ。よく分からんから、コンビニにあった一番高いヤツを2つ買っておいた。足りないと思うが、これで我慢してくれ」
鉄人はそれを恭しく受け取り、頭を深く下げる。
そして、下げた分の倍ほど飛び上がって、喜びを爆発させた。
「ひょー!! 兄貴はやっぱり最高だぜー!! 愛してる、兄貴!! 今年も元気で仕事頑張ってね!! 未来永劫元気でいてね!! ひょおおおー!!!」
「鉄人さん、なんですかこのお雑煮。味が濃すぎます。兄さんの健康に悪いです」
「鉄人さー。自分で働いたご飯食べなよー。料理すんのは偉いっちゃ偉いけど、材料は全部さ、お兄がくれた生活費から出してんじゃんかー」
妹たちの冷たい視線が鉄人に刺さる。
だが、彼は気にしない。気にならない。刺さったところからは血も滲まない。
鉄人もまた、黒助には及ばないものの最強のメンタルを持っているからだ。
「さあ、朝ご飯にしよう! こんなにゆっくりと家族と朝の時間を過ごせる! まったく、正月と言うヤツは素晴らしいな!!」
こうして、今年も無事にお正月を迎えた春日家。
この家族の平和は今年も保証されているのだ。
大黒柱を春日黒助が務めている。
これ以上の理由はないかと思われた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、コルティオールでは。
「なんか黒助がオトシダマ? とか言って、おせちってのを置いてってくれたから、開けてみるわよ!」
「おおっ! これはなんとも! 美しいですな!」
「ホントですぅ! まるで宝石箱みたいですぅ!」
「なんかいい匂いするねー! あー! これ知ってるー! 卵焼きってヤツだー! ボク好きなんだよねー!!」
「えっとねー。黒助の説明書によると、伊達巻とか言うらしいわよ、それ」
「ふーんだ。こんなのただの食事じゃない。はしゃいじゃって、バカじゃん」
「ぐぅぁあぁぁぁっ!! この栗きんとんなる黄金の食べ物! なんと言う上品な甘さか!! さぞかし名のある者が作ったのでございましょうなぁ!!」
「数の子とか言うヤツもおいしー! コリコリしてるねー! たのしー!!」
「これは植物でしょうか? タケノコ? こっちもサクッとした食感が楽しいですぅ」
「……なんでみんなしてウチにも勧めないのよぉ!? マジでナシなんだけど!! ゴンゴルゲルゲ、ウチにも寄越しなさいよ! その甘いとか言うヤツ!! バカ、バーカ!!」
黒助の粋な計らいで、デパートの高級おせちを楽しむ女神と四大精霊であった。
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